96:やっぱり兄弟は、助けたいって話


 レイドックからの連絡を受け、カイルの部隊が慌てて動く。当然俺も一緒だ。

 移動する間、ヒュドラを警戒していたが、レイドックとリザードマンの部隊によって完全に周囲から魔物は消えている。

 うーん。さすがレイドック。


 湿地に入ってから、かなり奥まで来たので、徐々に足場が悪くなっていく。

 マングローブ、ガジュマルなどと呼ばれるそれらの植物は、カミナリが枝分かれするような複雑に絡み合う根を持っているため、とにかく邪魔だ。

 しかも湿地帯なので、大部分は水に沈んでいる。


 少し奥に、それらのマングローブ林が広がっている。つまり、湿地帯の中央部分というわけだ。

 当然、こんな足場の悪いところには、CランクBランク問わず、今まで誰も足を踏み入れていない。

 つーか、馬鹿じゃなきゃ、こんな所にはいかない。


 もっとも、今回の湿地討伐隊は、この中央部分の魔物の掃討も予定されているわけだが。

 思ったより手こずりそうだな。


 状況を確認しながら進んでいると、レイドックが手を振っているのを見つけた。

 カイルとマイナを守りつつ、近寄ると、ボロボロの鎧を纏った兵士が、携帯食をかっ込んでいるところだった。


 見たところヒールポーションで怪我は完治しているようで、一安心だ。


「食事中失礼します。僕はカイル・ガンダール・ベイルロードです。あなたはザイードお兄様の兵士で間違いないでしょうか?」


 それまで口に食べ物を詰め込めるだけ詰め込んでいた兵士が、目を丸くして顔を上げる。


「ごぶっ!? ごべばびぶべえびばびば!?」


 兵士が慌てて立ち上がり、カイルに敬礼する。

 うん。これでもかって膨らました頬に詰まった食べ物を吹き出さなかったのを評価する!


「ああ! すいません! 飲み込み終わるまで待ちますから!」

「!!? !!」


 兵士は何を言っているのかわからなかったが、しゃがみ込んで、無理矢理食べ物を飲み込む。

 俺は慌てて革袋に入った、水代わりのスタミナポーションを取り出し、渡してやると、兵士はがぶがぶと飲み干した。


 ……スタミナポーションを水袋にいれておくのはやりすぎだろうか?


 兵士が一息つくと、びしりと身を正してカイルに敬礼する。


「お! お待たせいたしました! カイル様!」


 元気そうな男を見て、カイルの表情も少し柔らかくなる。


「はい。早速ですが、あなたはザイードお兄様の兵士で間違いないですか?」

「間違いありません!」

「それでは、あなたたちの軍勢がこの湿地帯に到着してからの状況を教えてください」

「はっ! 私たちはザイード様の指揮で、この湿地帯の魔物を掃討するためにやってきました! 現地に到着した私たちは、ヒュドラ狩りを始めたのですが……」


 そこで兵士の顔に恐怖の色が宿る。


「つ……次々と押し寄せるヒュドラにだんだんと疲労がたまり、徐々に劣勢に。しかも、倒しても倒しても減らな魔物……いや、増えていくあの蛇頭どもっ!」


 安心して気が緩んでいたが、当時の光景を思い出してしまったのか、男の口調が荒くなっていく。

 すぐさまアルファードが半歩踏み出す。だが、行動とは裏腹に落ち着いた声で男に話しかけた。


「大丈夫だ。落ち着きなさい。この辺りの魔物は完全に倒した」

「……あ、ああ。……いえ! す! すみませんでした!」


 青ざめる兵士だったが、アルファードはゆっくりと敬礼した。


「そのような過酷な環境で生き残った貴君を、同じ兵士として誇りに思う。カイル様に続きをお願いする」

「はっ! それで、ヒュドラに囲まれた私たちは、逃げようと提案したのですが……その、ザイード様が……」


 言いよどむ男の様子で、ザイードが何をしたのかだいたい想像がつき、俺やアルファードだけでなく、ヴァン・ヴァインやキャスパー三姉妹、レイドックにリーファンまで苦笑してしまう。


 カイルはにこやかに微笑み、兵士を促した。


「言いにくいことかもしれませんが、大事なことです。教えてください」

「……は! その、ザイード様は、気合いが足りないなどとおっしゃられ、自ら剣を取り、ヒュドラを倒してくれたのですが、それで勢いにのったザード様は、湿地の奥へ奥へと進んでしまって……」


 え?


「ザイードってヒュドラ倒せるの!?」


 あ……。


 俺は慌てて口を押さえるが後の祭り。

 ザイードの私兵の前で呼び捨てはダメだろ! 俺! 反省……。

 アルファードには鬼の形相で睨まれるわ、リーファンやレイドックはあきれて額をおさえるわ、ヴァンの野郎なんぞ腹抱えて笑い出しやがった!

 いや、俺が悪いんだけどね!?


 兵士は少し戸惑ったようだったが、律儀にも答えてくれる。


「その質問は、ザイード様が単騎でヒュドラを倒せるかという意味でしょうか? ヒュドラを単騎で倒せる人間など、冒険者にもめったにいないと聞いています。一般的にヒュドラは集団で倒す敵ですよね?」

「あ、いや、うん。そうだな。ごめんなさい」


 俺は会話をぶった切った事に謝罪し頭を下げた。

 だって! そんだけ衝撃的だったんだもん!

 あと、うちの冒険者の大半が単騎でヒュドラ倒せるからね! 四つ首くらいまでなら!


 するとカイルがこっそり耳打ちしてくれた。


「ザイードお兄様は、騎士剣術を学ばれました。一般的な兵士よりはお強いのです。ただ……」


 一般兵って、ゴールデンドーン基準じゃないよな? 世間一般の兵士基準だよな?


「お兄様の学ばれた剣術は、基本的に対人用で、魔物と戦うことを想定したものではありません。持っている剣がかなり良いものなのですが……」


 ふーむ。

 とりあえず、人並み以上には戦えるって事か。

 そんで、兵士によって弱っているヒュドラにとどめを刺して、調子に乗って危険な奥地に突っ込んでいったってところだろ。

 ……目に見えるようだぜ。


 俺は再び、視界が一気に悪くなる森の中央を睨みつける。

 細かく枝分かれした根が大地を覆い、茂った葉が視界を妨げ、細い川が網の目のように流れる、湿地帯中心部。


 普通に考えたら立ち入らない。

 まったく、ザイードの馬鹿野郎が!

 見つけたら、こっそり殴っちゃる!


 ……生きてれば。だけどな。


 アルファードが一つ咳払いして兵士を促す。


「中央部に突っ込んでいったあと、どうなったか教えて欲しい」

「はっ! 急に足場と視界が悪くなり、部隊は自然と広がる形になっていきました。しばらく歩くと、方向感覚も失い、どこを歩いているかすらわからなくなりました!」


 そりゃそうだろう。

 探索になれた冒険者でも、このマングローブ林は危険だ。絶対に理由なく踏み込んだりしない。

 いや、冒険者でないから、危険性が理解できなかったのか?


 俺の疑問を余所に、兵士の報告が続く。


「それで、薄暗くなり始めた頃、突然、大量のヒュドラに襲いかかられました……あれは……闇に溶けた死の姿でした……」


 急に文学的だな!?

 いや、わかりやすいけどね!


「あっというまに部隊はちりぢりになり、私も闇雲に走り回ったあと、木の根に潜り込み、何日も隠れていました。食料はありませんでしたが、水だけは豊富だったので、生き延びられました。助けていただいたこと、感謝いたします!」


 改めてカイルに敬礼を向けたことで、話が終わったことを悟る。

 それにしてもよく生きてたもんだ。

 マングローブの根の中って、ヒュドラからすると見つけにくい場所なんかね?

 だとしたら、生き残っている人間に期待ができるんだが。


 俺はカイルに視線を向けた。するとカイルは俺を力強く見つめ返す。


「クラフト兄様……。僕は、やっぱりザイードお兄様と兵士の皆様を助けたいです。力を貸してくれますか?」


 それは、カイルが指揮する兵士や冒険者に無茶をさせるという決断だ。そのことをカイル自身がよくわかっているのだろう。

 わずかに身が震えていた。


 だから。

 俺は思いっきりニヤリと笑ってやった。


「ああ。任せろ! レイドック!」


 名前を呼んだだけですべてを悟ったレイドックが、これまたニヒルな笑みで横に立つ。

 イケメンめ!


「カイル様。俺たち冒険者の部隊で中央部に突っ込もうと思います。その間の護衛をリザードマンと兵士に任せ……」


 カイルがそこで、首を横に振ってレイドックの言葉を止めた。


「冒険者部隊だけでの突入は認めません」

「ですが」


 どちらの言い分もわかるな。

 冒険者の全員がレイドックパーティーくらいの実力があれば、なんとでもなるだろうが、さすがに全員がBランクとはいかない。

 何より初めて踏み込む地だ。何があるか想像もつかない。


 湿地帯の中央と言葉で書けば簡単だが、そこは都市国家が領土ごとすっぽりとおさまるような広さなのだ。

 

「ならば、我らが一緒にいけばどうだろう?」


 突然掛かった声に振り向くと、リザードマンのジュララとシュルルだった。


「お話中失礼する、カイル様」

「いえ。もう周辺の探索は終わったんですか? ジュララさん」

「はい。そこで湿地帯中央部のマングローブ林に向かって踏み入る大量の足跡を見つけました」

「え?」

「恐らくあなたのお兄様、ザイード様の兵隊のものでしょう」

「それは!」


 思わず身を乗り出すカイル。

 あんな兄でも、それほど心配なのか。ええ子や!


「そこでカイル様に提案です。今回、我らリザードマンと冒険者はほぼ同数です。ですので、冒険者とリザードマンをセットにしてはどうでしょう?」

「それは?」


 カイルは意味がわからなかったのか、それによる効果が不明だったのか、顔を上げて質問すると、はっとレイドックが手を打った。


「なるほど。湿地に詳しく、動きが鈍らないリザードマンと、戦力となる冒険者が組めば、動きが格段に良くなる!」


 レイドックにジュララが頷く。


「それだけではない。もし、我らに手に負えない敵が出たとしても、我らリザードマンが責任を持って冒険者を担いで逃げ切ってみせる」


 なるほど。冒険者とリザードマンのペアを大量に作るのか。

 悪くないアイディアだ。


「たしかに悪くない。だが反対だ」


 レイドックが難しい顔をする。


「なぜだ? 俺はいい作戦だと思ったが」


 どこが問題なのだろう?


「カイル様の中央部隊が手薄になるだろ。主力二部隊が抜けるんだぞ」


 なるほど。

 ふーむ。少し考えてしまうが、心配しすぎだと思う。


「アルファード率いるカイルの私兵がまるっと残ってるし、俺やリーファンやジタローもいる。さらに直衛のキャスパー三姉妹もいるんだ。俺たちは奥に行かず、このあたりで待つつもりだぞ」


 すでに湿地の奥に来ているが、まだギリギリ中層エリアだ。外周エリアより危険なのは認めるが、この戦力で問題が起こるとは思わない。


 俺、レイドック、ジュララ。それにアルファードとヴァンが無言でカイルを見やると、カイルは力強く頷いた。


「ジュララさんの意見で行きましょう。ただし、危なくなったら即撤退を徹底してください」

「了解です」


 レイドックが大仰に頷いた。カイルを安心させるためにおちゃらけているのだろう。


「我ら、クラフトとカイル様のご恩に報いるため、身命を賭して!」

「いえ、命は大事にしてください。でないと許可しませんよ?」

「う……」


 うろたえるジュララに、周囲から笑いが漏れた。

 よし! いい感じで緊張もほどけたな!

 カイル、もしそれが計算でやってるんだったら恐ろしいんだが……。


 それまで黙っていたヴァンも出てくる。


「なに、どんなに最悪の事態でも、絶対にカイルだけは俺様が守り通してやる。おまえたち、安心して突っ込んでこい!」


 わーお!

 ほんとこいつはビッグマウスだな!?

 不思議と嫌悪感はないんだけどなんでだろ?


 ああそうか。

 しばらく考えて、俺は気づいた。

 ヴァンに対する自分の感情に。


 冒険者を始めたばかりのころ、お節介を焼いてくる先輩冒険者をイメージさせるんだ。

 おちゃらけて、自信満々で、時に馬鹿にしつつも、大事な場面で現れて助けてくれる。

 そういう、どの冒険者ギルドにも一人はいる、面倒見のいい先輩冒険者。


 理解してしまうと簡単だ。

 俺はそれまでヴァンに抱いていたモヤモヤがすっと消えていく。

 ビッグマウスなんかじゃない。いざとなったら、本当に命を捨ててでも、カイルを助けてくれるだろう。


「なら俺は、マイナをきちんと守り通すさ」


 あえて言葉にカイルを含めなかったが、カイル当人はむしろ嬉しそうだった。


 一致団結。

 俺たちの心は固まった。

 決意に満ちた表情で、カイルが号令を発する。


「それでは、冒険者、リザードマン混合部隊は湿地帯中央部へ侵入! 身の安全を最優先に、生存者の捜索をお願いします! ここで得た情報を元に、湿地討伐は後日再開します!」

「「「うおおおおおお!!!」」」


 こうして、俺たちは大きく二部隊に分かれた。

 この場に残った俺たちは、湿地帯に足場を組み、当面の拠点を準備することにする。

 まだ日は高いが、特殊な環境のキャンプなので、夜までに設営が終わるか不安だ。

 リーファンが飛び回って大活躍している。さすが生産ギルド長!


 簡易拠点を構築している最中の事だ。

 見回りをしているジタローとすれ違う。


「よう、そっちに異常はないか?」

「何もないっすね。レイドックの兄さんが残らず細切れにしちまったみたいでさ」

「わかってるが、油断はするなよ」


 魔物はどっから出てくるかわからんからな。


「大丈夫っすよ! レイドックの兄さんとシュルルさんのリザードマン部隊なんすよ!? 絶対無敵! 安心確実っすよ!」


 ……あれ?

 なんか急に不安になってきたぞ?


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