78:ラスボスは、最後にあらわれるって話
カミーユの「私がやる」宣言に、レイドックが一瞬、彼女に顔を向けてしまった。
そのわずかな隙に、ボスカエルの舌がレイドックに襲いかかる。
「〝虹光障壁〟!! 油断すんな!」
「すまん!」
ギリギリ間に合った防御魔法が舌攻撃を逸らす。
舌に魔法無効の能力がなくて助かったぜ!
そのやりとりの間に、カミーユが俺の持ち上げていた樽をひょいっと奪う。
「おい! カミーユ!」
「やる」
カミーユはとても胸まで水に浸かっているとは思えない素早さで、樽を抱えて、タイタンデュークフロッグに樽の燃焼薬を撒きながら飛び回る。
器用すぎんだろ!?
カミーユは剣士の紋章持ちだが、その戦い方は独特だ。どちらかといえばレンジャーや暗殺者のような戦い方をする。
素早さと体捌きを得意とするカミーユ以外に、この作戦が出来る奴がいないのは確かだが、レイドックが冷静さを失った理由もわかる。
危険過ぎるのだ。
だが、カミーユを止める間もなく突っ込んでしまったので、このまま行くしかない。
問題は俺たちのまわりだけでなく、ボスであるタイタンデュークのまわりにも、バロンフロッグは大量にいるのだ。
このままだとカミーユが孤立する。
「くそ! ソラルとジタローはカミーユをフォロー! クラフトは穴を埋めろ!」
「「「了解!!!」」」
咄嗟に弓使いの二人をカミーユに当てるレイドックの采配は流石だ。
こっちは任せろ!
魔力消費のでかい魔術と呼ばれるレベルの強力な魔法は使わず、バロンを押しとどめるだけの攻撃魔法を連発する。
実戦で攻撃魔法を連発すると、たしかに魔力の消費効率が悪い事を実感する。
マナポーションは材料の関係から、数がないので出来るだけ効率良く摂取していく。
「それにしてもカミーユは信じられない動きをするな」
渡していたマナポーションを使い切ったのか、攻撃魔法を止め、状況把握に専念していたバーダックが零す。
「ああ、ソラルでもあの動きは難しいだろうな」
レンジャーの紋章をもつソラルと比べても、カミーユの動きは滑らかだ。
ふと、もしかしたらカミーユの紋章も、今持つ剣士の紋章が最適ではなく、実は俺と同じ様にもっとカミーユに相応しい紋章が別にあるのではないだろうか?
もっとも俺が魔術師の紋章を持っていたときのように、今の紋章の相性が悪いと言うことではないだろうが。
いや、今考えることじゃないな。
俺は左右から覆い被さるように襲いかかるバロンフロッグに炎の槍を放ち、戦線を維持する。
その間カミーユは、水面を滑るように移動しながら燃焼剤を撒き、時にはその巨大な背に乗り粉を散らしていく。
四方八方から迫るバロンフロッグの舌攻撃を避けつつ飛び回るその姿は、踊っているかのようだった。
「クラフトさん! そろそろいけるんじゃないですかい!?」
カミーユに迫るバロンを弓で攻撃していたジタローが叫ぶ。
ボスカエルをチラ見すれば、その身体は粉だらけとなっていた。同時にカミーユが空になった樽を捨てる。
「レイドック!」
「よし! 下がれカミーユ! 火矢だソラル!」
「わかったわ!」
ソラルはすぐに布きれを取り出し油をかける。カミーユがレイドックの位置まで下がったのを確認し、燃えさかる矢をカエル野郎へと放った。
「唐揚げになりなさい!!!」
ソラルが裂帛の気合いを上げた。
……うん。たしかに全身粉だらけで、片栗粉まぶした鶏肉みたいだよね。この状況でそう見えるって……お腹減ってるの?
火矢がボスカエルに突き刺さると同時に、大量の燃焼剤が一気に燃え上がる。
もともと山のようなコカトリスの死体を、跡形もなく焼き尽くすために調合した特別製だ。その熱量は半端ではない。
懸念していた、錬金薬に対して魔力無効化はなかったようで、少しほっとする。
膨大な熱量がタイタンデュークフロッグの体液を蒸発させた。
「クラフト! エヴァ!」
「おう!!」
この状況で最適の魔法はなんだ?
すでに炎によるダメージは通っている。炎を上乗せ? いや、それは微妙だ。
どうせなら身体の奥深くにまで、熱ダメージを叩き込みたい。
このカエル野郎は、どちらかといえば物理攻撃に弱い。
魔法無効化を消し去った今、できるだけ物理系なダメージが望ましいだろう。
まわりが水場なので、使うのを避けていた土魔法!
岩の生成という手順と魔力は増えるが、それが今の最適解!
「エヴァ! 土魔法だ! あのメタボなどてっぱらに大穴を空けてやれ!」
「っ! わかったわ!」
それだけで俺の意図は伝わっただろう。
「レイドック! でかいのを放つ! ダメなら逃げるぞ!」
「了解だ! 全員で二人を防御!!」
「「「おう!!!」」」
先に魔術式を練り上げたエヴァが渾身の魔法を放つ!
「見ていてください! レイドックしゃまぁ! 〝旋岩硬貫槍〟!!!」
エヴァの頭上に生み出された巨大な岩の槍が、高速でボスカエルに突き刺さる。
その威力はちょっとした屋敷を倒壊させるほどの威力があるだろう。
先にレイドックの攻撃と俺の魔法で与えた傷は、すでに半分近くが自己修復されていたが、治りかけのその場所に見事に巨大な岩の槍が突き刺さり、さしものタイタンデュークフロッグも天を仰ぐような悲鳴を上げた。
「ゲコォォォォォオオオオオオオオオ!!!」
やはり、魔法無効化がなければ、質量攻撃は効く!
俺は練り上げていた魔術式を発動、紋章を通じて一気に魔力を流し込んだ。
「爆ぜろ! 〝流星巌潰獄砕鎚〟!!!」
俺の頭上に生まれたのは、エヴァの岩槍をはるかに超える、破城槌サイズの巨大な岩の柱だった。
ぎゅりぎゅりと高速回転し、貫通力が極限まで高まる。
同時に「どん」と空気を振るわせ、破城岩が目に見えぬ速度で飛び出した。
それはまさに流星だろう。
破砕岩は巨大なタイタンデュークフロッグの身体をあっさりと貫き、反対側に抜け、さらに飛翔上の全てのバロンフロッグを巻き込み、沼の対岸に突き刺さって巨大な水柱を上げた。
「なんて威力なのよ」
「これじゃあレイドックしゃまの印象に残らないじゃない!」
「はー! 相変わらずクラフトさんは自重って言葉を知らないっすねー!」
「やったね! クラフト君!」
ジタローはあとでしばく。
ボスガエルは身体に大穴を空け、ポカンとしていた。何が起こったのか理解出来ていないのかもしれない。
そこに紅蓮の炎が潜り込み、身体の内側から一気に燃え上がった。
「ゲゴゲゴゲゴガガガガガココココォォォォ……!」
悲鳴と共にゆっくりと崩れ落ちていくタイタンデューク。
流石に再生能力はまったく追いつかず、消し炭になっていったのだ。
「クラフト君! やったね!」
「でかしたクラフト!」
「今理解しました。私の真の敵は彼です」
おいエヴァちょっと待て! 逆恨みにもほどがあるだろ!?
俺は緊急回避を試みる。
「れ、レイドック! エヴァの魔法も凄かったよな!?」
「ん? ああもちろんだ! エヴァがいなかったらいつ戦線が崩れたかわからんし、マナポーションを何本も飲みながら無理させちまったな。ありがとうエヴァ」
「ふにゃあああああ! レイドックしゃまぁああああ!」
「……クラフト。後で話があるわ」
ちょっと待てぇええええ! 今度はソラルかよ!?
どうすりゃいいの!?
「今夜は唐揚げっすね!」
「これ、喰えるのか?」
「カエルの唐揚げって美味いんすよ?」
「そーいう意味じゃねーよ!」
やはりこのタイタンデュークフロッグが操っていたのか、まわりのバロンフロッグたちの動きが途端に鈍る。
ただの野生カエルに戻ったバロンたちは、正気に戻った順から逃げたり、とりあえず目の前に見つけた俺たちを攻撃したりと動き出したが、ハッキリ言って統率の取れていない巨大カエルなど敵ではない。
マヒ毒が有効ならこれほど恐ろしい敵は少ないだろうが、俺の錬金薬がそれを許さなかった。
「クラフト!」
「クラフトさん!」
村から飛び出したリザードマンたちがこちらに走り寄ってくる。
「見ていたぞクラフト! レイドック! そなたたちは紛う事なき勇者だ!」
横まで来た村長代理のジュララが俺たちの肩を強く叩いた。
「残党は任せてお前たちは村で休め!」
「いいのか? まだ数はいるぞ?」
「クラフトのおかげでマヒしないのだ。それで負けるようなリザードマンの戦士はいない」
「そうか……わかった。正直助かる。連戦となるとマナポーションを使い果たす事になったからな」
「うむ。ゆっくり休め。シュルル! 勇者たちを案内しろ!」
「わかったよ!」
「言葉遣い!」
「う……承知いたしました!」
「まったく……」
その場にシュルルだけを残してリザードマンの戦士たちがバロンフロッグたちを殲滅するべく突っ込んでいった。
シュルルは最初に森で出会った女性のリザードマンだ。
ジュララとシュルルは兄妹なのだが、全く似ていない。ジュララの見た目はほとんどトカゲだが、シュルルは尻尾の生えた人間にしか見えないのだ。しかも巨乳。ばいんばいん。
シュルルは兄のジュララが見えなくなるのを確認すると、途端に俺に抱きついてきた。何事!?
「クラフトさん! 凄かったよ! 格好良かった!!」
結構な力で抱きしめられ、一瞬頭が真っ白になる。
なんか凄く柔らかい感触があるの!
「あ……ああ、ありがとう!? と、とりあえず落ち着け!」
俺はシュルルの両肩を掴んでなんとか身体を引き離す。
そして目に飛び込んできたのは彼女の立派な胸部装甲だった!
その装甲は防御力ゼロだが、男性の精神に多大なダメージを与える攻性装甲なのだ!
リザードマンの民族衣装のせいか、谷間の見える範囲が大きいの!
めっちゃマウンテン峡谷で双龍が柔らかく窮屈なの!
頭が混乱しきってるのに視線が外せないの!
「クラフトさん。わかりやすぜ。これは素晴らしいもんでやす」
心を読むなよ!
あああ! なんかリーファンまで冷めた半目を向けてくるよ!
違うんだ! 邪な気持ちはなくて、純粋に種族的好奇心というか!
「えっと……見たいんだったら……夜とかに……」
なぜかシュルルがみずからの襟元に指を引っかけ、より谷間が見えるように引っ張る。
それ以上はだめ! 見えちゃう! マウンテンな山頂の突起が見えちゃうから!
「……最低だよクラフト君」
ぎぃやあああああああ!!
ボスのタイタンデュークを倒したはずなのに、もっと恐ろしいボスが出てきちゃったじゃねーかー!!
誤解だ! 誤解なんだ−!!
「クラフトさん、もげちまえばいいんすよ」
いーやーじゃー!!!
こうして、俺たちはリザードマンの村を危機から救った。
なぜか変態という称号と引き換えに……。
解せぬ!!
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