75:相互理解は、大切だよねって話
「ぐあっ!」
リザードマンの戦士が、バロンフロッグの長い舌攻撃を避けきれずに大きな傷を負った。
他のリザードマンが助けに入ろうとしたが、ジュララが一喝する。
「馬鹿者! 隊列を崩すな!」
「はっ……はい!」
助け寄ろうとしていたリザードマンが苦渋を浮かべ(……たぶん)持ち場に戻る。
俺はヒールポーション瓶を取り出し投擲。
傷をおさえて地面にうずくまっている戦士に、瓶がぶつかると同時に割れて消失。中身のヒールポーションだけが戦士の身体に降りかかる。
冒険者時代、魔法が弱くて、それを補うために磨いたナイフ投擲技術がこんな所で役に立つとは、世の中は本当にわからん。微妙にとほほ。
「うぐ……またあんたか、助かった」
「ヒールポーションはまだある、無理せずさがって使った方が効率的だぞ?」
「そう、させてもらう。感謝する」
俺と戦士のやりとりを、シュルルの兄ジュララが戦闘指揮しながら、横目で見ていた。
「人族の男よ」
「俺の事か?」
「そうだ。俺の名はひょうたん沼村村長の息子、ジュララだ。お前の名を教えてくれ」
「俺はクラフト・ウォーケン。クラフトって呼んでくれ。錬金術師の紋章を持っている」
「錬金術? 魔法とは違うのか?」
「似たようなもんだが、薬やアイテム作りに特化した魔術師とでも思ってくれ」
「我ら一族は、紋章を失って久しい。ごく一部の魔法はなんとか伝わっているが、それも時間の問題だろう。……クラフト、次期村長として頼みがある」
「なんだ?」
「この村を守るのに協力して欲しい。もはや、薬草や戦士の腕だけではどうにもならぬ。クラフトの薬と、外で暴れている戦士の力を貸してくれ」
頭を下げるジュララに、まわりのリザードマンたちのほうが驚いていた。
「あのジュララが……」
「相手は人間だぞ?」
「人間の全てが悪いわけでは無いとも伝わっているだろう」
「それはそうだが……」
ジュララがキッと表情を引き締めこちらに向ける。
「クラフトにはここで治療を。クラフトの仲間の、外の戦士と、弓の戦士にはこの場の防衛を頼みたい」
「防衛? 何を考えてる?」
「俺たち戦士は、あのタイタンデュークフロッグを叩く!」
ジュララが力強く宣言すると、まわりのリザードマンたちが声を上げた。
半分が震えた声で、半分が雄叫びのような決意を込めて。
「それでこそ次期村長! 戦士ジュララだ! 俺はついていくぞ!」
「ばっ! ばか! 相手はタイタンデュークだぞ!? 何を考えているんだ!?」
「あやつがここにいるから、バロンどもが引き寄せられているのは明白だろうが! 敵首魁を討つのになんの躊躇があろうや!」
「理屈はわかる! だが! タイタンデュークなんだぞ!? 勝てるわけがない!」
「ならばこのままここで磨り潰されるのを待つのか!?」
たぶん年配のリザードマン戦士と、先ほど俺が傷を治した戦士が激しく言い争う。
「やめろ! これは決定だ! 村長から全てを託されているこのジュララの言葉だ!」
「……ぐっ」
「ぐはははは! 子供と思っていたが、成長したなジュララ!」
「子供扱いはやめてくれ……」
どうやら年配リザードマンに、ジュララは頭が上がらないようだ。
「よし! すぐに最低限の兵士を残し、突撃部隊を編制するぞ!」
「ちょっと待ってくれジュララ」
「なんだ? クラフト」
「その役目なんだが、レイドック……外で暴れている俺の仲間に任せた方がいい」
「なんだと?」
「防衛を任せてもらえたのは嬉しい。だが、この村の地理も、この建物の構造もわからないんだ。残ったリザードマンたちとの連携も難しい」
「それは……」
「だったら俺たちは遊撃部隊として動いた方がいい」
「それではお前たちを死地に送ることになる!」
「ジュララは次期村長なんだろ? ここでどっしりと防衛指揮を執るべきだ」
「クラフトの言いたいことはわかるが……」
「安心しろ、別に死にに行くわけじゃない。やばそうならここに逃げ帰るから、むしろこの場を死守してもらっていた方が助かるんだ。それに、あの気持ち悪いカエルを討ち取れば、少しは信用度があがるだろう?」
「……死にに行くわけではないのだな?」
リザードマンが真っ直ぐにこちらに瞳を向けてくる。
あ、メイドのリュウコと同じで、瞳孔が縦なのね。
「ああ。最悪は様子見で戻ってくる」
「……客人に頼むことではないが、お願いする」
「おう、任せとけ。……その前に少しこの屋敷のまわりのバロンを減らすのが先だな」
「同意する。戦士たちよ! クラフトの薬で、もうバロンの卑劣なマヒは効かぬ! 奮い立て! 我らの住み家を守るのだ!!」
「「「うおおおおおおお!!!」」」
ジュララの鼓舞で、戦士たちが奮い立ち、押されていた戦線を立て直す。
「もうすぐ夜だ! バロンは夜になったら動きが鈍る! それまでになんとしても眠る時間を確保しろ!」
え? あいつらカエルなのに、夜行性じゃないの? さすが魔物。意味がわからん。
「俺も魔法で援護する!」
「クラフトさん? レイドックの兄さんに攻撃魔法は禁止されてやせんでした?」
「ちょっと確認したいこともあるんだ。援護程度に抑えるから、ジタローの弓が頼りだぞ」
「任せてくだせい! シュルルさんを守るのはおいらの役目でさぁ!」
ああうん。亞人差別を抱かないジタローは素晴らしいよね。
……リザードマンって人族と子供を生めるん??
どうでもいいことを考えながら、俺たちは夜までにカエルどもを押し返して、簡易柵を並べたことで一息つける環境を作り上げた。
外で活躍していたレイドックたちも、日が暮れたと同時に、守っていた建物に入ることが出来た。
◆
松明が壁に掛けられ、炎の明かりが揺らぐ。
全ての怪我人や病人が動けるようになったことで、大広間が空いたので、俺たちはそこに案内された。
マリリンとベップが活躍してくれたおかげだ。
草を編んだ丸い座布団が並べられ、座るように促された。
尻尾のあるリザードマンの土地では、椅子は発展しなかったのだろう。
正面にジュララがあぐらで座り、俺たちが半円状に囲んでいる。
ジュララの横にはシュルルがいる。
見た目に差がありすぎて、とても兄妹とは思えない。
ゆっくりと会合を出来る程度には、戦線は落ち着いていた。
一部の戦士たちは交代で睡眠もとりはじめたようだ。
夜になったことで、カエルの動きが鈍くなっている。
「俺はひょうたん沼村村長の息子、ジュララだ。この度の助力感謝する」
「俺はレイドック。このパーティーのリーダーをしている」
レイドックがそう答えると、ジュララがチラリと俺に視線を向けた。
「クラフトはこのパーティーの頭脳役だ。副リーダーとでも思ってくれて構わない」
「あれほどの男が副リーダーだと?」
ジュララが爬虫類の瞳を何度も瞬かせたが、どうやら勘違いしているようだ。
「ジュララ、レイドックは俺なんかと比べものにならないほど優秀だぞ。頭も切れるし、剣士としても一流だ」
「……どうやら俺たちは、とんでもない人間に見つかってしまったようだな」
「繰り返すが、俺たちにあんたたちを傷つけるつもりは欠片も無い。出て行けと言われればその通りにするが、歴史では滅んだと言われているリザードマンと会えたんだ。出来れば助けて仲良くしたい」
「仲良く?」
レイドックの言葉を、俺が引き継ぐ。
「俺たちはこの魔物が支配する地域を、安全な地域にして暮らしていこうと努力している。ジュララたちからしたら迷惑な話なんだろうが、その開拓を推し進めている責任者と俺たちは知り合いなんだ」
「……それはこの地を支配したいという事だろうか?」
俺は少し考える。
言葉を悪くすればその通りなのだろう。そもそもマウガリア王国からすると、この土地はすでに王国の領土だと宣言している。
未開拓地ではあっても、王国の領土と定めているのだ。
そんな場所で、絶滅したリザードマンが見つかったなどとなれば……。
「その責任者は支配なんて望んでいない。ただ、王国がどう思っているかは……。あ、王国ってわかるか?」
「人族とどこまでニュアンスが一致するかはわからんが、ようするに村長や族長を束ねるような存在だろう?」
「その認識で問題無いと思う」
国の概念がわかるなら、話が通じるだろうか?
「俺がこの地の責任者に提案出来そうな案は二つだ」
「二つ?」
「一つはあんたたちがこの地で今まで通り暮らせるように話をする。見かけ上、支配下に入ったように形だけ作れれば、やりやすいんだが」
「我らにお前たちの支配下に入れと?」
「おそらくだが、王国からすると、この地に住んでいる時点で支配下だと認識するだろう。だが王国が直接動いたらリザードマンたちがどうなるのか想像もつかないんだ」
「……人間は伝承通りというわけか」
「どんな伝承か想像がつくあたり、頭が痛いな」
今までの歴史を振り返れば、亞人や獣人を差別していただろうことは、安易に想像がつく。
「信じてもらえないかもしれないが、この地の責任者はその差別を無くそうと努力している」
「……」
「もし、あんたたちと友好を築けたら、王国に向けて、リザードマンは仲間だとアピール出来るはずだ」
「政治の道具にされるということか……それよりもクラフトの主に確認もせず、そのような約束をして大丈夫なのか?」
ジュララの真っ当な言葉に、レイドックだけでなく、リーファンも苦笑した。
「大丈夫だ。クラフトの主……正確には少し違うが、この地の責任者は、クラフトの提案ならそれをよりよくする事はあっても、無下にする事はない」
「うんうん。クラフト君もたいがいだけど、カイル様もたいがい過保護よね」
二人の様子に、ジュララが頷く。
「どうやら友朋のようだな。だが、その案は飲めない」
やはり無理か……。
「今まで嫌悪していた人間の支配下に入るという事に関しては、村長と相談しだいで交渉は出来るだろう」
え? それ以外に理由があるの?
「俺たちリザードマンは、綺麗な沼地や湿地帯に住むのを好む。だが……」
そこでジュララは言葉を止めた。
「バロンたちの襲撃で、このひょうたん沼は死体や毒で汚染されてしまったのだ。元の綺麗な沼に戻るまでは何十年もかかるだろう。だから、提案された、今まで通りの暮らしがそもそもできないのだ」
なるほど。
今まで通りの暮らしができるなら、支配下に入る交渉くらいは考えられるけど、そもそも今まで通りに暮らせないんだよって事か。
「もともと我らは危機的な食糧問題を抱えていた。リザードマンの集落はいくつか存在したが、沼や湿地が魔物に支配され、逃げだし、最終的に、このひょうたん沼に全ての生き残りが集合してしまったのだ。もはやこの地で生きるのは不可能だろう」
どうやらリザードマンたちは、細々とこの地で生き延びていたが、魔物などの問題で次第に集合。全てのリザードマンがこのひょうたん沼に集まったけれど、当然食糧が足りない。
そこにカエルの集団がゲコゲコやってきて、最後の望みも絶たれたのか。
しばらく考え込んでいたリーファンが、ぽんと手を打つ。
「ねえクラフト君。だったらリザードマンさんたちを、保護出来ないかな?」
「保護?」
「うん。ゴールデンドーンには沢山の移住希望者が来るけど、中には移動だけで全てのお金を使い果たして、難民みたいになってる人も多いじゃない? そういう人たちをゴールデンドーンでは一時保護してるじゃない」
「ああ、あの制度か」
人数は多いが、それは悪くない。
この地に住むことにこだわるわけでないなら、保護という形で取り込んでしまえば、王国から干渉を受けても悪い結果にはならないだろう。
「ジュララ、俺たちの住む街は、住む場所を失った奴も沢山集まっているんだ。そしてそういう人間に住む場所と仕事を与える制度がある、それを使ってみるのはどうだ?」
ジュララは少し考え込む。
「昔、人族の村をこっそり見た事があるが、住めないことはないだろう。だが、よほどの物好きでないかぎり、石の村に住みたいとは思わない。俺が見た村はへんぴな場所にあった小さな村だ。きっと大きな町もあるのだろう?」
「ゴールデンドーンは……たぶん比べものにならないほどでかくて、石の建物が多い」
「戦士ならば、なんとかなるだろうが、女子供には辛い環境だな」
うーんと頭を抱える俺たち。
その時、ジタローの脳天気な声が響いた。
「だったら、ヒュドラがいたあの湿地帯に住んでもらえばいいんじゃないっすか?」
「「あ」」
俺とリーファンの声がハモる。
「たしかに、冒険者と協力して、少しずつリザードマンが住める領域を増やしていけば」
「ねぇ、いっそ開墾に協力してもらわない?」
「どういう事だ?」
「あの湿地帯の開拓を諦めたのは、当時の冒険者の手が足りなかったことと、村からは距離のある場所だったから、その地に居座って管理してくれる人が見つからなかったからじゃ無い」
「そうか!」
俺はリーファンのアイディアを理解した。
「あの湿地帯はだだっ広い。一部をリザードマンの集落として使ってもらい、残りを開墾して米を育てる! 田んぼを防衛してもらうことで、仕事になるし、守ってもらえる農夫から、亞人に対する偏見が薄れる!」
「うん! どうかな?」
「最高だと思うぞ!」
思わずリーファンを抱きしめてしまった。
「ちょっ!? クラフト君!?」
「あ、ごめん。つい勢いで」
「だ! ダメじゃないけど! びっくりするからね!?」
「悪い悪い。なんか学園の生徒を相手してるみたいで」
座学だけでなく、実技も教えることがあるが、人なつっこい生徒は、俺に抱きついてきたり、蹴っ飛ばしてきたりするので、つい見た目が同じ様なリーファンを抱きしめてしまったのだ。
「ちょ!? それって私の事、子供扱い!?」
「さて、ジュララ。こちらの提案をわかりやすく説明するぞ」
「あ、ああ」
「ナチュラルに無視しないで!?」
俺はリーファンの追求から逃げるように、先ほどの話をわかりやすく説明していった。
「なるほど……悪く無い。もちろんその場所の確認は必要だが。それにヒュドラか……」
「間引きはうちの冒険者ギルドが全面協力する」
「ふむ……」
一つだけ懸念材料がある。それはザイードの開拓村の方が、ゴールデンドーンよりもはるかに湿地帯に近いのだ。
無理そうなら、ゴールデンドーン北を流れる大河のそばに、彼らの住みやすそうな環境を作ってみよう。
「なあジュララ、この土地を捨てる覚悟があるなら、あのタイタンデュークなんて放置して、逃げ出せば良いんじゃないか?」
「戦士だけならそれでもいい。だが、大勢の女子供、それに老人もいる。仮に今すぐ何も持たずに逃げ出しても、餓死者が続出するだろう。逃げるにしても準備が必要だ。それに……」
まだなんかあんの?
「実は少し離れた場所で洞窟が見つかってな。フロッグとは別の魔物が大量に見つかったのだ。戦士の半数以上が、その討伐に向かっている。今俺たちがこの地を脱すれば、戦士たちを見捨てる事になる」
「それは……」
「もう一つ、彼らが帰ってくるまで耐えれば、バロンどもを挟撃できると思っていたのだ。クラフトたちが来てくれなければ、どう考えても無理だったがな」
なるほど。それでは今すぐに村を捨てる選択肢はとれなかっただろう。
「クラフトのおかげで、マヒ毒を防ぐことができる。戻ってきた戦士たちにも渡すことが出来れば、バロンを滅ぼすことも可能……だった」
過去形だ。
「だが、タイタンデュークフロッグはダメだ。奴がいるだけで、バロンが次々と集まってくる。奴を倒さぬ限り勝ち目がない」
「それでデブ公爵退治にこだわってたのか」
「そういう事だ」
状況は理解出来た。俺はレイドックに目配せすると頷いた。
「「俺たちに任せとけ」」
見事にレイドックとハモって、仲間たちに笑われてしまった。
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