告白は全否定・後編
「奴隷少女ちゃんはあなたのお悩みを肯定するのであって、あなたに従うというわけではないの!!!!! 気持ちは嬉しいけれども、諦めてほしいの!!!!!」
広場に、奴隷少女ちゃんのハスキーボイスが響き渡る。
それに打ちのめされるのは、正装をしている青年だ。持参した花束は受け取られることなく地に落ちて、唇はショックで紫になっている。
それは、あったかもしれない自分の姿。
希望を信じていたのだ。明るい未来を見ていたのだ。いまうちしおれる彼の気持ちが、レンには痛いほど理解できた。彼の姿に、レンは流れそうになる涙をぐっとこらえた。
それでも
「こ、肯定してくれないんですか? 全肯定奴隷少女ちゃんじゃ、ないんですか!?」
「違うの!!!!!! 今は全否定奴隷少女ちゃんなの!!!!!」
涙なしには語れない男二人の心情など知ったことがないと、奴隷少女ちゃんの笑顔は三千世界に光輝く。
「奴隷少女ちゃんの心は奴隷少女ちゃんのものだから、あなたの告白を無作為に肯定することはできないの!!!!! 普通に考えればわかることだと思うの!!!!!! 恋愛ごととはいえちょっと浮かれ過ぎだから、頭を冷やしたほうがいいの!!!!!!!」
奴隷少女ちゃんは柔軟である。全肯定、全否定、笑顔の受け答え、侮蔑する見下し。その四つの要素を組み合わせれば、変幻自在の対応が可能だ。
「そんな……。あなたに断られたら、僕は生きている意味なんて――」
「そんなことないの!!!!!! あなたにはきっと素敵な人が待っているの!!!!!! この失敗を活かして、自分の運命の人と出会うのよ!!!!!! そのうちルンルン幸せになれる恋愛があなたを待っているの!!!!」
「あ、あなた以上に素敵な女性なんていないんです! あなたが僕の運命なんですっ」
「それは錯覚なの!!!!!」
引き下がる
「世界はとっても広く大きいの!!!!! この世の中には、あなたが思っている以上に多種多様な人にあふれているのよ!!!!!」
「で、でも、僕はその数多くの人からあなたを――」
「無理なものは無理なの!!!!! そもそも、花束にお金を混ぜて渡して告白っていうのはどうかと思うの!!!!!! センスが感じられない以前の問題!!!!!!! 悪趣味の極みなの!!!!!!」
「ごふうっ!!」
まったくもってその通り過ぎて、
「プレゼントで気を引こうというのは悪くないの!!!! でも段階を踏まないでいきなりお金を渡しての告白で女心がどうにかなると思ったら大間違いなの!!!!!! 奴隷少女ちゃんが相手じゃなかったら殴られても文句は言えないのよ!!!!!!」
間違った告白方法へ親切にも忠告をいれながらも、告白は頑として全否定する。
「手間を省きたいから、気持ちの隔たりお金で埋めようとする!!!!!!! 絶対になしとは言わないけど、嫌われることのほうが多い手法だから止めたほうがいいの!!!! 愛も恋も、本質はコミュニケーション!!!! 意思の疎通なくして本当の恋愛は生まれないのよ!!!!!!!」
チンピラの時とはまた違う全否定でありながらも、突き刺さる精神的なダメージはあの時の比ではない。
「す、すいませんでした。僕が間違っていました……。調子に乗って、本当にすいません……」
「謝らなくてもいいの!!!!!! 方法は間違っていたけど、告白しようって思って実行した勇気は素晴らしいの!!!! 一度の失敗くらいで恋愛を諦めてはダメなのよ!!!!! あなたは素敵な人なんだから、新しい恋の時にチャレンジし続ければ、いつか報われるはずなの!!!!!!」
「じゃ、じゃあ!」
ぱっと顔を上げる。
「まだ僕にも、あなたへのチャンスが――」
「それはないの!!!!!!」
「――ですよねー」
笑顔であっさりと撃墜された。
残されたのは、一人の哀れな少年だ。
『全肯定奴隷少女:1回10分1000リン』
レンは、即座に撤退した。
レンは後悔していた。
自分のバカさ加減に泣きたかった。
そうだよ。奴隷少女ちゃんは全肯定だけではなく、全否定を使いこなすのである。レンはそれを知っていたというのに、告白方法にとらわれて本質を見失い、自分の都合のよい一面しかとらえていなかったのだ。
何たる惰弱。
何たる愚行。
「ていうか死にたい……」
とぼとぼ歩きながら、思春期レン君十七歳はさめざめ嘆く。
もしあの時に
それを考えれば幸運だが、気は晴れない。
今日は訓練所で倒れるまで体をいじめぬこう。
レンはそう思い、神殿を訪れる。神殿が人々の信仰でダンジョンに蓋をしている関係上、冒険者が利用する訓練所は神殿の横に併設されているのだ。
神殿の出入り口をレンが通り抜けようとした時だった。
「お、レンじゃねえか」
「リーダー?」
知り合いの顔に、レンは足を止める。
リーダーと女剣士がそこにいた。今日は休日なのになにゆえ神殿にいるのか。意外な出会いに目を瞬かせる。
リーダーもレンが休日に神殿に来たことに疑問を覚えたのだろう。
「お前なんで……んん? いや、なるほど」
リーダーは問いかける途中でレンが手に持つ花束を見て、何かを察したような表情の後になった後、にやりと笑う。
女剣士はレンの無意味に気合の入った服装を見て「あらまあ」と目を丸くしていたあと、微笑ましいものを見るかのように表情をほころばせた。
「ほほう? なんだお前。もしかして見舞いの時に聞いてたのか?」
何の話か分からない。首を傾げたレンが聞き返そうとした時に、さらに顔見知りが登場した。
「お待たせしま……へ?」
現れたのは女魔術師である。
神殿から出てきた女魔術師は、レンの姿を確認して足踏み。目に見えてうろたえる。
「は? な、なんであんたが――」
「ははっ。こいつ、わざわざ出迎えに合わせて来てくれたみたいだぜ」
「そうよぉ。きちっとした格好で、花束まで持って。ふふっ、カッコいいわねぇ」
なにを言っているんだろう、この人たちは。
大人二人のセリフが予想外のもの過ぎて、レンはとっさに否定することもできなかった。
どうやらレンは、治癒と解呪が終わり全快した女魔術師の復帰現場にたまたま居合わせたらしい。だが思わぬ遭遇に驚いているのはレンのほうである。
リーダーと女剣士はレンが女魔術師を出迎えに来たのだと解釈したようだが、変な勘違いをするものだ。
レンはそもそも女魔術師が全快して神殿から出てくる日取りなど知らないのだから、快気祝いになど来れるはずがない。ただ偶然ばったり出くわしただけだ。
リーダーと女剣士のセリフを聞いて視線をわたわたさせていた女魔術師が、ちらりと上目遣いでレンを見る。
「あ、あー、え、と……そ、そうなの?」
ただの偶然ですが?
なぜかやたらと気恥ずかしそうな女魔術師の問いにそう答えようかと思ったが、奴隷少女ちゃんの一件で精神的ダメージが重なってもういろいろ面倒だったのでレンは適当に頷く。
「はい、そうですよ」
「ふ、ふーん。そ、そうなの」
よく考えてみれば、先輩の快気祝いに来たまめな後輩という立場を捨てる必要もないだろう。嘘も方便。都合のよい誤解をわざわざ解くこともない。アホみたいな告白未遂をやらかしたゴミ野郎だと打ち明けるのは、自業自得であるはいえご遠慮願いたい。
それに今のレンは、ちょうどよく手元に花束なんてものを持っているのだ。
レンは花束を女魔術師に差し出す。
「全快、おめでとうございます」
それなりの値段がした、豪勢な花束。
もちろん、千リンは抜いてあった。
「ど、どーも」
女魔術師は興味なさげな態度を装って、しかしちらちらとレンの顔を見ながら花束を受け取る。
つん、と澄ましながらも花束を見る女魔術師の顔は嬉しそうにほころんでいた。
「へ、へー。きれいな花束ね、これ。うん」
少し頬を染めて、レンが手渡した花束をぎゅっと胸に抱く。
「し、新人の分際で、気が利いてるんじゃない? う、うん。そういうところは、まあ悪くないと思うわよ? あ、いや、違うからねっ。悪くないっていうのは先輩に対する後輩としての気遣いを褒めてるだけでっ、つまりは――そういうことだから! 勘違いして調子に乗るんじゃないわよっ!」
「はあ、さいですか」
牽制を入れているようで、だいぶ喜んでいるようで、けれども最後に威嚇を入れてくる。
そんな女魔術師の態度に、レンは不思議な気分になる。
いままでだいぶきつく当たられていたのだが、この柔らかい雰囲気は何だろうか。
昨日だって、プレゼントの相談をしたら真っ赤な顔で怒られて枕を投げつけられるという塩対応だったのだ。それが花束のプレゼント一つで好感度が上がるとか、いっそ摩訶不思議だ。
人間ってそんな単純だったっけ? 奴隷少女ちゃんの手ごわさを見た後では、そんな感想すら浮かぶ。
違うよね? プレゼントはやみくもに渡すんじゃなくて、交流を深めて時期を選んで品物を選んで相手の気を引いて自分という存在を意識させてから贈って、ようやく初めて喜んでもらえるものだよね。コミュニケーションと手順を惜しまないこと、段階を見計らうことが重要なんだ。知ってる知ってる。奴隷少女ちゃんより放たれた知識がそうささやく。
だからまあ、女魔術師も言葉通り先輩として後輩の気遣いを喜んでくれているだけなのだろう。当たり前だ。レンと女魔術師は、先輩後輩達の関係性しか積んでいないのだから。
ていうか花束ごときでこんな態度が柔らかくなるというなら、初日ありったけの花束を渡しておけばよかったというものである。
「じゃあ、俺はそれだけなんで」
「いやいや、ちょっと待てよ、レン。この後、飯を食いに行く予定なんだよ」
「そうよぉ。一緒に行きましょ」
ちょうどよく黒歴史の産物でしかなかった花束を有効的に使えたしとレンが帰ろうとすると、やたらとにこやかなリーダーと女剣士に引き止められる。
「ちょ、二人ともなんで――」
「いいじゃねえか。休日にわざわざ来てくれたんだぜ? はいさよならってのも薄情だろ」
「ふふっ、そうよ。服だってこーんな頑張ってきてくれたのよ?」
泡を食う女魔術師を、二人がなだめる。
誘いは嬉しいが、レンにも問題が一つ。
「あの、俺、あんまり手持ちがないんですけど」
もちろん、花束代と服代でのせいだ。
それらの出費のおかげで、レンの手持ちはすっからかん。今月、ぎりぎり生活ができるくらいまで切り詰められている。
「ああ、気にすんな。ガキに払わせたりしねえよ」
「ふふっ、そうね。お姉さんたちに任せなさい」
なぜかとても優しい笑顔でおごってもらえることになった。
快気祝いの主賓でもない自分が奢ってもらっていいのだろうかという疑問はあったが、タダで食事をできるのなら断る理由はレンにはない。正直、本当に今月は厳しいのだ。
「よし。じゃ、行くか」
リーダーの号令で意志決定は終了し、大人二人が前を歩く。自然、後ろは女魔術師とレンが並んで歩くことになる。
なんとなく、二人の視線が合う。
「っ!」
なぜか警戒するように、少し頬が朱色になっている女魔術師がさっと花束で顔を隠す。そしてぴょん横に一歩。
そんな距離を詰めた覚えもないレンとしては、微妙に傷つく態度である。
「しょ、食事に行くからって、変なこと考えるじゃないわよ……?」
「変なことってなんですか。考えませんよ。ていうか、みんなで食べに行くだけじゃないですか」
「そ、それはそうだけど……」
レンの指摘に、ごにょごにょと口ごもる。
この人、美人なのはわかるけどちょっと自意識過剰だな、いや、それくらい警戒心があったほうがいいのか? と首をひねりながらも、レンは女魔術師を促す。
「ほら、行きましょ。二人に置いて行かれますよ」
「うっ。わ、分かったわよ」
前を歩く二人に続く。
今日は失敗したなぁと反省するレンと、花束と一緒に初々しい戸惑いを抱える女魔術師。
並んだ少年少女の二人は少しだけ離れた距離を保ちながら、それでも離れすぎることはなく、横に並んで連れ立った。
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