65:重要な任務は、気が引き締まるよなって話


 カイルの屋敷に呼ばれた俺達は、いつもの部屋に案内されお茶をいただいていた。

 俺とリーファンはいつも通りで、当たり前のように膝の上に座ってくるマイナもいつも通りだ。

 俺と一緒にいたからか、今日はレイドックも呼ばれている。

 それはわかるんだが、なぜかジタローもいた。


「あ、なんか楽しそうだったんで、おいらも参加させてもらったんすよー」

「軽いな……」


 どうのこうの言って、ジタローは街の発展に関わる重要なイベントにはだいたい参加してたからな。問題無いか。

 それにしても狩人としての仕事は良いんだろうか?


 そんな雑談をしていると、ペルシアをともなったカイルが部屋にやって来た。


「お待たせしました。少し書類の整理に手間取ってしまいまして」

「ずいぶん忙しそうだな、カイル」

「はい。おかげさまで人口が増え続けていますので、やることが多いのです」

「無理はしてないだろうな?」

「まるでしてないとは言いませんが、睡眠と休息はちゃんと取っていますよ」


 俺はカイルではなくペルシアに目を移す。


「そうだな。放っておけば飯も取らずに書類にかぶりついているカイル様を、毎度毎度無理矢理テーブルに連れて行き、夜もロウソクが尽きて、新しいロウソクに火を灯そうとするタイミングを見計らって書類を取り上げているからな。睡眠も取れているだろう」

「カイル……」


 俺が呆れた視線を向けると、カイルはバツが悪そうに笑いながら頭を掻いた。


「結果的には無理してませんから」

「まぁ、それなら良い。手に負えないことがあったらなんでも相談しろよ」

「はい。ではさっそくクラフト兄様に協力してもらいたいことがあります」

「ああ。この呼び出しがそうなんだろ?」

「はい」


 俺やリーファンとの話合いはいつものことだ。

 だが、今回はレイドックを呼び出していることから、特別な依頼があるのは明白だ。


「いやー! おいら頑張りますぜー!」

「いやいや、ジタローは呼ばれてなかったろ」

「そんなクラフトさんー。面白そうなことを独り占めですかい?」

「いや、どう見てもレイドックと一緒だろ」


 俺とジタローのやりとりに、カイルが笑顔で入ってくる。


「大丈夫ですよ。もともとクラフト兄様とレイドックさんに相談して、必要ならジタローさんにも協力してもらおうと思ってましたから」

「そうだったんですかい! いやー! 嬉しいっすねー!」

「まったく……。まあジタローはどうでもいい。そろそろ本題に入ってくれ」

「はい」


 ジタローが「どうでもいいってのは酷いっす!」とか文句を言ってたが、軽やかに無視して、カイルを促す。


「今回皆様に依頼したいのは、未調査地の調査がメインになります」

「未調査地……つまり人類未到達地の調査か」


 人類は永らくその生息地を魔物に奪われていたが、ここ数百年で、村が、町が、国が出来る事で、ようやく生存圏を広げていたが、まだまだその範囲は狭い。

 過去に栄華を誇っていたという人類は、魔法の力でこの大地を支配していたらしいが、今は面影も無い。


 そんな歴史があるので、今の人類にとって、世界の大半は謎に包まれたままなのだ。

 住んでいる村に隣接する森の奥を調査したら、巨大な遺跡が発見されたなんてのはよくある話だ。


「はい。ここゴールデンドーンの周囲は冒険者ギルドの協力もあり、かなり詳細が判明しましたが、やはり少し奥にいくと不明な場所ばかりです。平野の調査は進んでますが、森や山脈の調査はほとんど手つかずと言っていいでしょう」

「そうだな。森の中なんてほんの少し道がずれるだけで、何があるのかわからなくなるからな」


 するとジタローが頷いた。


「おいらも経験ありますぜ。昔狩り場にしてた森なんですが、知り尽くしたと思ってたんですがね、いつも使ってる獣道をほんの少し外れた所に、古い石造りの家を見つけて仰天したことがありまさぁ」


 森のプロですらこれなのだ。

 ジタローの言葉にレイドックも続く。


「俺たちがドラゴンを探したときも似たようなもんだったな。平野っても起伏があるだけで遠くが見えなくなるからな。あの時も発見まで一ヶ月近くかかったか」

「平野ですらそれだからな。森で見つかっていない物も多いだろう」


 カイルが真面目に頷いた。


「そうです。ですが今回の調査では範囲を重視しますので、細かい調査は必要ありません。大まかな植物、動物、魔物の分布、地図の作製が主になります」


「なるほど。その調査結果を冒険者ギルドに渡して、密度の濃い調査はギルドに投げるわけだな」

「はい。その通りです」


 カイルがにこやかに表情を浮かべた。

 膝のマイナがつまらなさそうに足を振っている。退屈なら、部屋に戻っていいのよ?


「ゴールデンドーンの城壁も完成し、人口も増えています。そろそろ次の段階へ進むべきと判断しました」

「そうだな。これだけの拠点が出来たんだ。ここを足がかりに、俺たちの生活圏を広げる時が来たんだろう」


 それは今まで魔物に押さえられていた人類が、その生活圏を取り戻す第一歩になる、偉業へのはじまりでもある。


「そして、この仕事を出来るのは、ドラゴン討伐を成し遂げたレイドックさんたちに、最高峰の錬金術師であるクラフト兄様。それに鍛冶の腕だけでなく、鉱石などにも詳しいリーファンさんたち以外にいません!」


 マイナが顔を真上に、つまり俺の顔に向けてくる。

 うん。そんな大層な顔に見えないよなー。


「少し気恥ずかしいが、確かにこのメンツ以外には難しい任務だろうな」

「はい。危険をともなう任務なので、本当はクラフト兄様には残って欲しいのですが……」

「俺も元冒険者だ。今は魔法の方も期待してもらっていい。遠慮するな」

「そうですね。僕は兄様を信じます。それで調査はとにかく広い範囲をお願いします」

「わかった。まかせろ」

「それとは別件なのですが、実は商業ギルドから、レア鉱石を手に入れて欲しいと要望が来ていまして……」


 カイルが少し困った表情を見せる。


「レア鉱石……ミスリルか?」

「はい。今一番要求されているのはミスリルですが、アダマンタイトも手に入らないかという問い合わせも多いんです」

「そりゃ、両方あればありがたいよな」

「ミスリルに関しては、以前クラフト兄様とリーファンさんが見つけてくれた鉱脈に、定期的に採掘隊を送っているので、そこまで問題無いです。ですので、可能であればアダマンタイトの鉱脈を発見し、ある程度採掘してきてもらいたいのです」

「わかった。まかせろ」


 レア金属は開拓地が次に狙う資源として至極真っ当だ。特にアダマンタイトは採掘できる鉱山が少ないので、新たに発見できれば、間違い無くカイルにとって大金星となるだろう。

 カイルに協力できる数少ないチャンスだ。絶対見つけてきてやる。リーファンがいればなんとかなるだろう。


「アダマンタイト鉱山を見つけたら、カイル様の評判も上がるね! 私もアダマンタイトはまだ触ったことが無いからぜひ見つけたいです!」

「おう、頼りにしてるぜ!」


 レイドックだけでなく、リーファンもアダマンタイトと聞いて目を輝かせた。ノームの血を引く彼女にとって、ミスリルとアダマンタイトは思い入れの深い金属だろう。


「もう一つ、冒険者ギルドからもお願いされていることがあります。レイドックさんはキャスパー三姉妹をご存じですか?」

「キャスパーだって? もちろん知ってるぞ。三人姉妹の冒険者で、若手ナンバーワンと言われている。元々は辺境伯の住む街ガンダールを拠点に活動していたが、最近このゴールデンドーンに拠点を移した」


 キャスパー三姉妹の名前は俺も聞いたことがある。

 若いが腕の立つ冒険者パーティーで、Eランク冒険者まであっという間だったとか。三人全員が紋章持ちと聞いたので、今頃はDランクかCランクになっている可能性もある。

 それと全員が美人らしい。


「レイドックはもう会ったのか?」

「ギルドで挨拶したくらいだな」

「ご存じなら話がしやすいです。ギルドから、今回の調査にそのキャスパー姉妹を同行させて欲しいそうです」

「理由は?」

「よくわかりませんが、教育してきて欲しいそうです。まだこのゴールデンドーンに来て日が浅く、こちらの勝手がわからないだろうと」

「なるほど。ギルドが名指しで鍛えたいほどの有望株って事か」

「そうみたいです。問題があるなら、こちらは断れます」

「どうする、レイドック?」

「こっちは問題無い。後進の育成も冒険者の仕事だからな。もっとも、向こうの方が年上の可能性もあるが」

「それは問題無いだろ。冒険者歴が大事だ」

「そうだな。それに見た目は俺と同じか、少し若いくらいに見えた。クラフトが問題無いなら、あとはリーファンとジタロー次第だな」

「私は問題無いよ!」

「おれっちも問題無いっす! 女の子ならいつだって歓迎ですぜ!」

「ま、お前はそう言うだろうな」


 全員の承諾が取れたので、カイルにOKを伝える。


「わかりました。それでは冒険者ギルドでキャスパーさんたちと相談して出発日を決めてください。調査期間は二ヶ月から三ヶ月でお願いします。クラフト兄様、ポーション類のストックはそのくらいでしたよね?」

「ああ、そのくらいは在庫で管理してある。ペルシア、俺達がいないあいだ、カイルが無茶しないようによく見ててくれよ」

「頼まれるまでも無い」

「うう……クラフト兄様に信用されてない……」

「無茶するなって事だよ」


 下手したら、俺たちのいない間に、街を発展させて驚かせるとか言って、無茶しかねんからな。


「冒険者ギルド長から、受けてもらえるなら早めにギルドに顔を出して欲しいとの事です」

「それじゃあさっそく冒険者ギルドに行くか」

「はい! 皆さんも無理しないでくださいね! いってらっしゃい!」

「おう、まかせろ」


 俺たちはカイル邸をお暇して、冒険者ギルドに向かう。

 途中、ジタローがアゴに手を当てた。


「キャスパー三姉妹って、どんな人たちなんすかね?」

「美人姉妹だって聞いたな」

「! 早く行きましょうや! スタンダップ! ハリー! ハリー!!」

「まったくジタローさんってば」


 リーファンだけでなく、俺とレイドックも苦笑するしか無かった。

 アズール狙いじゃ無かったのかお前は。 


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