▼5▲
成一は気まずかった。
まずどう接すればいいかが分からない。
何せ相手は屋上に鍵をかけたら空からやってくる戦術をとるような非常識だ。
だからと成一は、軽くジャブを打つような感覚で、
「……金の力を使うなら、鍵屋を呼んで扉を開ける方が安上がりだったんじゃないか?」
「インパクトは世界の合い言葉!! 大は小を兼ねますのよ」
「じゃあなんだ、これから俺は金の力で自白剤でも飲ませられるのか?」
「飲みたいのならそうして差し上げますが、私の本意ではありません。それにたとえ情報料を何億払おうと、貴方は逃げるほうを選ぶのでしょう?」
「それは……買いかぶり過ぎだ」
「いいえ、貴方は金で動く人間ではない。だからこうして直接交渉に出向いたのですもの」
「……意味が分からん」
架空世界の金でなければ心動かされるだろう、だがそうとは答えられず成一がそこで言葉を止めると、前に立ち塞がっていたお嬢様は音を立ててベンチに座る。
「隣、いいですの?」
「丁寧に一人分あけて座ったあとで言う台詞じゃないな」
「逃げないんですのね」
「どうせ扉の前には人員を配置してあるんだろ。本気ってのは、そういうことだ」
「……なによ、わたしのこと、わかってるじゃない……」
確かに彼女の言う通りインパクトの効果は絶大だ。ヘリを出された時点で逃げても無駄だと一瞬で理解できたのだから。
しかし。
「それよりも、こんなことで授業を放り出していいのかい?」
「別に成績上の問題は一切ありません。私の立場からすれば必要さえ無いですわ」
「なら修学の意味で登校しているわけではない、と?」
「ええもちろん。皆勤賞と貴方の尋問を秤にかけて、傾いた方をとったまでですわ」
「気分の優先順位でしかないわけか。学校生活は実益無視の趣味だとでも?」
「いちおう正解だと言っておきましょう。……他にも理由は、ありますが」
「そうか。色々と複雑なんだな」
成一は話を引き延ばし、本題に入らずはぐらかすことを選択した。
ついでにお嬢様の情報も引き出せるなら、今後の保険のために収拾しようと――
「私のことを知りたいのなら、いくらでも質問なさってよろしくてよ。元より教えるつもりで来ましたもの」
「……自意識過剰じゃないのか?」
「私は貴方の態度が気に入らない。意味不明さが癪に障る。ですから問い詰めるために貴方を追いかけた。でも北風をいくら吹かせても旅人はコートを脱いでくれないでしょう?」
「……。きみは普段、どれだけバカの皮を被ってたんだ?」
「ちゃんと化けの皮って言いなさいよっ!! ……猫を被ったことは、ありませんが」
「それは分かる」
「ですが場を作るための努力でしたら怠るつもりはありませんわ。――どうぞ」
言うと彼女は缶コーヒーを渡してくる。調査に手抜かりはなく、成一が好んで飲む銘柄だ。
彼女自身は缶の紅茶を持っている。
「……言えば何でも出てきそうで怖くなるな」
「ふふん、そうでしょうそうでしょう」
「つまりテコでも動かないと判断したら、監禁も視野に入れているわけだ」
「……。話すつもりは、ないんですの?」
「俺にはきみが、どうしてそんなに俺に付きまとってくるかのほうが不思議だよ」
嘘だった。彼女が執着してくる理由なんて分かりきっている。
ヒロインとして設定されたプログラム。規定された行動様式に沿ってプレーヤーに接近する役割を与えられた――プレーヤーが好む趣向の一つとして用意された――人形だから。
「……本当に、分からないんですの?」
「ああ、分からないね。実はお嬢様自身にも分からないんじゃないのか?」
言ってしまって、直後にしまったと頭の中で舌打ちする。
彼女がゲームのヒロインで、それが無意識下で行動に作用しているなど分かるはずがない。
なのに成一は思わず彼女を感情的に嘲った。虚しさゆえに、挑発した。
「また――『お嬢様』と」
「……どうした?」
「私は何度も言ったはず、貴方の態度が気に入らないと」
「だからって、こんなに固執してくるのは異常だよ。俺は前世できみの両親を殺した恨みでも買ってるんじゃないかとさえ疑いたくなるね」
「!! 異常なのはどっちよ!?」
「――な」
「ええそうよ、
成一は再び気付かされた。自身がプレーヤーとして彼女を見ていたように、彼女もまた。
「貴方のその目は、何? 貴方のその目は私の存在をうんざりだと言っているくせに、単純に他の烏合の衆が私を無視するそれでもない! 私の虚勢を見下してるのでもない、拝金主義や権力目当ての卑しい目でも、憧れや崇敬の視線ですらないっ!」
ヒロインとしてこちらを見て、判断して。そして何より彼女の目は。
「貴方が私を見る目はいつだって、そうよ、今だってそうじゃない!! 憐れみ? 哀れみ? 初めて会った時からそうだったわよ! 私の言動をっ、私の存在を!! ホラ吹きの見え透いた嘘を右から左に流すみたいに、こっけいな戯言だと上の空で聞くみたいに!! だから――ッ」
『邪険にしてていいのかい? 彼女は攻略可能ヒロインの一人だけど』
『……おとぎの国のお姫様を市井に出しても、後が面倒になるだけだ』
「だから私はッ、貴方を見るたび不安なの!! 笑われ馬鹿にされてるようで、いやなのよ!!」
――最も正しく、成一を見抜いていたのだと。
「……。進藤」
「なによ、質問には答えるって言ったでしょ……だから言った、だけなんだから」
「いや。きみは一人称の『わたし』と『わたくし』で口調を使い分けているんだなって」
「はあ!?」
「だけどそれは、演技じゃなくて感情の起伏の変化なんだよな。ああ、どっちもきみらしくて良いと思う。――俺には無理だ」
「ひっ?! い、いいいいきなり何を言い出すんですのよ!?」
(ああ、駄目だ。彼女にだけは、情を移すわけにはいかないのに――)
それでも口が勝手に動いてしまう。
彼女ともっと、話がしたい。
「そうだよな……いくら自分を装っても、裏目に出ていれば世話はない」
「? 何を」
「質問には答えてくれるんだよな、進藤?」
「えっ、ええそうですわ! 何なら口約束ではなく誓約書でもっ」
「きみは俺に、いったいどうして欲しいんだ?」
成一は自然な表情でそう言った。きっと本音でそれが聞きたかった。
演技ではなく彼女を試すのでもなく。
「……答えれば、私の質問にも答えてくださるんですの?」
「誓約書に判を押しても構わない。きみにとって満足のいく回答が得られるか、俺にとっても十全な説明ができるかは、別として」
「それはこちらも同じですわ。万事において理解や納得がなされないことは世の常で、けれど歩み寄る努力は怠るべきではありませんから。――たとえ裏切られるのだとしても」
「……同感だ」
今まで成一は歩み寄ることを拒んでいた。
その先に待つ事態を思えば、彼女らとは機械的に接することこそがベストだと。でなければいざという時に混乱するのは目に見えているからだ。けれども、
「じゃあ聞かせてくれ。さっきの質問の回答は」
「もう叶いましたわよ」
「は?」
「お気づきになりませんの? いま貴方は、ようやく私と向き合った。私も全力で追い込んだ甲斐がありましたわ」
「なっ……!!」
「本当に――どうしてたったそれだけのことから、貴方は逃げ続けていたんですの?」
赤面した。
進藤が反応を見てくすりと笑い、余計に成一は気恥ずかしかった。彼女がどこまでこちらを見透かしているのかが、分からなかったから。
「……きみは、ばかだろう」
「いいえ、ここまでの馬鹿は私でも滅多にやりませんわ」
「いくらかかった。その対価に釣り合う望みだったのか、これが」
「それは貴方が決めることではないでしょう。ええ、私としては十分満足いく結果かと」
「……。ならそれが短期目標として、その先はないのか」
「と、言いますと?」
「長期目標だ。いまこうして俺はきみと向き合った。何か回答が得られるかも知れない。だがその先に求めているものは、何なんだ?」
「……。よく、お分かりになりますのね」
「何が」
「わからないのよ。……わからないから、追いかけた。そのままにしておけなかったから」
「――進藤?」
彼女は俯き両手で持った缶を強く握る。
次第にそれが、震えてきて。
「わかりませんの。昨日からですわ。貴方が勝手に早退したせいに違いありません」
「いや流石に無関係だろそれ」
「いいえ、だってわからなくなったんですもの。どうして私が学校に通っているのかが」
「……? きみはさっき、実益無視の趣味だって」
「辿り着いた結論の一つがそれだったに過ぎませんわ。……急に自分の立ち位置が、ぐらりと揺らいで不安定に感じて、怖くなった。だってそうでしょう、お飾りだとしても、社の経営や後学のためを思えば、他の学校や留学という選択を取る方が遥かに健全かつ合理的ですもの。それを無視してここに通う理由が――私には見つかりませんでしたのよ。だから……」
「だから同じような異常性を、きみに不安を与えていた俺だったら何かが聞き出せると?」
「大正解。……褒めてさしあげますわ」
言うと進藤は、こちらにうつろな笑顔を向けてくる。
彼女の話を聞きつつ成一は思考を働かせ、
(俺の早退がきっかけで、自分の存在について疑念を抱いた? いやそうじゃない、俺がこの世界に来ることとは無関係に彼女は学校に通っていて、それはそういう設定だとしても)
はっとなって、思わず彼女の名を口にする。
「まさか――御厨なのか? 原因は」
「御厨さん? また、あの委員長――……くっ?!」
「どうしたっ!」
「そ、そうですわ。御厨、雛子。みくりやすうこ――幼少から一度も完勝できなかった、私の上ばかり行く、私のライバル――いつか同じ土俵で勝って、それから、それから……っ」
「進藤!? きみは、もしかして」
「いつかそのとき、お友達になりたいと……! ぅ、ぅああッ!!」
「進藤!!」
「どうして、どうして忘れていたの?? それに貴方は、御厨さんの彼氏で、なのにどうして、く……っ、ぅあああああああああああああああああ!!」
[CAUTION!! CAUTION!!
攻略可能ヒロイン「進藤みらい」との関係深化・自己認識拡大を確認しました。
これよりプレーヤーによるメタ情報開示を、解禁します]
「っ……!! なんだと!?」
『おめでとう成一くん! これで君は次のステージに移れるよ!』
『サーペント?! またいきなりッ』
『おっと、ボクは今回も告知ついでに来ただけだ。それより君、パーフェクトじゃないか! ルート確定やエンディング前にヒロインを覚醒させちゃうなんて!』
『覚醒? まさか』
『こっちでも告知解禁されたからようやく伝達できるんだけど、ヒロインを現実に連れて行く弊害については当然だけど対処する必要がある。あちらに転送する分には問題ないんだけど、連れて行った女の子のメンタルケアは君に課された難題なんだよねえ?』
『ならこれがっ、ハッピーエンド条件の一つだったということかよ!』
『いや別に必要条件じゃなかったさ。ただ前にも言っただろう、彼女達は君の発言や行動から読み取れることに関しては、現実の人間と同様に思考して推察するとね』
『だから彼女らは、本来ならバッドエンドで無かったことにされた記憶をっ』
『その通り、これも君がとった行動による変化だよ。教えられなくても、気付かせることなら出来たんだ。全ては君次第だと言ったよね? ボクは最低限のことは伝えていたはずさ』
『詭弁だな! これがゲームかっ、どこかの誰かの、手のひらの上の観劇だろ!!』
『だがプレーヤーは君なんだ。さあ楽しんでくれ。選択肢と自由度が増えたんだ、思考して、対処すべき障害が山積みだ。まあ相変わらず全年齢対象だから出来ないことも多いけどね!!』
『――っ、どうせなら十八禁に変更しろ!!』
『君自身が十七才だから無理だよー! じゃあまた近々に!』
そう一方的に話を切ると、またあの燕尾服を着た白蛇のぬいぐるみは姿を消し、
(あの蛇野郎ッ! ……そうだ、進藤は!?)
彼女は息を荒く吐き続ける。悲鳴を叫んで俯いたまま。
彼女にいま何が起きているのか、これから何をどうすればいいか、そんなことを考えながらそれでも成一は心配を露わに距離をせばめて腰を落とし、顔色を確かめようとした。
「大丈夫か。どこか酷く、痛むのか?」
「……どういう、こと?」
「進藤。もし平気そうなら、聞いてくれ。落ち着いて……」
「……あぁ、だから私に尋ねてきたの? 憶えていたの、貴方と、彼女は……。――ッ!!」
そして急に彼女が立ち上がり、
指示を出すように右手を振り上げて。
「プランB!! この男を逃がすな! 丁重におもてなしなさい!!」
屋上の扉がバタンと大きく音を立てて開かれて、そこから出現したのは大量のメイド達。
それに呆気にとられる暇もなく――成一は身柄を、拘束された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます