ゆるしの全肯定・中編


「ダンジョンなんて何年ぶりかね」


 神殿へと向かう道すがら、アニキさんがげんなりした様子で呟いた。


「しかも、久しぶりでいきなり最深部に叩き込まれるとは、どういう巡り合わせなんだよマジで」

「君は割とそういう星の巡り合わせにいると思うよ。……それよりもレン君。ダンジョンに入る前に、頭のスイッチを入れておいた方がいいよ」

「え? 何でですか?」

「どうせ、最深部の直行ルートをあの子がつなげるだろうからね。最深部はまともな精神じゃ足を踏み入れられないんだよ」


 勇者の忠告にレンが首をかしげると、さも当然であるかのように返答した。それにアニキさんが茶々を入れる。


「お前、自分がまともじゃねーことに自覚あったんだな」

「そこは言葉のあやってやつだよ。それよりボルケーノ。待っている間に、近距離魔術のコツを教えてあげてくれないかな。君の教え方が一番わかりやすいと思うんだ」

「なるほど。少しでも生還率を上げるには越したことはねえな」

「……最深部って、どんなところなんですか。いや本当に」


 物騒な相談に不安がるレンへ、地獄の窯が蓋を開けようとしていた。









「まったくもってその通りなの!!!!!!」

「だよね!」


 公園広場で、奴隷少女ちゃんの全肯定が響き渡った。

 顧客は他でもない常連シスターさんである。おおよそ五日ぶりとあって、彼女のうっぷんも質が違う。いつも以上に愚痴を言い放っていた。

 それを、奴隷少女ちゃんがはきはきとしたハスキーボイスで全肯定していく。


「あのハゲ上司、なんか最近の様子がおかしいんだよね。妙に機嫌がいいというか、なんか解放されたみたいなテンションなの。いや、別にいいんだけどさぁ。あのクソハゲ、機嫌がよくなるとセクハラ発言に磨きがかかるんだよっ」

「それは最悪なの!!!! 機嫌が悪い方がおとなしいとか、わけがわからない生命体にもほどがあるの!!!! 常に不幸でいてほしい類いの人間がいるなんて驚きなのよ!!!!!」

「ほんっと、意味わかんないの! 朝出勤してあいつが機嫌良さそうなのを見ると『先輩けしかけてやろうかっ!』って思っちゃうんだよぉ。いや、先輩にも迷惑だからそれはしないけど、でもさぁ!」

「やればいいのよ!!!! いざとなれば、その先輩が天誅を下してくれるの!!!!」

「うんうんっ。最終手段にとっておこうって思うんだ!」

「それはいい考えなの!!!!! いざという時にとれる手段があるのとないのとでは、心のゆとりが違うの!!!!!」

「だよね! あとさぁっ、クソみたいな一部の冒険者のやつらもさっ。彼氏いないのかと、結婚しないのとかさぁ! できないんだよッ! シスターってそういう仕組みなんだよ! なのになんでそういうこと言うのかなぁ! なんでことあるごとにプライベートにかかわってこようとするのかな! そういうとこ、気持ち悪いってわかってくれないかなぁ! お前らいったい私の何様なのって感じだよっ」

「わかるの!!!!!! 無自覚な発言にこそ、差別は現れるのよ!!!!! 他人の職種や立場に気を払えないで自分の価値感だけで会話をする奴らの相手をするのは、とっても体力が削られるの!!!!」

「そうなのよぉ!」

「仕事じゃないのに会話に付き合ってあげてるあなたは、とっても偉いの!!!!! 今年の奴隷少女ちゃんからの一等賞はあなたなの!!!!」

「ありがとぉ! 奴隷少女ちゃんにそういってもらえるとほんっとに嬉しい!」


 息がぴったりのやりとりで日頃の愚痴を解放して、十分。


「おとと、もう十分だね」

「……」


 ぴたりと口を閉ざしてプラカードを口元にあてた奴隷少女ちゃんが、楚々と微笑みながら静かに頷く。

 いつもはこれで終わりだ。ばいばいと手を降って、奴隷少女ちゃんは静かに見送る。それがいつもの流れだ。

 だが珍しいことに、常連シスターさんは延長のために千リン取り出した。

 口元を隠した奴隷少女ちゃんに、もう一度千リンを渡す。


「あのね、奴隷少女ちゃん」

「うん!!!!! まだまだ言いたいことがあるなら、全部吐き出すといいの!!!!!」

「レン君のことなんだけどさ」

「うぐっ」


 斬りだされた話題に、奴隷少女ちゃんはぎくりと顔をこわばらせた。

 わかりやすい反応だ。常連シスターさんはくすりと笑みを漏らす。


「仲直り、してくれないかな」

「へ、へっぽこレンレンなんてあっかんレン兵衛なの!!!!! そもそも仲直りもなにもないの!!!! ケンカなんてするほど仲がいいわけでもないの!!!!!!」

「あはは、そんなこと言わないであげてよ。あの子、確かにまだまだかもしないけどさ。結構頑張ってるから」


 かわいらしい動転を見せる奴隷少女ちゃんに、常連シスターさんは優しくほほ笑む。


「奴隷少女ちゃんもさ、思いっきり殴っちゃったの、ちょっとは気にしてるでしょ? あれはレン君も悪いから、奴隷少女ちゃんから謝らなくってもいいよ? だからあの子の話、聞いてあげてよ。これからもさ。別に特別扱いはしなくていいから、あなたの全肯定を聞かせてあげて?」

「う……」


 言葉に詰まって唇をとがらせた彼女を見て、ああ、と気が付いた。

 この子も、ちゃんと年相応に女の子なのだ。

 顧客という立場に立っていると、そんなことすら忘れてしまう時がある。だからこそ常連シスターさんは、意地悪い笑顔で促す。


「ほら、全肯定。まだまだ一回十分千リンのお時間だよ?」

「わ、わかったの……」

「だーめ。もっと大きな声で!」

「むぐぅ」


 レンにやられたのと同じようなやりとりに、奴隷少女ちゃんはぷっくりと頬を膨らます。どうも、レンの失言は尾を引いているらしい。

 しかし、他ならない常連シスターさんの頼みなら仕方なしと口を大きく開ける。


「わかったの!!!!!!」

「よし!」


 気持ちのよい全肯定に、常連シスターさんはくしゃりと青みがかったきれいな銀髪を撫でる。奴隷少女ちゃんは常連シスターさんに撫でられたことに一瞬だけ驚いて、けれどもすぐにくすぐったそうに微笑んだ。

 いつもの営業スマイルとは違う、自分に気を許している笑みを見て愛おしさが湧いた。

 もうちょっと早く、こうやって触れ合ってみればよかったな。責任が持てないとか、そういうことを思わずに、ただ助けたいと行動すればよかった。そうすれば、きっと後からついてきたものもあったはずなのだ。

 自分が見逃し続けたものに対する少しだけ後悔と、レンへと託すものの尊さを思い知った。


「じゃ、それだけだから! また明日!」

「うん!!!! 是非とも来てくれると嬉しいの!!!!」


 まだ時間が残っているけれども、手を振って別れを告げる。いつもは全肯定の十分が終わってから別れを告げるから、こうやって声にして挨拶を交わしたこともなかった。


「……だめだなぁ、私は」


 公園広場を出て、寂し気な微苦笑が漏れた。

 こういう後悔はいままで何回も繰り返してきたし、これからも幾度も繰り返すことになるのだろう。

 だから、自分ではない他人に期待を持つのだ。

 迷わずに、好きな女の子に好きなんだって言った男の子に。


「今頃レン君は、何をしてるのかな」


 きっと、頑張っているのだろう。

 それを信じられるくらいには、レンは彼女の信頼を勝ち取っていた。







 その頃、迷宮の最深部。


「勇者様! アニキさんが、アニキさんが……!」

「レン君! 冷静になるんだ! この傷じゃボルケーノは、もう……助からない」

「ちっ。あいつらを残していくことになるとはな。いいか、俺はここまでだけどよぉ、お前らは止まるんじゃ――」

「この程度で止まろうなど、軟弱にもほどがある。――『|死を退けよ(いのちだいじに)』」

「――ごふ!?」

「ひぃ!? 腕が、生えたぁ!?」

「が、ぐぐ、っはぁ! もっとまともな治療しろやこのいかれシスタァー! 腕吹っ飛んだ時より痛いんだよてめえの治療は!」

「まだ行程の半分にも至らぬというのに、汝らは脆弱にもほどがある。致し方なし。聖句をくれよう」

「いや、いらないよ。ねえ、ほんとにやめてくれ、イーズ・アン。お願いだから――レン君! スイッチ!」

「『|人の望みよ喜びよ(みんながんばれ)』」

「へ? あ、あばばばばああああば」


 レンは、常連シスターさんの想像を絶する方向で頑張っていた。

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