第六章 一節 F地区~王宮~

 ジルベールたちが修理したという地下水道を延々と走っていると、エルドたちはようやく突き当たりまでたどり着いた。そこにはハシゴが設置されていて、エルドたちはそう高くない天井を目指して上へ登った。

 ハッチを開けて地上に出ると、エルドには見覚えある木々が立ち並んでいた。


(やっぱり……。ジルベールが直したっていうこの地下水道は、俺がA地区までへ流された地下水道のことだったのか……)


 以前は父親のイヴァンから逃げた場所が、まさか今度はその父親へ会いに行くための道になろうとは、あの時の自分には思いも寄らなかっただろうとエルドは思い返していた。


「……! 皆、気をつけて。何かいる……」


 少し離れたところから草をかき分けるような音がエルドの耳に届いたことで、一瞬緩んだ気を引き締め、ここがもう敵陣のど真ん中だということを意識させた。

 エルドの掛け声でアリスたちも武器を構えて警戒したが、草木の生い茂る中から出て来た者の姿を見て、エルドたちは武器を握る手の力を緩めた。


「ガ……ガレン⁉」


「に、兄さん⁉」


「お久しぶりです。殿下、クレア」


 ガレンは聖騎士の鎧とマントを身につけ、槍を携えていたが、穏やかな笑顔のガレンを見て、エルドたちと事を構える気がないのを悟ったエルドたちは少し安心した。


「ジルベール殿から連絡があったときには驚きました。まさか本当に殿下たちがここへ来られていたとは……。ジルベール殿から聞いたと思いますが、A地区掃討作戦には聖騎士も参加します。私も、イヴァン陛下の命で召集された聖騎士のひとりです」


 だからC地区の時とは違って、聖騎士の鎧を身につけているのかとエルドたちは納得した。


「ですが安心してください。私は、このような馬鹿げた作戦に参加するつもりは毛頭ありません。むしろ、殿下が陛下をお止めすると聞いて居ても立っても居られず、微力ながら殿下のお手伝いができたらと馳せ参じた次第です」


「ガレン……。ありがとう、とても心強いよ」


 そうして王宮へ向かって森を進み始めたエルドたちは、ガレンの説明でおおよその事情が飲み込めた。

 ガレンの話によると、こちらに味方してくれる騎士団員もいるらしいのだが、そのほとんどが騎士団長であるジークハルトの命令で、エルドたちを捕らえるための作戦、E地区内の捜索及び捕縛作戦に駆り出されているらしい。


「ですが幸いな事に、王宮内には私を含め、腕の立つ味方が残っています。我々の命を賭してでも、必ずや殿下をイヴァン陛下の元へお連れします!」


「ありがとう。……でも、死ぬことは許さない。絶対にみんなで生き抜こう!」


 エルドの言葉にガレンを含めた全員が力強く頷いた。

 そんなやり取りをしていると、一行は程なくして王宮裏の扉前までたどり着いていた。


「今ならば兵たちは出払っています。少なくとも、残っている兵も王宮の正面を固めているはずですので、ここからならば難なく入り込めます」


「……皆、ちょっといいかな? 王宮へ入る前に、手を出して」


 エルドに促されるままアリスたちは円陣を組み、全員が手を前に出してそれぞれの手を重ねるように乗せ合った。

 エルドは皆の重なった手の一番上に手を添え、目を瞑った。すると、手を伝って見えない光が体全体に灯っていくかのような感覚をその場の全員が感じた。


「こ、これは……一体……⁈」


「これがジルベールの言ってた『エルドの本来のチカラ』ってやつか!」


「凄いわ……。まるで、体の底から力が湧き上がってくるみたい……!」


 全員がエルドから身体強化を施された自身の体を見つめているのをエルドは確認し、誰も特に異常がなさそうな様子だったことに安堵した。


「よし、それじゃあ行こう。王宮へっ!」


 そう高らかに告げたエルドに、アリスたちもまた力強く頷き、王宮の扉を開けて中に入った。


「な、なんだ貴様たちはっ!」


「し、侵入者だ! 全員構えろっ!」


 扉を開けた先には見渡す限りの兵士がいた。

 更にその兵士たちは剣や槍の切っ先をエルドたちに向けてきた。


「ガ、ガレン⁉ 話が違うじゃないか⁉」


「も、申し訳ございません! 私が思ったいた以上に兵が召集されていたようで!」


 不意を突かれ、たじろいでいるエルドたちに兵士が容赦なく襲いかかってきた。


「ちょぉっと待ったぁ!」

 

「はいはい前通りますよっとぉ!」


 槍を携えた暑苦しい声と、剣を携えた少し気の抜けたような声が兵士たちの間をすり抜け、エルドたちに襲いかかった兵士たちを吹き飛ばした。


「もう何やってんですか師匠! 俺たちを置いてどっか行っちまったかと思ったら……ん? 何ですかコイツら……あぁ⁉ テメェらはあの時の⁉」


「おや、お久しぶりですね」


 助っ人と思われる二人はエルドとアリスを見て、槍を持っている方は顔をしかめて怒鳴り、剣を持っている方はにこやかに手を振ってきた。


「ん? えっと、誰だったかな……あ! A地区で門番をしていた兵士二人組か! 確か名前は……ザッコ!」


「ザックだっ! なに人の名前をとんでもねぇ間違い方してくれてんだこの野郎!」


「おいザック! 口を慎め! このお方はバスト王国第一王子、エルド殿下だぞ!」


「げえぇ! で、殿下ぁ⁈ マジすか師匠⁉」


 エルドに怒鳴るザックに、更に怒鳴るガレンの言葉にザックは驚愕していた。

 まさか散々口汚く罵った相手が王族で、しかも自分が師と仰ぐ人が唯一仕えるに値すると認めた相手だったことに、ザックは軽くパニクっていた。


「師匠? ザックはガレンの弟子なの?」


「は、はい。お恥ずかしながら、この二人の剣や槍は私が教えています。実は、私が言っていた味方というのはこの二人のことなのです。ザックはこの通り口は悪いですが、腕が立つことは私が保証致します」


 道理で槍捌きに既視感を感じたはずだとエルドは納得した。

 更に、先ほど兵士を吹き飛ばした時に見た限りでは、A地区で戦ったときとは比べ物にならないほど強くなっているのがわかった。そして、もうひとりの味方である剣使いにも似た感想を抱いた。


「どうも殿下。そしてお仲間の皆さん。改めまして、ニールと申します。以後お見知り置きを」


 ニールは剣を周りの兵士に向けてながら、にこやかな笑顔をエルドたちに見せた。その飄々とした雰囲気は相変わらず掴み所のなさそうな男ではあるが、先ほどの太刀筋を見た限りでは、やはりザックよりも格上といった印象を受けた。


「ザック、ニール」


 エルドは、自分たちを守るように立っている二人の男の肩に手を置いた。


「ここは任せたよ」


 ガレンたちにもしたように、二人の肩に乗せられたエルドの手から光のようなものが体全体を駆け巡る感覚を味わった。

 その直後、二人は体の底から湧き上がる力を感じ、思わず自らの手を見つめた。だが、二人が深く考える暇もなく周りの兵士が一斉に襲いかかってきた。


「「任されたッ!」」


 そんな兵士たちを先ほど以上の力で吹き飛ばし、ザックとニールは道を切り開いた。その道をエルドたちは駆け抜け、王の間へ続く通路を目指した。

 すると、走っている中の二人が立ち止まり、振り向いて武器を構えた。


「……っ! ディアナ! エリス! 何してるっ!」


「あのお二人でも、流石にこの人数の兵士を長く押さえ込んではいられないでしょう? ですので、私たちがここを死守しますわ!」


「お姉ちゃん、先に行って! ここはディアナさんとわたしが絶対に守ってみせるよ! だから、早くこの戦いを終わらせてきて!」


 アリスは、ずっと自分の後ろをついてきていた小さな妹だったエリスの成長が喜ばしくもあり、同時に寂しくもあった。

 だが、頼られるだけではなく、頼れる妹に成長してくれたことが、今のアリスにはとても嬉しかった。


「……わかった。すぐに終わらせて戻ってくる。だから二人とも、無茶するなよ!」


 そう言ってアリスはそれ以上振り向かず走り出した。それに続いてエルドたちも後ろを二人に任せて前進した。


「貴女と一緒に戦う日が来るなんて、思ってもみませんでしたわ。エリス」


「わたしもです、ディアナさん。……さあ、行きましょう!」


 多くの兵士が向かってきているこの状況で、二人は力強い笑顔のままだった。そして、ディアナはレイピアを構え、エリスは弓を引いた。

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