第十二話 女上司に踏まれたい

 赤嶺財閥が抱える情報部の調査から、イマジナリと呼ばれる危険ドラッグの製造元が特定された。

 呆れた事に名児耶の繁華街にあった。

 名児耶市の錦と呼ばれる地域。古くからの繁華街ではあるが、最近は衰退気味。そこにつけ込んだマフィアや暴力組織が乱立しており治安維持組織も介入しづらい状況。つまり、やりたい放題というわけである。

「――というわけで、治安組織はあてにならない。我々が動くしかないの」

 赤嶺あかみね伽耶乃かやのは赤嶺所属の私兵――軍OBや古参兵などで形成された精鋭中の精鋭――を前に説明した。

 深紅の装甲服に身を包んだ彼女は美しい。

 パーソナルカスタムの装甲は胸部と腕や足回りを覆う。後は繊維系であり、特にスカートとなっている事が特徴的だろう。腰には黒塗りの太刀型神器を携え、可憐さと凜々しさを兼ね備えた姿だ。

 目の前にはイマジナリ製造拠点と判明したビルがある。

 近くには途中で折れた巨大な鉄塔の残骸が転がり、それを背景として対象ビルを兵たちが取り囲む。さらに到着したのは、参加要請をしてあった赤嶺グループの警備部関係の会社である。

 まとめ役の社員が数人と、老人兵たちが整列した。

「わざわざ来てくれてありがとう。協力をお願いするわ」

 伽耶乃は責任者らしき相手に柔らかな声で礼を言った。

 立場的には完全に上の彼女だが、頭ごなしに命令する事はせず、優しくお願いをする。やはり最後に物を言うのは人と人の関係。お互いに気持ちよく仕事をしたいというのが伽耶乃の心情だ。

 警備部の者たちは大きく頷いた。

「こちらこそ精一杯やらせていただきます」

「お願いするわね」

 ほとんど閲兵状態で歩く伽耶乃であったが、思わず足を止めた。

「……あら、ずいぶんと珍しい格好ね」

 重装甲に両手シールドといった装備の者がいたのだ。

「えーと、あなたお名前は?」

「あっ、はい! 警備部所属の笠置蓮太郎と言いますです」

 緊張しきった男は敬礼しようとして、しかし手にした盾で顔面を打ち悶えた。辺りの隊員は失笑し、後ろに控えた老人兵たちは目だけで天を仰いであきれ顔。

 そんな中で伽耶乃は口元に手を当て、くすっと微笑んだ。

「よろしくね」

 報告の兵士が駆けてきた。

「全ての準備が完了しました」

「よろしい」

 表情を引き締め伽耶乃は歩きだした。小柄なちょこまかした足取りになるが、威圧感があるためずんずんとした印象がある。

 ヒラリとした動きで装甲車の上に飛び乗ると、腰の神器刀を抜き放ち掲げた。

「総員に告ぐ。危険な薬物を製造し社会に流通させ、多くの人に害をもたらす存在がここに潜んでいる。幻想生物という人類共通の敵が存在するいま、このような害悪を看過するわけにはいかない。よって、我々はこの内部を完全に殲滅する」

 言って軽い動きで神器を振るえば、光刃が放たれた。それは固く閉ざされていたシャッターを消し飛ばしてしまう。切り裂くわけでも爆発させるのでもなく、膨大な威力の放出により溶断している。

「突入なさい!」

 神器の切っ先が示されるなり、赤嶺の私兵たちは我先にと突入した。

 完全に一企業による武力行為である。いかに赤嶺とは言えど、私兵を動かして良い道理などない。国家権力の職分を侵すなどあってはならない事だ。

 今頃は赤嶺財閥の総務部門は、泣きながら関係官庁に根回しと謝罪を行っているだろう。

「まったく茶番ね」

 装甲車から飛び降りた伽耶乃は執事の園上にぼやいた。

「本気で殲滅するならビル毎消し飛ばすべきよね。昔の私なら、そうしたのに」

「仕方ありません。流通ルートの確認や、その他データの確認がありますれば。それはさておき、やは行かれますか?」

「もちよんよ。私だけ後ろに居るなんて嫌よ」

「くれぐれも申しますが――」

「はいはい、分かっているわよ。安全第一って事でしょ」

「いえ、その点は心配しておりません。そうではなく、部下の手柄を取らぬよう自重願います」

 園上の冗談を久しぶりに聞き、伽耶乃は嬉しそうに笑い言った。

「考えておくわ」

 ちょこまかした足取りの伽耶乃は戦闘の始まったビルへと向かう。


 ビルの中では小火器の銃声が断続的に響いていた。怒鳴り声や悲鳴。爆発音と金属が転倒し潰れる音なども混じっている。

 そんな中を進む伽耶乃であったが、自分の後ろを怯えながらも必死に付いてくる両手シールドの存在に気付いた。少し意外な感じで興味を惹かれ声をかけた。

「あなた名前は? もう一度教えてくれるかしら」

「はい? ……笠置ですが」

「そう、よろしくね」

 伽耶乃は優しく笑い、ひょいと笠置の前へ手をやった。

 次の瞬間、そこに銃弾があった。

 まるで手品のようだが、飛来した銃弾を掴み取っただけだ。反射速度に優れるセカンドの中でも、ごく一部の者しか出来ない凄技である。

 すかさず園上がライフルの銃弾を発射すれば、潜んでいた射手が廊下に倒れ込んだ。それに数発打ち込み、完全に息の根を止め容赦がない。

「今のはどうかしら、部下の手柄を奪った事にはならないわよね」

「もちろんで御座います」

 なんでもない事のように会話をしていると、笠置は目を瞬かせた。まだ理解していない。何が起きたのか少しも理解をしていないのだ。

「え、あ? 手品?」

「はい、これ。あなたの額に命中する筈だった九ミリ銃弾ね。記念にあげるわ」

「んのおおおおっ!」

 笠置は貰った銃弾を握りしめ絶叫した。

 それを面白そうに見つめ伽耶乃は優しく諭すように言う。

「まだ安全とは言えないわよ。外に戻ってはどう?」

「えっと、あのその。仕事ですから!」

「分かったわ。でも死にたくなければ、あまり私から離れないようにしなさい」

 言って伽耶乃は歩きだすと、園上や笠置などの一行は揃って移動しだした。


 それから幾つかの戦闘があったものの、特に伽耶乃の出番がないままビル内部はほぼ制圧された。相手は死んだか拘束されたかで、報告では前者が多いらしい。

 黒煙の嫌な臭いの漂う中、伽耶乃は奥へと進んでいく。

 薬莢を踏み散乱するガラスを飛び越え、連絡をよこした相手へと軽く手を挙げ合図を送る。さらに近づき脚を止めた。

「どうしたのかしら」

「ご足労頂きありがとうございます。この扉が開かないため、開けて頂こうかと」

 顎で指し示した先には、金属製の扉があった。見るからに頑丈そうで、まるで金庫の扉だ。

 つまり開かないため伽耶乃の力で何とかして欲しいという事だろう。なかなかちゃっかりした相手である。しかし伽耶乃は気にしないどころか、こういう考えをする人間が好きだ。

「うわうわ! 死体が、人が死んでる!」

 背後で騒ぐのは、重装甲両手シールドの笠置蓮太郎だ。なんじゃこいつ、と周りが見つめる中で、ガタガタと震えている始末だ。

「はい、そこ静かにね。それでは開けるわよ」

 伽耶乃が神器刀を手に集中すれば、その刀身に力が注がれ淡い赤光を放ちだす。

 こうなれば、銃弾を跳ね返す扉だろうが何だろうが、大半の物質は斬り裂けるというわけだ。スッスッと動かされると、扉を固定されているであろう部分が切り裂かれる。それを伽耶乃が蹴りつければ、ゆっくりと内部に向け倒れていき地震のような激しい揺れを引き起こした。

 粉塵の舞い上がった室内は、思いの外に広い場所だ。大きな机が置かれ、その上が散乱しているのは今の衝撃のせいだろう。雰囲気からすると実験室で、ここでイマジナリなどの危険ドラッグを開発していたのかもしれない。

「入るのは待ちなさい。中に何人かいるわ、セカンドもね」

 突入しようとした部下を止め、伽耶乃は平然とした足取りで室内に入った。その何気なさには部下たちのみならず、立て籠もっていた相手も驚かされている。

「私は赤嶺伽耶乃よ。投降すれば、命の安全は保証するわ」

「うるせぇ、そんな事を誰が信じるか」

「あら、大丈夫よ。皆は下がらせるから」

 突入しようする部下たちを伽耶乃は手で押し止め微笑んだ。しかし相手は鼻で笑い小馬鹿にする。

「黙れよババア」

 部下たちは至急後退した。

 そんな部下たちをひと睨みし、伽耶乃は一生懸命に反論する。

「失礼ね、セカンドだから抗老化措置されてるでしょ。肌は二十代のままよ」

「そうやって強調するところがババアなんだよ」

「……ちょっと、お仕置きが必要かしら」

 伽耶乃はにっこりと笑った。それは背筋を震えあがらせるようなものだ。

 けれど相手のセカンドは気付いてもいない。神器刀を構え軽装、さらには自信過剰という点から、セカンドであろう事は間違いないだろう。さらに小銃を構えた兵士も二人ほどいるが、こちらは物陰に身を隠したままであった。

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