15:後から知る事実って、意外と多いよなって話
実際にドラゴンの生息地に行くかどうかはまだ不明だ。リーファンにはその事は忘れて、村づくりに専念してくれと、一旦その話は終わりにした。
まずは、村の防衛力を高めるため、リーファンには柵作りを優先してもらう。
最初の予定より、防衛力は高める。
理由として、もし謎のヒュドラの大規模移動などあったときに、最悪は村人だけでも対応できるようにだ。
そもそもこの開拓地、魔物の発生率が高い地域なのだ。
用心してしすぎることは無い。
それはそれとして、やることがある。
「シールラさん。ちょっといいかい?」
村の中に作られた、小規模な実験農地で汗を流している未亡人のシールラに声を掛ける。
ダンナが早くに亡くなって、途方にくれている所で、この開拓話を持ってこられたらしい。
「はい。どうしたんですか? クラフトさん」
汗がじわりと肌に張り付き、かき揚げた髪の毛がわずかにうなじに張り付いた。
なんというか、謎の色気のある方だった。
「えっと、たしかシールラさんは、商店希望だったよな?」
「はい。この開拓村では、親方株や、商業ギルドへの上納が免除されると聞いていて」
「ああ。商業ギルドから預かっている書類に、その辺の事は書いてある」
本来なら、商業ギルドからも人が来るべきなのだろうが、代理として全部生産ギルドにぶん投げやがったのだ。そのうちのうのうと現れたら、めっちゃ高く権利を売りつけてやるわっ。
「どんな商店をやりたいのか、希望はあるか?」
「いえ、まだ勉強中なので、特殊な店は無理だと思っています」
「なら、雑貨屋をやらないか?」
「雑貨屋ですか?」
「当面、日用雑貨と消耗武具の販売だ」
「え? それらは配給されてますよね?」
「ああ。だが、数年でそれは終わる」
「今始めても売る相手がいませんが……」
「それは近々やってくる。どうせ今は開拓民に一律の労働対価が払われているんだ。練習がてら始めて欲しい」
「わかりました。ぜひよろしくお願いします」
こうして妖艶な未亡人シールラの店、シールラ商店がオープンすることになった。
当面は、仮設住宅の前にゴザと天幕を張っただけの簡易的なものだが、近々ちゃんとした店舗を建築予定だ。
品物は消耗品である矢などだが、当然配布しているので売れない。
だがそれは全員承知だ。
今はまだまだ練習なのだ。
ジタローが熱心に、森で取れたベリー類を持ち込んでいるらしく、干しベリーが嗜好品として売れているらしい。
なお、シールラには二人の子供がいる。
彼らは村の手伝いをしたり、遊び回ったりと、元気に駆け回っていた。
◆
「サリント、ちょっといいか?」
「ああ」
村の柵作りが終わり、手が空いたサリントを呼び出す。
「サリントは宿屋希望だったよな?」
「ああ。父が宿をやっていて、継ぐ予定だったんだが、両親二人とも流行病でな……」
「それは気の毒だったな」
「それだけならまだしょうが無いんだが、色々あって、親方株を奪われてな」
「弱みにつけ込む奴は、どうして減らないのか」
きっとゴタゴタに合わせて、悪徳商人にでも狙われたのだろう。
俺は理不尽は嫌いだ。
「だからどうしても宿を再建したくてな。危険と言われていたが、親方株を発行してもらえるこの開拓村に志願したんだ」
「そうだったのか。よし。その夢、思いっきり叶えて行こうぜ!」
「ああ……ああ!」
先々の事まで考えて、宿はかなり大きめの物を建築してもらった。一階は酒場で、そこには酒場希望の住人に入ってもらった。
スタミナポーションおかげで、作業時間が大幅に増え、作業効率も上がる。
何より住民のやる気が違うのだ。
村の発展は、想像を超えるペースで進んでいた。
◆
「ここは本当に開拓を始めて半年も経っていないのですか?」
「ええ。私達はあなた方を歓迎いたします!」
村ではちょっとしたお祭りになっていた。
その日、冒険者ギルドの支部開設と、新たな開拓民の受け入れを始めたのだ。
冒険者ギルド職員の移動に合わせて、一緒に開拓民がやってきたのだ。冒険者パーティーも一緒なので、護衛の意味もある。
代表者のカイルは、冒険者ギルド職員や開拓民に声を掛けていく。
そして冒険者パーティーが、俺の顔を確認すると駆け寄ってきたのだ。
「よう! クラフト!」
なんとやって来たのは、冒険者になって最初の頃にパーティーを組み、開拓村の護衛として付いてくれたレイドックのパーティーだった。
「レイドック! また護衛の仕事か?」
「それだけじゃ無いぞ。しばらくこの村を拠点に活動することにした」
「なんだって?」
レイドックの冒険者ランクはCだ。たしかメンバーのほとんどがCかDのはずだ。
そんな実力派パーティーが、この開拓村に住み着くだって?
「一体どういうつもりだ?」
「何。このあたりなら、討伐依頼には困らんだろ? 昔は拠点になる場所がなかったからここまで来れなかったが、こんなに立派になった村があるんだ。補給にも困らないさ」
「それは……そうかもしれないが」
幸い、一般的な魔物に対する討伐報酬は、その土地の領主が支払うことになっている。ここの場合はカイルの父親であるベイルロード辺境伯となる。
その辺は冒険者ギルドが手続きするので、こっちが何かを考えることは無い。
「ま、本音を言えば、面白そうだったからさ」
「面白そうって」
「実に冒険者らしい答えだと思うが……変か?」
「いや、お前らしい」
レイドックは一拍おくと、空を見ながら零した。
「少しだけどな。お前にパーティーを抜けてもらった事、後悔してるんだ」
レイドックとパーティーを組んでいたのは、冒険者になって最初の頃だ。
この時はまだ、全員が駆け出しで、俺の魔法に対して文句を言う奴はいなかった。
だが、破竹の勢いでFランクからEランクへと駆け上がり、いよいよDランクを狙えるという辺りで、俺の足枷が明確に浮き出していたのだ。
ランクはパーティーでなく、個人に与えられる物だ。
だが、パーティーに功績がなければ、個人の活躍などわからない。
パーティーの成功が、冒険者の成功そのものと言える。
俺達は決断しなければならなかった。
先に進むために、俺を切るかどうかを。
結局、その時は俺からパーティーを抜ける形になった。
その後の俺は、様々な駆け出しパーティーに入っては、似たような経験を繰り返すことになった。
口さがない奴らは、口だけ魔術師などと揶揄してきたものだ。
「なに。恨んじゃいないさ。実力が揃わないパーティー編制は危険だ」
「それは、そうなんだがな。お前、ギルドでなんて言われてたか知ってるか?」
「口だけ魔術師、だろ?」
ワンフィンガー魔術師とか口だけ魔術師とか、碌な記憶が無い。
「そりゃ、一部の奴らだけだ。あいつら声だけはでかいからな」
別の呼ばれ方をしていた?
四年も冒険者として頑張っていたが、初耳だぞ?
「ベテラン冒険者育成請負人。もっとも恩恵を受けた新人どもは、照れと、申し訳なさからあまり口にはしてないがな」
「聞いたことないぞ。そんな話」
「そりゃそうだろう。お前に育ててもらったにも関わらず、先に進むためにパーティーから追い出すしか無い。そんな負い目もあれば、本人の前では言えないさ」
「……」
「ま、お前を馬鹿にしてる奴が多かったのも事実だがな。その辺は冒険者の宿命だ」
「それは知ってるが……」
そういえば、冒険者を辞める頃は、新人パーティーが少なく、それなりにベテランのパーティーに入れてもらうか、他の街から来たパーティーに入れてもらうことが多かったな。
……確かに俺を馬鹿にするタイプは、マルボロがリーダーをしていたような、新たに街へやってきたベテランパーティーが多かった気がする。
「ま、それだけが理由じゃ無いんだけどよ。俺達が活躍すれば、この開拓村の役に立つんだろ? それで少しは埋め合わせになるか?」
俺は思わず目頭が熱くなるが、奥歯を噛みしめて、目からこぼれそうになる汗を我慢した。
「ああ。頼りにさせてもらう」
「任せろ」
レイドックと交わした握手は、とても力強かった。
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