友達の全肯定・中編



 欲望が結晶となったきらびやかな洞窟を、イチキが女魔術師の案内するように先導していく。


「実は、わたくしは素材を採りに来ておりまして。ついこの間、貴重な素材を使った祭具を消耗してしまいましたので、このクリスタルダンジョンの深部まで補充に参った次第でございます」

「イチキ、自分で採りに来てるの?」

「ものによっては流通を待つよりも、自分で手に入れたほうが早いこともございますから」


 説明を聞いて得心する。

 何の用途で使ったかは知らないが、クリスタルダンジョンは魔術的な素材の採掘地でもある。洞窟という閉鎖空間の中に、様々な効果を内包する宝石思念の塊が存在するからだ。

 それがゆえに、様々な素材が入り混じるようになるクリスタルダンジョンの深部は環境が狂っている。

 蒼玉サファイヤは冷気を、紅玉ルビーは熱気を、日長石ヘリオライトの明かりは目を潰すほどに光量を増し、藍玉アクアマリンから激流の川が生まれ、琥珀アンバーが粘液となって二人を包み固めて閉じ込めようと襲い掛かる。

 奥へ行けば行くほどに、人の心に隠された悪意に足を踏み込むことになり、欲望は容赦なく命をむさぼろうとする。

 そこをイチキは、ただの道であるかのように歩く。

 遭難していた女魔術師とは違い、イチキはここに単身で素材を採りにきたらしい。同伴させてもらっているのだが、正直、女魔術師にやることはなかった。

 距離を、高さを操り認識を捻じ曲げるイチキの結界は、あらゆる障害を寄せ付けない。まさしく散歩道と変わりがなかった。


「それで、あなた様はまたどうして、このような場所におひとりで?」

「ああ、それはちょっと恥ずかしい話なんだけど――」


 道すがら、女魔術師の事情を一通り聞いたイチキは、ふむと頷いた。


「なるほど、さような事情でございましたか」

「言い訳になるけど、金剛石ダイヤモンドの地帯にあんな悪辣な罠があるとは思わなかったのよ」

「……そのことですが、耳寄りな情報が一つ」


 さすがに晩御飯を考えながら歩いていたなんてことは言えずに、新種のトラップが発生したことを強調する。

 イチキが女魔術師の耳元に口を寄せ、そっとささやく。


「ダイヤモンドは最近、とある場所で巨大な採掘場が発見されたのですよ」

「え?」


 初耳だ。

 資源ではなく装飾の価値を持つ品の採掘地の発見は、必ずしも吉報ではない。場合によっては値崩れを引き起こすこともあるのだ。情報の開示には慎重になるのが常だ。

 女魔術師の驚きを見たイチキは、悪戯が成功した子供のような悪戯っぽさでくすりと笑い、続けて耳を疑うような情報を告げる。


「その鉱山の埋蔵量たるや、現行の採掘場のすべてを合わせた、おおよそ三倍が埋蔵されているとされております」


 女魔術師をして、絶句する内容だった。

 今度こそ言葉も出なかった。現行の採掘場の、三倍の貯蔵地。それは値崩れをどころの騒ぎではない。ダイヤモンドという品を扱う市場が崩壊しかねない値だ。

 実用性のない宝石の価値は、稀少性で決まると言ってもよい。どんなに美しかろうが、硬度が高かろうが、量があれば装飾品として使えない石ころに成り下がる。


「なるほどね……。そのせいで、えぐい隠し罠が発生したわけだ」

「ええ、宝石業界はこの事実を全力でひた隠しにしておりますね」


 実用品を名乗れるほどの採掘量ではなく、かといって希少品でもなくなる。そんな鉱山の発見に、いま利権を持つものが関係者に全力で口止めを行っているのだ。

 この町にも、少なからず事情を知っている人間がいるのだろう。事実に踏み込もうとする人間を排除しようという情念が、クリスタルダンジョンにあの罠を作り出した。


「さてはて、この虚飾がいつまでもつのか、興味深うございます」

「冒険者としては、笑い事じゃないんだけどね」

「そうでございますか? ダンジョンでかような罠ができたということは、その程度にはこの都市の人間に知られているということ。人の口に戸は立てられませんゆえ、ぼちぼち限界となって決壊いたしましょう」

「大事件ね。またダンジョンに新種の魔物がでそうだわ」

「確かに。公につまびらかになった後に破滅に転じるか、機転を利かせるか、あるいは、もっと悪辣な手段を講じるか。まちがいなく宝石史に刻まれる事件。その煽りで町々のダンジョンも変化いたしましょう」

「楽しそうね、イチキは……」


 冒険者にとって大変よろしくない事実にげんなりする女魔術師とは対照的に、イチキは楽しそうに微笑む。

 しかし最上位の機密で間違いない情報をどこから仕入れたのか。ちらりと横目でうかがうも、イチキは上機嫌に自分の結界で敷いた道を歩くのみだ。


「宝石は、その概念自体が一つの学問となるほど人の興味を引きつけるものでございますからね。そして宝石の価値は、たとえ一つの文明が滅びても続き、積み重ねられていきます。最も長寿な知恵の歴史の転換期に居合わせたとなれば、興味がそそられないはずがございません」


 宝石のありようは様々だ。国によっても捉え方は異なる。ガラスのビーズで広大な土地が買い取れるようなこともあるのが、価値というものの不確かさを示している。

 試行錯誤の積み重ね。

 しょせん、やってみなければわからず、やってみた結果を積み重ねるというのが学問の本質だ。やらなくともわかるなんてことを言うのは、過去にやったことがある積み重ねがあって初めて言えるようになる。


「丹薬として重宝されることもあれば、顔料として絵画の道に通じることもありま。そうでなくとも、宝飾は芸術の一つ。美しく、希少である。人の欲をそそることが価値に足り、稀少性が合わさって高騰し、それゆえ探究される理由となり、学問へと発展して魔術に通じるのでございます」


 宝石も扱われた歴史、値札を付けられ人々に求められた値打ちでもって価値を確立した。

 そうして集まった感情が結集したクリスタルダンジョンの最奥にあったのは、湖だ。

 洞窟湖。鍾乳石の垂れ下がる地下空間にあって、灯りがある。

 波紋の一つもない静謐な湖。なぜか湖面には、月が映っている。虚像である月が、光を放って最深部を照らしていた。


「ここの核となっている思念は、真珠でございますね」

「真珠?」

「ええ。クリスタルダンジョンの最奥には、もっとも欲深きものか、あるいは最も古き至宝が核として選ばれることがほとんどです。最古の宝石については諸説ございますが、なるほど」


 そっと足を踏み出したイチキが、水面の上を進む。

 足元に結界をつくり、その上を進んでいるのだ。


「真珠は、その真白の艶めきはもちろん、自然の球形たるのが価値の一つです。古代において、加工の技術が未発達な時代に真球は尊く映ります」


 湖面の中心に立ったイチキは、静かに手を差し出す。


真珠マルガリートゥム神授オーラクルム信受フィデーリス


 水面に映る月から一雫、真白の粒が落ちるように浮かび上がる。


「この国の言語はかつて神と語らうための言葉の規範として造られとされますが、時として愉快な風景を見せてくださるものです」


 真白に光る大粒の珠を、袖にしまう。

 その瞬間、湖面から一匹の龍が飛び出してきた。いいや、違う。湖の水が、一瞬で龍へと変じたのだ。

 莫大な水量を身に変えた龍が、イチキを飲みこまんとして口を開く。


「流通の発展は価値の均一化につながります。価値は理屈ではなく幻想に近いものではありますが、それを定めることは知恵の一歩」


 イチキは、いささかも揺るがない。

 とっさに助けに入ろうとした女魔術師の魔術構築よりも早く、龍の動きが静止する。


「流れを抑えることは、まさしく龍を御すがごとし。穏やかな水面のような平定に通じるものがございます」


 物理障壁の結界。幾陣にも張り巡らせられた糸よりも細く編まれた結界を、水龍は引きちぎることができない。

 身動きできない最深部の守護者の頭にイチキは掌を乗せる。

 次の瞬間、まるで虫食いが広がるように触れた部分から消失が広がる。


「流通の激動より生まれる投資や投機。それもまた学足りえますが、博打が如き天運に近いものでございます。己が龍頭と思い、蛇尾であると気が付いた時には手遅れ、などという笑い話はいくらでも聞こえます。あるいは龍頭を食らおうなどという蛇も蠢くのが人の世の常」


 見えない何かに食い殺されるかのように、最深部の至宝を守るべく生まれた守護者は、鱗の一枚も残さず消滅した。

 最初から最後まで女魔術師が手を出す隙すら、なかった。









 帰り道も、平坦な道を歩くだけと言ってよかった。


「イチキは……本当にすごいわね」

「その……少し気合が入っておりました。あまり、自分の戦いを人に見ていただく機会もございませんので」

「そうなの? いや、すごかったわよ。最後なんて、なにをやったかもわからなかったもの」

「ふふ、ありがとうございます」


 女魔術師の手放しの賞賛に照れ笑いをする。

 イチキの腕は間違いなく一流。あるいは、それ以上だ。一国に一人いるか、いないか。先ほど見せた結界は、そんなレベルかもしないと思わせるほどの練度だった。


「今回ダンジョンに来たのも、なぜか姉さまのご機嫌が斜めでございまして、少し、家に居づらいという事情もございまして」

「ふうん。何かあったの?」

「それが分からないのです。姉さまが不機嫌になること自体珍しいことでして、なにやらすねていらっしゃるような感じなのです。どうも外で何かあったようなのですが……」


 イチキと姉妹喧嘩をしたというわけでもないらしく、首をひねっている。

 話に聞くだけだが、相変わらず仲がよさそうだ。


「いいわね、イチキは。お姉さんと仲がよさそうで。家族とうまくいってるのよね」

「それは、どうでございましょうか」


 予想外に静かな否定だった。


「わたくし、姉さまとは血がつながっておりませんので」


 とっさに何も言えなかった。

 思わず固まった女魔術師に、イチキは穏やかに微笑んでいる。

 何か複雑な事情があるのか。踏み入ってはいけないことだったかもと内心で慌てる。


「お気になさらないでくださいませ。けれども血縁だから、自然と仲が良好であるなどということはありえないと、それだけを申したかったのでございます」


 イチキの言葉には実感があった。


「血のつながりがあるからこそ、骨肉の争いへと発展するのです。生まれより見上げていたから許されず、生まれより見下げていたから許せない。ただそれだけのことが、どうしようもない壁となることもございます。わたくしの結界などよりも、よほど強固に、渡れぬ隔たりとなって」

「そうね」


 ふっと肩の力を抜く。


「その通りだわ」


 少し、許された気分だった。

 自分も兄が、兄であったからこそ許せなかったのだ。


「暗い雰囲気にしてしまいましたね。申し訳ありません」

「ううん。そんなことないわよ」

「いえいえ。ここひとつ、不肖わたくしめが一芸を披露して払拭いたします!」


 言うや否や間口の広い袖に、いそいそと手を入れる。


「わたくし、芸事も一通り修めておりますので! 舞でも歌でも笛でも、よりどりみどりでございます。どうぞ、お選びくださいませ」


 袖に結界を作って、いろいろと収納しているのか。笛に鈴にと取り出した。

 彼女は二つの文明をその身に修めている。芸事もそのうちの一つなのだろう。舞いにしても音楽にしても、多くの文化において祭事につながる重要な学問だ。

 イチキが身に宿して力と変えているのは、二つの学問、ではない。

 女魔術師だったら、『近距離魔術』と『遠距離魔術』の二つを修めている。これでも年齢を考えれば驚嘆されるほどである。

 だがイチキは、桁が違う。

 一個の文明のすべての成り立ちより枝分かれした様々な知識の系統樹。一つの国が滅び、興り、統一され、また分裂し、移り変わっていく興亡に末に至った今の文明。それを二株、己の内で育て、より合わせ、一つの大樹としている。

 だから女魔術師とは、扱う魔術の厚みがまったく違う。

 この子みたいになりたかった。

 イチキが敷いた結界、ダンジョンにあって安全な道を歩きながら女魔術師は思う。

 どうぞお申し付けをと言わんばかりにこっちを見ているイチキ。彼女は自分よりずっとずっと優れている。

 人としても、女としても、魔術師としても。

 この子のように生まれていれば、自分は欲しいものをすべて取りこぼすことがなかったのではと思わずにはいられない。


「イチキはさ、どうしてそんなのに強いの?」

「ええっと……」


 結界の道を敷いたまま、歩を進めて笛を吹こうとしていたイチキは戸惑ったように動きを止める。


「これは、ものすごく不遜な物言いと承知しておりますが、よろしいですか」

「うん」


 断りを入れてくるイチキに、頷く。

 それを見て、笛を袖にしまった彼女は残酷に告げた。


「才能、でございます」


 突き放すような返答だった。


「……はっきりと言ってくれたわね」

「わたくし、自分を低く見積もることは致しません。普通では至れぬ領域に、普通ではありえぬほどの若さで立っていると自負しております。むろん、それより上がいることは承知ですが」

「……そっか」


 うぬぼれでもなんでもなく、事実だ。

 イチキは並外れている。努力でどうにかなるものではないと言われて、むしろすっきりするほどだ。


「わたくしを凌駕するような者もおりますよ」

「それは……もう人間じゃないでしょ」

「ふふっ、否定は致しません」


 ふてくされる女魔術師に、優しく笑う。


「そっか。才能かぁ」

「ええ」

「ま、それなら仕方ないわね。なら、天才様にいろいろと聞いて、ちょっとでも自分を磨く一助にしていいかしら」

「ふふ、よろしいですよ」


 悪戯っぽく笑う女魔術師に、イチキは懐広く受け入れる。

 いい機会だ。何を聞こうかと考え、ぱっと浮かんだのは昨日のレンだった。


「秘蹟と魔術の両用って、どうすればいいのかしら」

「両用。でございますか。実際のところ神秘領域に通じていない学問はないのですが……あなた様には、すこし難しいかもしれません。この国は、一神教の秘蹟と物質主義の学問で分離を進めてしまっているので、深めれば深めるほど反発してしまいます」

「あ、いや、あたしじゃないのよ。その、知り合い! 知り合いに、秘蹟と魔術と、両方を学び始めた奴がいてね。それで、ちょっと教えてやろうかなって。それだけよ、うんっ」


 なにやら言い訳がましい口調になった女魔術師に、イチキは目をぱちくり。


「……殿方ですか?」

「ちがっ――……いや、そうよ。うん。男ね、確かに」


 ずばり言い当てられ、とっさに否定しかけたが、繕う意味もない嘘だ。あっさりと白状する。


「冒険者の後輩で一緒の部屋に住んでるやつがいるんだけど、そいつが勉強し始めててね。まあ、教えられるなら教えてやろうかなって」

「ありゃ、そうでございますか」


 目を丸くしたイチキは、次いでふふふと微笑む。


「そうなりますと、わたくし、もしや余計な手助けをしてしまったかもしれませんね」

「なんで? すごく助かったわよ」

「いえ」


 雑談の合間も安全な道を敷き続けているイチキは裾を口元にあてて、上品にほほ笑む。


「窮地の女性を救うは勇猛な男児。その殿方の役目を奪ってしまったかもしれないと思うと、申し訳ないな、と」

「は? ……あ、ぁう」


 女魔術師の顔が、かあっと赤くなる。

 何か言おうとして、イチキの言葉に自分を助けてくれる誰かを想像したのかぱくぱくと口を開いては閉じる。素直な反応にイチキは口元を隠したまま、くすくすと肩を震わせた。


「ほら、やっぱり」

「そ、んなことありえないわよっ。あいつ、弱いもん! こんなとこまで来れないわよ」

「む。強さ弱さは関係ございません。人を救うのは、その人の度量と気概でございますもの。強き者が弱き者を救うように、弱き者に強き者が救われることだってございます」


 まっすぐな言葉に、むうと黙り込む。

 女魔術師をからかうためというわけではなく、それはイチキの価値観なのだろう。


「なによ。イチキは自分が助けられたいとか、そう思うわけ? そんな強いのにさ」

「そう、でございますね。わたくしはもう助けられた身ですので何とも言い難いのですが……」


 ちょん、と右と左の人差し指をくっつけ、もじもじとこねくり合わせる。


「ほんの少し、気になっている方は、いないことも。顔も合わせたことがございませんが」

「ふうん」


 どういう縁かは知らないが距離感のある奥ゆかしさが、イチキらしいとも感じる。

 いちいち仕草がかわいいなぁと和む女魔術師に、イチキはぷっくりと頬を膨らます。


「むう、なんでございますか。すでに殿方と閨を共にして同衾されているあなた様に比べれば、わたくしなどお子様の如きかもしれませんが」

「ちょ!? べ、別に同衾はしてないわよ! ていうか付き合ってるわけでもないわよ!!」

「へ?」


 誤解だと主張する女魔術師に、きょとんと首を斜めに。


「同じ屋根の下で暮らしているのではございませんか?」

「だから一緒に住んでるだけよ。寝てる場所も別。あいつ、風呂場で寝てるくらいだもん」

「それは、なんというか……」


 女魔術師の態度から、照れ隠しはあっても嘘はないと見抜いたイチキが呆れたような声色になる。


「生殺し、というものではございませんか?」

「うぐっ」

「そういう技法の手練手管というのならば、わたくしが口を挟むことではないとは思いますが……それでも、お風呂場で寝かせるというのは、ちょっと……」

「そういうんじゃないわよ!」


 反射的に言い返してから、続けて何も言えずに口を閉ざしてしまう。

 生殺し。そうかもしれない。レンは我慢していると言った。そうでなくとも、言われてみれば風呂場で寝かせるのは相当にひどい行いな気がする。いままで夜はいろいろと自分も余裕がなくて考えていなかったが、押しかけてベッドを陣取って家主は風呂場で寝かせるというのは、確かにひどい。


「あたしって……変なこと、してるのかな」

「いえ、もちろん嫌ならば断固拒むべきでございます」


 しおらしくなった女魔術師に、きっぱりと断言する。


「ですが、相手に嫌悪しかないというのならば、そもそも屋根を借りなければよろしい話でございます。そこのところ、どのようなお気持ちなのですか?」

「どうって、その……」


 問われて、ぽつぽつとこぼす。


「別に、嫌いじゃないのよ」

「そうでございましょう」

「そりゃあいつはさ、まだまだ未熟だけど、その分、頑張ってるなとは思うし」

「ふむふむ」

「全然頼りないんだけど、傍にいると、なんか、安心するし。いや、弱いんだけどね。見ててなんか悪くないなって思うのよ」

「ほうほう」

「素直で裏表がないから、わかりやすいしさ。たまにポカもやらかすから目が離せなくて視線で追っちゃうし、フォローのし甲斐があるっていうか。それに子供みたいに喜んでくれるから、ご飯とか作ってあげるのも、結構楽しいのよ。どんな反応してくれるのかなって」

「なるほど」


 絶妙のタイミングで相槌を挟んでいたイチキは、にこやかに笑顔の花を咲かせる。


「しかるに、どちらが勇気ある一歩を踏み出すか、そういう問題でございますね! わたくしごとき未熟者が口を挟む事柄ではございませんでした!」

「ちっがうわよ!」


 ガールズトークに花を咲かせている最中、ふとイチキが顔を上げた。


「いま、道が――」

「どうしたの?」

「……いえ。そうでございますね。遭難中、でございましたね」


 まじまじと女魔術師の顔を見てから、静かにかぶりを振る。


「だいぶ浅層に上がってまいりましたし、もうそろそろ、よろしいかなと思いまして」

「そうね。世話になったわ。お礼もしたいし、帰りまで一緒に行きたいんだけど……」

「申し訳ございません。また、違う素材を集めたいので。あなた様はお早めにお帰りになって、他の皆様を安心させてあげてくださいまし」

「……そっか。イチキ。改めてお礼を言わせて。危なかったところを助けてくれて、わざわざ護衛をしてくれて、ありがとう。今度、何かしらの恩返しはするわ」

「ふふ。お気になさらず。――あ、いえ、一つ、よろしいですが」

「なに?」


 恥ずかし気に、もじもじと赤面して。


「あなた様と、友達と……その、思っても、よろしいでしょうか……?」

「……はあ」


 ため息を吐いた女魔術師は、ひょいと近づいてイチキに抱き着いた。


「へ?」

「かわいいわねぇ、イチキは」

「え? いえ、どういうことでございますか!? あのお返事は!?」

「はいはい。かわいいかわいい。あたしの友達は超絶かわいい」


 戸惑うイチキに、ぎゅーっと博愛固め。

 そうやって女魔術師は目を白黒させている友達のかわいさを堪能した。








 用があるからと偽って、イチキはダンジョンの中途で女魔術師と別れを告げた。

 友達となった女魔術師を微笑んで見送ったイチキは、すっと目を細める。


「さてさて」


 イチキの張り巡らせている空間探知に、突如出現した出入り口がひっかかった。それ自体は、おそらく女魔術師の救出のためだろうとイチキは推測していた。

 普通ならば数か月単位で行う儀式が必要だ。それがここまで迅速に開かれたとなると、すぐ上の層に開かれた地上への道を開いたのは、まず間違いなくイーズ・アンだ。

 だが当人の気配はない。

 そこから入って来たのは、勇者と、他数人。

 

「……これは、どうしたものでしょうね」


 雪辱を晴らす千載一遇のこの機会。

 イチキは袖で口元を隠し、鋭い表情で考えを巡らせた。

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