お子様料金の全肯定・後編
「奴隷少女は、ここに来た人の悩みを全肯定するの!!!! さあ!!!! 抱えたお悩みを吐き出すといいの!!!!!」
奴隷少女ちゃんは、ひょいとしゃがんで女の子と同じ目線になる。
しゃがんだ姿勢で大声を出すというのは案外厳しいと思うのだが、さすがはプロ。奴隷少女ちゃんの発声に崩れはない。
同じ目の高さになった奴隷少女ちゃんに促されて、幼女はおずおずと話し出す。
「あ、あの。わたし、しじゅくにいってるんです」
しじゅく。おそらくは私塾のことだ。要するに、町の知識人が善意だったり商売だったりで開いている学校である。この都市くらいの規模になると、区域ごとに私塾を開いて子供に文字の読み書きや計算を教えている場合が多い。場所によっては、幼少からの英才教育でアカデミーの入学者を出したといった実績を掲げる私塾も多い。
「偉いの!!!! お勉強をして賢くなって、立派になるのよ!!!! いまやっていることは、ちゃんと将来のためになるの!!!!」
「は、はい。いっぱい勉強して、おにいちゃんみたいに、なりたいんですっ」
「うんうん!!!! 小さい頃から目標があるのは、すごくいいことなの!!!! 素敵なお兄ちゃんなの!!!!!」
「え、えへへ」
おとなしい子に大きな声で話しかけるのは怯えられるだけの結果になることも多い。だというのに、清廉な笑顔と態度であっという間に幼女の心をつかむ。
励まされて顔を明るくしていた幼女の輝きに、ふっと影が落ちる。
「それで、おなじくらいの子が、あつまるんですけど……」
「それはいいことなの!!!! お友達がたくさんつくれるの!!!!」
「はい。そう、なんですけど、でも、その……男の子に、いやな子がいて」
ぎゅっとスカートを握る。
「ひどいこと言われてからかわれたり、おいかけまわされたり、す、すかーと、めくってきたり」
この子のことが好きなんじゃないのかな、その男の子。
ある種の定番を聞いて、レンは微笑ましいなーと思った。
「ま、まったく困ったものなの!!!!!」
おそらく奴隷少女も同じことを思ったのだろう。本当に珍しいことに、一瞬だけ返答が淀んだ。滑り出しといい、今日の奴隷少女ちゃんはちょっとだけ調子が狂わせられていた。
「やめて、っていってもぜんぜんやめてくれなくて……」
「それはひどいの!!!!! そんなことをするやつとは仲良くなれないのよ!!!!!! 嫌なことをされたら、嫌いになって当然なの!!!! 大丈夫!!! あなたの気持ちは間違ってないの!!!!」
「そ、そうなんですっ」
実際問題、『好きだからからかっているだけなんだよ』なんていう部外者の意見など当事者にとっては何の役にも立たない。
この女の子は、嫌だと思っている。嫌だと思っているのを、その男子が止めない。
悪いのは男の子である。
というわけで、奴隷少女ちゃんは完全に女の子の味方だった。
「どうすれば、いいんですか!」
「全面戦争に移行するの!!!! ズボンを引きずり落としてやればいいの!!!!! もしくはドロップキックなの!!!!!!」
「え!? そ、そんなのできないですぅ……」
確かに気の弱い子にはそんなことはできないだろう。そもそも反撃ができるようならターゲットにされない。奴隷少女ちゃんの意見は、全体的に気が強いのである。
案外、彼女の全肯定には攻撃的な発言が多いのだ。幾度となく彼女の全肯定を聞いて、なんとなく傾向がつかめてきたレンである。たぶんそこは、彼女の素の性格の部分もあるのだ。ここでうつむいてしまった幼女とは、たぶん根本的に性格の下地が違う。
とはいえ、そこは奴隷少女ちゃんである。
弱気な子のための対処も心得ているようだ。
「それなら、徹底的に告げ口するの!!!!! なにかをされたら友達に告げ口をして先生に告げ口をして他の男子にも告げ口をして周りをみんな味方につけるの!!!!!! いざという時は泣いて相手を悪者にするの!!!!!」
「そ、そんなこと……して、いいんですか?」
「当然なの!!!!」
告げ口が悪いものだというのは、なぜか子供の社会では不文律になることが多い。まして泣いて周りを味方につけるなど、純真な幼女では思いつきもしなかったのだろう。
だが奴隷少女ちゃんはそんなものには遠慮するなと言ってのける。
「向こうも嫌だろうけど、こっちはもっと嫌な思いをしたの!!!! 向こうが悪いんだから仕返しくらいはやってもいいの!!!!! 調子に乗っている子には、それくらいがいい薬なの!!!! むしろまともになるための手助けをしてやってるくらいに思うの!!!! 黙って耐える必要は皆無なの!!!!!!! 相手から嫌なことをしてきたんだから、譲歩の姿勢をなんてものはもっとも必要ないの!!!!!!」
笑顔だが、言っていることは割と厳しかった。
「ただ、相手からごめんなさいをしたら許してあげるの!!!!!! そうなった場合は、自分が相手を許したっていうことを全力でみんなに広めるのよ!!!!! 別に謝られたからって仲良くする必要はないけど、相手をいじめるのはよくないの!!!!! そこはフェアにいくのよ!!!!」
「わ、わかりました!」
奴隷少女ちゃんのパワーのあるセリフに勇気をもらったのだろう。幼女は、ぐっと両手を握りしめて奴隷少女ちゃんの目を見る。
「が、がんばってみます!」
「うん!!!! がんばるのよ!!!!!!」
十分を待たずして、幼女は手を振って広場を出た。
レンはほんのちょっぴり話の男の子に同情したが、まあ、彼も痛い目を見て成長するだろう。女子をからかってもなんにもならんと悟って、女子を敵に回したらどうしようもなくなると知り、普通に優しく接することができる男子に成長するのだ、たぶん。
男女社会の境ができる発端のひとつをなんとなく悟ったレンだった。
幼女を笑顔で見送った奴隷少女は、口元をプラカードで隠す。いつも通りの奴隷少女ちゃんだ。
『全肯定奴隷少女:1回10分1000リン』
次はレンの番である。
さて、これで千リンを払えば十分間のコミュニケーションの開始だ。なんだかんだ、言いたい愚痴も日々積もっているから話題にも事欠かない。だが先ほどの値引きを目撃したレンには、ちょっと思うところがあった。
何度でもいうが、今月は厳しいのだ。
レンは自分の財布を開けて中を見る。そして、ちらっと上目遣いで奴隷少女ちゃんの表情を確認。
「……」
奴隷少女ちゃんの微笑みは、微動だに揺るがなかった。
「あ、はい。お願いします。千リンです」
「お願いされたの!!!!! えへっ!」
きっかり千リン。
当たり前だが、レンに割引料金は適用されなかった。
「俺、金を惜んだら男が廃るっていう先輩の言葉、わかった気がします」
「だろう。先人の言葉は聞くもんだぜ」
幼女の全肯定があった次の日の冒険のミーティング前。準備を終えたレンはしみじみと呟いた。
そのレンの様子に何を悟ったのか、弓使いの先輩は一切詳しい事情は聞かずに頷く。
「別に豪遊しろとはいわねえけど、いざ支払いって時に渋ってるとなぁ。周りの目もそうだけど、自分で情けなくなるんだよ」
「ほんと、それですよね」
いくらお金がなかったとはいえ、奴隷少女ちゃんの前で財布をわざとらしく確認したのは我ながら、ちょっとみっともなかった。二度とするまいと心に誓う。
見事に予想通り生活費が減ったので、食事の量が少なくなった。おかげでちょっとお腹が空いていたが、まだまだ許容範囲だ。
そんな空腹をごまかすための雑談の話が逸れていく。
「好きな子をいじめるとか、ありますよね。子供の頃って、気になる相手には突っかかっていっちゃうんですよね」
「あー、あるなぁ。無駄につっけんどになったりなぁ。で、最終的に嫌われるんだよ。ガキだったなぁ」
ははは、とたわいない話題で盛り上がっていた時だ。
突如、バンっと机を叩いて立ち上がった人物がいた。
女魔術師だ。なぜか赤面した彼女が、つかつかとレンたちに近づいてくる。
うるさくし過ぎたのか。レンはちょっと肩を縮めて、謝る準備をする。弓使いぼ先輩はおっかねえなぁという顔をしつつの対応をレンに押しつける姿勢だ。
そして、頬を朱色にしつつも顔を怖くしている女魔術師は、ずいっとレンに顔を近づけて一言。
「言っとくけど、あたしのは、そういうんじゃないからね?」
どうしたんだいきなりこの人。
「わかった!? わかったなら、返事っ!」
「は、はい。てか、あのぅ」
「なにっ!?」
「いや、なんの話ですか?」
「~~~~っ!」
言葉に詰まった女魔術師が、さらに顔を赤くした。
「な、なんでもないわよっ!」
結局なにが言いたかったのか。
噛みつくような態度のまま、それだけ言い捨ててレンから離れる。
「違う、絶対違うわよ……うん。あたしは、そういうんじゃないから……! 普通に、先輩として厳しくしてただけで……! だから嫌われるだとかそんなのは――」
自分に言い聞かせるように何事かをぶつぶつと呟く女魔術師を、女剣士がつやつやとした微笑で眺めている。
レンは弓使いの先輩と顔を見合わせ、きょとんとする。
「レン。お前、あいつになんかしたのか? 顔を真っ赤にして怒ってるぞ?」
「怒らせた覚えはないんですけど……」
やはり人間、身近な人から影響を受けるものなのか。
良いとこどりとはなかなかいかず、ダメな先輩の悪いところも受け継ぎつつあるレンだった。
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