▼2▲ ‐残り十三日‐

「お・は・よ・う、新成一っ!」

「……ああ、おはよう進藤さん」

「ひ!? ど、どどどうなさいましたの!? 素直に返事してっ、そ、それにその」

「相変わらず元気だな」

「と、当然ですわ! そ・ち・ら・は、棺桶から出てきたような顔ですけれども!!」

「……そうだな」


 月曜の朝、校門前では先週同様にお嬢様が突っかかってきた。

 もはや様式美的にルーチン化されたエンカウント、しかし今の成一にとっては相応の覚悟をもって臨まざるを得ない瞬間だった。

 成一は逃げていた。昨日という一日を、雛子を失った感傷に浸りきることもできず、酔った気持ちを切り替えて次の道化を演じる決意もできず、不毛に時間を費やした。

 それでも成一が彼女と会うことを前提に時間通り登校したのには理由がある。それは、


(……雛子のことを、誰よりも気に掛けていたからな)


 泣かせたら承知しないと言われていた。

 だから成一は、これから先どう動くかについては精算すべきことをしてからと決めていた。

 どう話すかなどは決めていない。どこまで話せるかも分からない。

 けれどいくら口が開こうとして震えても、言わないわけにはいかなかった。

 告げていく。


「その、進藤さん」

「はぃ?! ま、また一体、なんですの?」

「すうこ……御厨さんを、俺は」

「? どうかなさいました」

「俺は御厨さんに、とても酷いことをした。だから彼女はもう学校には来ない。手の届かないところに行ってしまった。全部、俺のミスで」

「……」

「ごめん。それに泣かせてしまった。俺はきみの言ったように悪人じゃないのかもしれないがきっと開き直った悪人のほうが善人だと思えるような、外道なんだ。気が済むまで、どれだけなじられても構わない。金の力でどうにかされても文句はない。好きなように処断してくれ」

 成一は深く頭を下げていく。

 恥も外聞も何もない、自己満足の謝罪だろうと、進退を決めるのに必要なプロセスだった。

 けれども、


「……何を、わけのわからないことを仰いますの?」

「え?」

「だいたい御厨さんって、ああ、うちのクラスの委員長かしら。私と何の関係が?」

「おい、ちょっと待てよ」

「あら、丁度良いところに来ましたわね」

 そうお嬢様が視線を向ける先、


「あ、おはよう進藤さん」

「おはよう御厨さん。お急ぎかしら?」

「うん、ちょっと友達の部活でトラブルあってヘルプでね。じゃっ」

 彼女が、御厨雛子が無事な姿のままそこにいて、成一は。

「っ、雛――ッ」

 だがそれは声にならずに喉で止まる。動きが凍る。その直後。


『駄目だよ成一くん、君はもう彼女と接点がなくなった。攻略できないって言っただろう』

『ッ、サーペント?! この拘束はお前のっ』

『違うよ、ボクは警告に出ただけさ。そんな余計なことに囚われず、新しい恋を始めなよ?』

『どういうことだ、あれは!』

『吹っ切りたければ確認してみるんだね、君の携帯の中にあるもの全て。じゃあまた近々に!』


 そうして白蛇は成一が手を伸ばすより先にまた消える。

 雛子はもう、目の前から去っていた。

「……どういうことだ」

「そ・れ・よ・り! 新成一ッ、さ、さっきのことですけれど」

「え、ああ?」

「私に、何をどうして欲しいのかしら? も、もしかしてドMにでも目覚めましたの!?」

「進藤様ッ!! この『』筆頭・森部丁! どうにかして欲しいです!!」

「うるさい変態! 私は取り巻きなんていらないって言ってるでしょう?!」

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

「……森部、おまえ」

「おうなんだ転校生っ、貴様も入るか『僕らの未来を護り隊』に!」

「『お雛様親衛隊』じゃなかったのか?」

「あん? なんだそれは」

「……そうか」

「あっ、新成一!! まだ話はっ、ていうか勝手に謝罪して何をしたかったんですの!?」

「別に。朝食に当たって気がふれていたみたいだ。時間をとらせて悪かった」


 気持ちが悪かった。世界のつじつまが合わなくて、異物を飲み込んだように吐き気がした。そして歩きながら成一は、サーペントが携帯を見ろと言ってきたのでチェックする。


(……中にあるもの全てなら、写真、動画、音楽、アドレス――まさかっ!?)


 開いていく。果たして予感は的中した。記憶していた雛子の電話番号にかけていく。

 ――使用されておりません。

 相互フォローしたSNSのアカウントをチェックした。

 ――消えていた。

 彼女と撮った写真も、動画も、送られてきたメールやメッセージも、何もかも。


「……はは。やり過ぎだろ……?」

 全てがリセットされていた。バッドエンドによる初期化がどういうものか、成一はようやく把握する。雛子と成一のこれまでと、彼女自身と他キャラクターとの関係性が断たれたのだ。それはきっと、彼女自身に伝えることも。


「あーっ、やっとヘルプ終わり! ってこれじゃ始業に間に合わない遅刻するー!!」

「ッ……、――委員長っ」

 彼女が廊下を走ってくる。また雛子と呼びかけるが禁じられ固まって、言い直して呼ぶと、


「? どうしたの転校生、教室はそっちじゃないよ」

「あ、ああ、気分が悪いから保健室。単なる腹痛だ」

「そっか、じゃあね!」


 こちらを見て立ち止まってくれたのも一瞬に、彼女は走って去ってゆく。

 理解した、自分はもう、こんな取り留めの無いことでしか彼女に声をかけられない。そして雛子もまた、こちらを露とも気にしない。


「……。サーペント、独り言だ、聞き流せ。単なる自己メンタルケアだ」

 拳を強く握りしめる。自分は取り返しがつかないことを、しはしたが。

「よかったよ、彼女が生きていて。親切設計じゃないか、全部なかったことにするなんて」

 唇を噛み切って血が滲む。だがそれはすぐ治り、舌打ちして。

「問題ない。現実に連れ帰るなら面倒が少ないほうがいい。その程度で選んだんだから」

 だから自分は安心して、次の攻略に移っても良いのだと。

「……っ、お前の言う通りだ蛇野郎! 余計なことに囚われてなんて、いられるかよッ!!」

 嘘だった。痛みでも堪えきれない一粒の真実が、勝手に床にこぼれて落ちて、


「――ああ、好きなんかじゃなかったよ、嘘だった。……嘘、だったさ」

「ふうん、あの告白って嘘だったんだ。でも何でポエム呟いて泣いてるの、キモいよ?」


 成一は、大きく後ろを振り向いた。

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