第三話 命短し殺せよオババ

 将官室から出ると警備兵に会釈をして廊下を進む。

 士官や兵たちと擦れ違うのだが、その全員が敬意を持って敬礼してみせる。あの戦闘で救われた事を誰もが感謝しているのだ。

 階を移った辺りで口を開く。

「しっかしのう、あの坊やどないなっとんねん。あんなんが少佐とか終わっとるやろが」

「ですねえ。初期タイプのセカンドで親の七光りがあると言っても酷すぎる」

 この世界には『セカンド』と呼ばれる者たちが存在する。

 生まれたときに特殊な措置を施され、常人よりも肉体的に優れ、さらに魔法のように特殊な力を発現する事の出来る強化された人類だ。その技術が開発され三十年程、若者を中心としてセカンドの数は増えていた。

 きっと、これからも増えていくのだろう。

 建物からグラウンドに出れば、そこは随分と騒々しかった。

 戦闘終了で全てが終わりとなるはずもなく、後片付けという新たな戦いが開始される。戦死者の見送りがなされ、重傷者が搬送されていく。大破し回収された兵器がクレーンを使って地面に置かれ、それを整備員が取り囲み修理か廃棄かの判定を行う。基地の中はなにかと忙しい。

「それにしても、派閥ですか。なんて下らない」

「軍なんぞ伏魔殿やで。それにや、俺ら軍事会社かて協会内で派閥があるんやで。人間が三人おれば派閥が出来るっちゅう事や」

「ははあ。で、うちはどこの派閥に属してます?」

「コウモリの如く日和見主義して、どこにも属しておらへんのや」

「流石は社長」

「だっはっは、褒めてくれるな――うん? なんだ」

 ちょっとした騒ぎに気付き古城こじょうが眉をひそめた。

 見れば人垣が出来ており、その中心には小銃を手にした老人兵の姿がある。七十過ぎほどの老婆で量の少ない白髪だ。皺だらけの顔で怒鳴り声をあげていた。

「ざけんなっ、何が高齢者動員法だっつーの。マジやってらんない、こんなんマジ最悪じゃね?」

 白髪を振り乱す老婆は、きっと若い頃に正しい言葉使いを教わらなかったのだろう。乱雑な言葉で悪態をついている。

 周りが宥めようとするのだが、銃口を向け威嚇までしている。

「戦場とか、なんで行かなきゃなんないっつーの。マジ信じらんない!」

「だから税金滞納して社会貢献度が低い老人は――」

「うっさいっつーの。誰もそんな事聞いてないし、あんた馬鹿じゃね?」

「まあまあ、山田やまだ春茂似亜はるもにあさん、落ち着きなさい」

「うっさいし、あたしを春茂似亜とかクソ親の付けた名前で呼ぶんじゃないし!」

「今ならまだ独房入りで済む、銃を下に置きなさい」

 だが、老婆は従わない。

「クソクソクソ、お前ら全部クソじゃん。世間も世界も全部クソじゃん」

 口汚くののしっていたかと思えば、いきなり懐から円筒形の器具を取り出す。それを鼻に当て、思いきり吸引した。その後の変化は劇的だ。

 いきなり白眼を剥き、口をだらしなく開けビクビクと痙攣している。老婆の恍惚となった顔なんぞ誰も見たくないが、突然の事に周囲の者は呆気にとられている。

 古城が鋭く叫んだ。

「全員離れろ! そいつ何かクスリをキメやがった!」

 周囲の者が大慌てで逃げだした。昨今は薬物中毒者が銃を乱射するなど珍しくもない時勢だ。かけつけた警務係に古城は声を投げつける。

「早くそいつを撃て!」

「しかし……」

「間に合わんなっても知らんぞ!」

 古城は怒鳴るが警務係は躊躇した。たとえ銃を不法所持していたとしても、まだ何もしていない者を射殺したとなれば、自称人権団体が煩く騒ぎ立てるのだ。

 それは致命的な隙であった。

 老婆の血走った目玉がぎょろりと動く。満面の笑みで半開きにした口から舌を出し涎を垂らす。肩を竦め腰を落とした姿勢で両足を踏みならした。

「しゃしゃしゃぁ! しゃしゃしゃしゃ!」

 奇声をあげる老婆の姿は異様な不気味さがある。そのまま小銃を乱射すれば、腹を撃たれた警務係が悲鳴をあげ倒れた。明らかに人を狙って撃ちまくっている。

 誰もが必死に遮蔽物へと逃げ込み、古城と埴泰はにやすも近くの水飲み場の裏に身を潜めた。

「どうします?」

「放っとけ放っとけや。あんだけバカスカ撃っとれば、直ぐに弾が尽きるだろ」

「いやぁ訓練って凄いな。あんな状態でも弾倉交換、スムーズにやってら」

 そっと様子を覗いながら埴泰は言った。

 当分は銃撃が止みそうにない様子に古城は乾いた笑いをあげる。

「しゃーない。取り押さえるか」

「殺した方が早くないですかね?」

「お前さん、時々恐いこと言うな。そりゃそうかもしれんが、いいか覚えとけ。ああいう状態になるクスリをキメた奴ってのは、簡単には死なんのだよ」

「なるほど。オーダー了解、先に行きます」

 言って埴泰は何の躊躇いもなく遮蔽物を出た。

 気付いた老婆は奇声をあげ銃弾を放って来るのだが、全く当たりもしない。正常な判断を失っているという事もあるが、実は埴泰の持つ能力のお陰だ。それが全ての弾丸を逸らしている。

 その隙に古城が回り込み、背後から老婆に襲いかかる。容赦なく関節を破壊し行動不能として取り押さえると、その活躍に見ていた者たちから歓声が送られた。


       ◆   ◆   ◆


「二人とも、なんて危ない事をしたんですか!」

 怒りの声を響かせるのは、古城軍事会社の女性事務員である桃沢だ。晴天の下に青の上着と白のスカートが良く映え可愛らしいが、今は怒り心頭だ。

 恐れをなした埴泰は一生懸命に宥めようとする。

「いやしかし、ほらね。モモさんも怒らないで」

「何か言いましたか!」

「いえ何も」

 埴泰は慌てて姿勢を正して見せた。

 横で古城が黙ったままなのは既婚者だからだ。こんな時に下手な事を言えば火に油を注ぐだけ、余計な口は挟まず反論をせず話を聞き、そして落ち着くのを待つべきだと結婚生活から学んでいた。

 いかに二人が危ない事をしたか。いかに自分が心配したか。言い募った桃沢はついに両手で顔を覆い泣きだしてしまう。

「二人に何かあったら……私……私……」

 どうして泣くのか、人の心の分からぬ埴泰にはさっぱりだ。

 埴泰が困って横を見れば、対して古城は軽く肩をすくめてみせた。しかしそれは、諦めろとの意味らしい。基地の兵士たちはニヤニヤしながら通り過ぎ、同じ会社の同僚たちは周りを囲み、これでは良い見世物だ。

「えーあー、あれやな。今回の事で我々は非常に反省しとる。そうやな、乃南ちゃんよ」

「反省してます」

「これからは、安全に留意して行動せんとあかんな」

「安全第一です」

「そろそろ譲渡品を選ばんとあかん時間や。なんせ、このままやと赤字やで」

「赤字ですな」

 その言葉に桃沢の肩がビクンと震える。

「出来るだけ質の良い兵器を上手いこと手に入れんと。それが出来るんは、モモちゃんだけや。俺らも反省しとるんで。譲渡品の選定、頼めんやろか?」

 ようやく桃沢が顔を上げた。

 目と鼻を赤くした彼女が視線を向ければ、古城軍事会社の面々は上官を前にした兵士のように背筋を伸ばす。

「「「お嬢、ご指示を」」」

「どこのマフィアですか……」

 桃沢は泣き笑いの顔をしながら、手の甲で涙を拭う。

「我が社の利益確保のため売れ筋系の武器を確保する必要があります。今週のマーケット状況は、アサルトライフル系はだぶついて値下がり傾向。一方で機銃系と迫撃砲系は値上がり傾向。装甲服系の値段は安定なのでパーツを含めて確保したいとです。戦闘車両系は数を揃えたおきたいので、今回は破損した車両で数を稼ごうかと。軍の査定で廃棄でも、修理は可能できる店はありますし駄目でもパーツ取りに使えますから。あ、あとそれから――」

 途中で鼻をすすりながらだが、すらすらと述べていく姿は凄いと言うべきか何と言うべきか判断に迷うところだろう。

 何にせよ埴泰は、ほっと安堵した。他の者たちが譲渡品の選別を開始した様子を眺めていると、古城がニヤニヤ笑ってみせる。

「乃南ちゃん、甘いでぇ。言っとくけど。安心すんのは早いでな」

「え?」

「女ってのは絶対に、一度でも怒った事を忘れんもんや。十年前の事やろうと、平気で昨日の事のように怒りだすからな」

「いやまさか……」

「俺は既婚者やで」

 何とも恐ろしいことを言う古城に、埴泰は肩をすくめてみせた。

「そうですか。結婚する気はありませんけど、それが正解ですかね」

「それがそうでもないんや。結婚すりゃわかるで」

「さよですか」

 埴泰が面倒そうに目線を逸らせば、それ以上古城は言葉を控えた。話題を逸らすべく肩に手をやり、ぐるぐると回しだす。

「おお、痛い。さっきの婆さんは凄い怪力やったな。まだ肩が痛むぐらいや。ほんっと、ああいうクスリをキメたやつは厄介ってもんやなぁ」

「しかし、クスリですか。最近多いですね、危険ドラッグに手を出す奴ってのは。あんな年寄りにまで蔓延してるとはね」

「今回のは、きっと最近流行のクスリやで」

 基地内をぶらぶらと歩く。戦闘車両が無惨な姿で並べられた前を通ると、オイル臭いに混じり煤や鉄の焼けた臭いが鼻を突いた。

「イマジナリっちゅう名前の薬や。なんでも幻想生物を原料にしたるって話やで」

「幻想生物をですか!?」

「嘘か本当かは知らんけどな。でもま、さっきの様子みとると信じとうもなるわ。明らかに殺意高すぎやったろ」

「まるで幻想生物みたいな感じですね」

 埴泰の言葉に古城は肩をすくめるだけだ。

 人類は絶滅の危機に瀕し、その不安から薬物に逃げた者が人を襲う。なんと度し難い事だろうか。

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