騎士の全肯定・後編
「公人私人関わらず、人間誰しも叫びたい時はあるの!!!! さあ!!!! ここでは遠慮なんてせずに言いたいことを思い切って叫ぶの!!!!!」
いつものように快活な滑り出しでハスキーボイスを響かせる。奴隷少女ちゃんの耳に心地よい声は、心を解放するような勢いがある。レンやシスターさんのように何度も利用していると、その声を聞くだけで解放感を得られるようになるほどだ。
「そうだな、なんと言えばいいのだろうか」
「大丈夫!!!! ここでは体面なんて気にせず好きに話せばいいの!!!!! 思うがままに叫ぶのよ!!!」
「そうか。そうだな、うむ」
奴隷少女の言葉に重々しく頷いた騎士さんは、よほど抱え込んでいるものがあるのか、ぎらぎらと目を光らせている。
レンは騎士隊に関する自分の知識を掘り出す。
騎士隊と言えば、治安維持のための市民の味方――と言われているのは表向きで、裏では税金泥棒だの無能集団だのと好き放題言われまくっているのに反論は一切許されないという悲しい集団だ。
騎士という存在は皇国打倒の革命の折に再編された。貴族皇族の私兵もどきから行政の管理下に置かれる治安維持部隊へと組み替えられて以来、十年。特にこれといった特徴的な功績がない。
たまに町中で巡回の騎士と出くわすことはあるが、いまいち何をやっているのかわかりにくい上に威圧感だけはあるので親近感を持てない相手である。内実がわかりにくいこともあって、生まれて以来、褒められたことがないのではなかろうかという組織だ。
その一員である騎士さんは、奴隷少女ちゃんに促されて一言。
「実は……最近、市民がブタにしか見えないんだ」
やべえ。あの人、重症だ。
口火を切ったしょっぱなから守るべき市民に向かってブタとか言い始めた騎士さんに、レンは戦慄の念を禁じ得なかった。
だが奴隷少女ちゃんの笑顔はまったく揺るがない。
「そうなの!!!! とっても大変なお仕事なのね!!!!」
市民がブタとか言ってしまう闇深なところは肯定せずに、全肯定の方向を仕事でもっていくのはさすがだ。
「わかるのよ!!! 仕事が重なると、いろいろ悪く考えちゃうものなの!!! そういう時こそ、いまみたいに悪いものを吐き出すの!!!!!」
「悪く、か。そうかもしれん。だがな、なぜ奴らは無根拠に騎士隊に対して自分が優位に立っていると思っているんだろうな。顔を合わせればおとなしい振りだけはするくせに、陰では養豚場のブタのように口を開けてぶーぶーぶーぶー文句ばかり。俺たちは、日々やるべきことをこなしている。無茶を言われてもできないことはできないと、なぜ理解できない?」
「仕方がないの!!! 人間だれしも自分のことを特別だと思っているの!!!! 誰だって自分を優先してほしいと思っているのよ!!!!!」
騎士さんも、だいぶ不穏なものを溜めている。ちょっとどういう反応をしたらいいかわからないレンだったが、そんな彼の真横で真剣な顔をして何度も頷いている人がいた。
「わかる。あの騎士さんの言うこと、よくわかる」
このシスターさんも大概だった。
「いや、わかっちゃまずくないですか」
「あのね、レン君」
常識的な見解を述べるレンに対して、市民の健康を司る神殿に勤めるシスターさんは、とても落ち着いた口調で答える。
「不特定多数の人間と日々接する職種はね、どんな聖人君子だろうと絶対にお客がゴミにしか見えないことがあるものなの。あれぇ、なんでこのお客様を捨てるゴミ箱がないのぉ? オカシイよね、燃えるゴミがこぉんなに蠢いているのに、ってね。仕方ないわ」
「さ、さいですか……」
目の光が消え失せているシスターさんの発言に、ちょっと心配になったレンは恐る恐る確認を入れる。
「……俺、大丈夫ですか?」
「あら、レン君は大丈夫だって」
シスターさんはにこりと笑う。
「普通に治療を受けて普通に利用してくれているもの。普通っていいわよね、普通って。あ、普通って『俺様普通』じゃないからね? 相手の普通と自分の普通をすり合わせてくれる普通だから。世界はね、たくさんの人の普通で支えられている普通が保たれる普通の世界なの。普通の人は普通、一人だと普通じゃいられないって普通に気が付くと思うんだ、普通なら」
深い言葉だ。
普通がゲシュタルト崩壊していそうな笑顔のシスターさんからそっと目を逸らしたレンは深く考えることを放棄。
実際のところ、レンではまだ実感しにくい話である。
レンのような小所帯では人間関係は変に悪化しないかぎり気楽さがある。まずそもそも、戦闘職である冒険者には顧客という相手もいない。冒険者の役目は魔物と戦うことだ。クエストを受けることもあるが、仲介の業者が入って受注自体もリーダーが請け負っている。いまのレンの立場では、真に理解できることではないのだ。
普通の概念を語るシスターさんの笑顔がすごく怖かったので、視線を騎士さんに戻す。
「完全な治安維持など絵空事だ。起こりうるものは、起こるべくして起こる。物事を未然に防ぐのは俺たち騎士の仕事ではなく市民の意識だ。むろん、あの忌々しいカーベルファミリーをはじめとした犯罪組織の抑制、撲滅は俺たちの仕事だ。だが、個人の犯行のすべてを対処するなど不可能だ。俺たちは百人と少ししかいないんだぞ? それだというのに、どうして俺たちがこの都市で起こる犯罪のすべてを防ぎ、あるいはその犯罪者を捕らえられると思っているんだ、あのブタどもは」
「確かにその通りなの!!!!」
奴隷少女ちゃんは、その『カーベルファミリー』とやらにつながりがあるだなんて気配は全く見せない快活さで全肯定する。
騎士隊にしても神殿にしても、公的組織である。しっかりした組織だというのが一般的な認識なのだが、内部にいるとまた意見が違うらしい。いや、しっかりした組織だからこそ、求めるサービスが高くなるのか。別に高給というわけでもないのに。
「しかも罵る時の決まり文句の『税金泥棒』とか……俺たちがどんだけ薄給で働いてると思ってるんだ? 薄っぺらい給料袋の元が税金だからといって、なんなんだ? 俺たちの給料は両替をしたら価値が変わるものなのか? 変わらないだろう? 税金が元ならば、給金以上に高度な仕事を押し付けてもいいと、そう言うのか……? 奴らは、人間をなんだと考えているんだ? やはり市民とは、民衆とは言葉を話すブタの群れ、俺たちと相容れない相手なのでは……」
「確かに理不尽な言い分なの!!!! お金はお金!!!! 額面以上の労働を強いるのは意味不明なの!!!!」
「そうだっ。もっと働いてほしかったらもっと金をよこせと……いや、違うっ。そうではない。俺たちは、金が欲しいわけではないのだ……」
「わかるの!!!! 生きるためにお金は確かに必要!!! でも、金銭は結果でしかないの!!! 真摯に働く人は誰だって、その先にあるものを求めているものなのよ!!!!」
「そうだ! それだ!!」
かみ合い始めた全肯定。奴隷少女ちゃんの声に押され、騎士の慟哭が響く。
「俺たち騎士隊の誇りが、はした金で対価に足り得ていると思われているのが許しがたいんだっ」
渾身の叫びだった。
「俺は、俺たちは誇りを持って騎士をやっているんだ! 皇国の瓦解から十年っ。暴力で利益をむさぼり利権に食い込もうという連中を抑えつけるために、時には命を懸ける覚悟を持って職務に当たっているのだっ。その役目を、誇りでこなしてるんだよっ。誇りを売ってるんじゃないっ。誇りこそが、俺たちの原動力なんだ! なのに俺たちの活動すべてを金の問題で片づけようとするのが我慢ならんのだ!」
「まったくもってその通りなの!!!」
悲痛な騎士さんの叫びを、奴隷少女ちゃんの全肯定が受け止める。
「集団社会の中で、人は誰もが誰かの労働によって支えられているの!!!! 職業に貴賤なしとはそういうこと!!!! 日々の食事も、住まいも、着るものも、安全な生活も!!!! みんなみんな、誰かの労働によって賄われているの!!!!! 社会に生きる人はまずそこを自覚しなくてはならないの!!!!! お金を払ってるから偉いとか、そんなのはただの錯覚なのよ!!!!!」
「あ、ああ……それだ。それなんだよぉ。ぐすっ。お、お前はいいことを言うな」
「どういたしましてなの!!!!!」
屈強な男が感涙している。シスターさんも、もらい泣きして、うんうんと賛同していた。公共サービスに近いもの同士、通じ合うものがあるのだろう。盛り上がってるなーと、レンはやや一歩引いた視点でそれらを眺める。
ここが押しどころと見たのか、奴隷少女ちゃんはハスキーボイスをさらなる力強さで響かせる。
「そもそも、お金を払ってるから相手を人間扱いしなくていいっていう発想がおかしいの!!! その理屈が通るなら、そいつにお金を払えばそいつを人間扱いしなくていいということになるの!!!! プライドを持って仕事にあたっている人間に対して、金でプライドを買っているという傲慢な態度!!! 勘違いも甚だしいの!!!!」
「そうだ、そうなんだ……! 俺たちは都市の平和を守っているという自負があるから、命を懸けられるんだっ。それを、それなのに……! 」
「他人のやりがいや誇りを搾取し何かを強要する奴の言うことなんて、一切聞かなくてもいいのよ!!! 組織の管理管轄はまた別の人が仕事としてするべきことなの!!! こっちからお金を支払う価値のない輩がつけてくる文句なんて、大抵はどうしようもないやつなの!!!!」
「ああっ、そうだな!」
「でも、ごくまれにもっともなことをいう人もいるの!!! 組織は内部から腐っていくものだし、内部からの変革も難しいのは事実なの!!!!! 外部の目は、とても重要な要素でもあるのよ!!!」
「うむ、言われてみれば確かに!」
「ということで、これからクレーム処理専用の窓口をつくるのよ!!!! 現場で発生する市民の反感感情のはけ口を作り、誠意をもった対応を心がけるの!!!!! そうして柔軟に意見を取り入れることで、組織はいい方向に変わっていくの!!!!」
「おお、なるほどな!」
「そうなの!!!! 誰かのために頑張れるあなたたちなの!!!! こまごました防犯だって、とっても大事なことなの!!! 大きな悪への対抗だけじゃなくって、小さくとも寄り添うような防犯活動を継続すれば、市民の目も変わっていくはず!!!! 善意を集めて変わっていけば、きっとみんなに好かれるいい騎士隊になれると思うのよ!!!!」
「名案だなっ。上層部に申請してみるぞ!」
「とっても素敵な考えだと思うの!!!! 行動力があふれているの素晴らしいことなの!!!! 真の意味で市民の味方になることで、市民を味方につけられるの!!!」
さりげない誘導による前向きな入れ知恵を交えながらの全肯定。有用な奴隷少女ちゃんの意見に、騎士さんもどうしようもなく行き詰まりつつあった状況に光明を見いだしていく。
そうして、きっかり十分。騎士さんはやる気に満ちた顔をして立ち去っていった。きっと明日からは、いろんな意見を上申しては実現達成することに邁進するのだろう。
愚痴を叫び精神的に解放されただけではなく、様々な知見も得た騎士さんは礼儀正しく立ち去っていく。
口元をプラカードで隠した奴隷少女ちゃんは、楚々とした立ち姿でその背中を見送った。
そして待機している二人に向かってにこりと微笑む。
「どうする? どっち先にしよっか」
「あ、じゃあお先に――」
どうぞ、と言おうとしたレンは、不意にめまいに襲われた。
たたらを踏んで、あれ、と思ったときにはもう遅い。
すうっと血の気がひく感覚。唐突に迫る吐き気。平行感覚がなくなり、ぷっつりと糸が切れたように体幹が崩れる。腰にある体の中心点から、こらえようもなく体を支える力が霧散した。
「へ? れ、レンく――」
シスターさんの慌てる声も遠ざかり、ぱったりと倒れたレンは意識を手放した。
レンが目を覚ますと、そこは見知らぬ天井だった。
ぱちぱち、と数度の瞬き。意識を覚醒させたレンは上体を起こし、無意識軽く頭を振るう。寝起きでぼうっとするが、それ以上でもそれ以下でもない。
「おはよう」
「ぇ?」
声のした方向に顔を向けると、なぜか枕元に置いてある椅子に女魔術師が座っていた。
本を読んで時間を潰していたのか。レンが目を覚ますのに気が付くと同時に、読みかけの学術書を閉じてレンに質問を投げかける。
「吐き気は? 頭痛は? ある? ない? 視界はちゃんとしてる? 自分が誰だか声に出して言える? 自分の家は? ほら、さっさと答えなさい。」
「あ、いや、ないです。先輩の顔もきっちり見えてます。俺はレンです」
促されるままに、自分の家の住所も並べる。
「あっそ。ならいいわ。……体調に関して、嘘、吐いてないわよね?」
「ないですないです! 誓って! ていうか」
不機嫌そうに目を細めた女魔術師の念押しに、慌てて答える。
その答えとレンの顔色から、レンの体調に大事はなさそうだと判断した女魔術師は簡潔に告げる。
「ここ、神殿の
「え!?」
鼻を鳴らして知らされた事実に、自分の状況を理解できていなかったレンは驚愕する。
神殿の
「倒れたって、俺がですか?」
「そりゃそうよ。いまそこで寝転がってるじゃない」
「た、確かに……」
声に隠しきれない怒気がにじんでいる女魔術師の返答に、ようやく現状を把握したレンは愕然とする。
少し記憶がはっきりしていないが、自分はあの広場で倒れたらしい。それで急患として神殿に運び込まれたのだろう。
倒れた理由は、ここ最近の生活習慣を思い起こせばすぐ検討がついた。
「空腹による貧血からの卒倒で、転んだときに頭打って気絶。よかったわね、近くにシスターさんがいてくれて」
「うっわぁ……」
レンがいまさっき推察した通り。
なぜかひどく機嫌の悪そうな女魔術師から、断食もどきが原因だったと聞いたレンは深くうなだれた。
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