宴の前日・中

『はいそれでは皆さんお待ちかね! こらより、歌唱大会を開催いたしまぁすッ!!』


 午前中よりも覇気の籠った声で開会の宣言をする司会者。シャウトのきいたその声に感化されてか、最前列から出入り口、はては二階席までみっちりと埋まっている体育館内、その観客ほとんどが興奮した歓声をあげる。流石に老人はあまり見当たらないが、小さな子供から中高年まで男女問わずその場に居る者達は興奮していた。

 無理からぬことではあるが。


『今回もまずは審査員のゲストの方をお呼びしましょう! 株式会社アポロレコード大和支社長、弁天坂 幹夫さーん!』

「弁天坂 幹夫です。今回も新たなスターが出てくることを楽しみにしております!」

『続きましてウェヌス・プロダクション所属のアイドルグループ、ウズメノキミのリーダー、エオス・アウローラさぉん!!』


 司会によって名前をよばれた人物達がステージ上に登場し、ステージ中央で自己紹介の挨拶をしたのち、ステージ下にある審査員席へと歩いて行く。審査員の中にはアイドルや歌手などもおり、彼らが登場するたびにファンらしき者達によって再び歓声があがった。

 審査員が四人ほど登場したところで司会者がピタリと紹介をやめ、四人目が審査員席へ移動した頃、俯いていた司会者が意を決したように顔をあげると、ありったけの覇気を込めてアナウンスをする。


『そしてぇ!! 今回の審査委員最後の一人はぁぁぁ!! 突然半年の活動休止を経ながらも最近またアイドル活動を再開し、今週発売しましたCDも売上ランキングをぶっちぎりで一位となりました……! 我が校期待の研究員マロン・ホープさんの双子の妹! レイラァァ! ホープさぁん!!』


 紹介に合わせて舞台そでから出てきたのは煌びやかなアイドル衣装に身を包んだレイラ。大瀑布かと思うようなとてつもない音量の歓声が沸き、体育館周辺にいたヒトビトが何事かと驚いて体を竦ませる。

 観客席中列の左端あたりに陣取っていた花の騎士達の中でも、リリアやミイネが応援用にモールなどがつけられた団扇などを振りながらキャーキャーと黄色い歓声をあげた。普段から一緒に買い物をしたりご飯を食べたりなどもしていると言うのに何を。などと言うように見えるものだが、リリアいわく公私の公でありファンとして応援するのとはまったく違う感覚であるらしい。


「ハロー! レイラ・ホープでぇすッ☆ ウェヌス・プロダクション所属アイドル兼、エキドナ魔法戦士団の名誉部隊長やってまぁす! 皆さん私の事知ってますかー!!」

「「知ってるよぉぉぉ!!」」「「レイラちゃぁぁぁん!!」」


 コール&レスポンスのごとくレイラが観客に問いかけながらマイクを向けると、観客達から精一杯の大声で反応が返ってくる。そんなファンたちの声援に嬉しそうな表情でニッコリと笑うと、右手に持っていたマイクを左手に持ちかえて、天高く手を突き上げた。


「まぁ当っ然知ってるかー! あんまり他の方の歌を評価するのは経験が無いんですがー! 精一杯審査員を務めさせていただきまっす!!」


 パッション系のアイドルとして終始元気のよい自己紹介をするレイラ。愛嬌よく全方位の観客達に向けて笑顔を振りまきながらステージ下へと降り……かけたところでふと立ち止まり、司会者からマイクをもう一度借りた。


「すいませんっそう言えば私の知り合いが参加するんですけど、エコヒイキしないように採点しませんっので! けど、歌の上手さは太鼓判を押しますよ! ……一人しかなんともわかんないですけど」


 と、出場する人物について言及すると審査員席の左端の椅子へと歩を進めて座る。今大会の注目ジン物が特定の選手について語った事に会場がざわつくが、そんな観客達の気持ちを汲みとってか否か……司会者によってプログラムが進められていくのであった。


 ◆◇◆◇


「六十五点」「腹から声出しましょうねぇ四十五点」「六十点! めげずに頑張ってくださいねー」


 挑戦者が歌い終わって審査結果が発表されるたびに、ボロクソに評価され続けている。イメージ業でもレイラも含めたアイドルや歌手は比較的高めの点数のようだが、有名作曲や芸能事務所社長などはなかなかシビアな点数を出していた。


『なかなか厳しい点数が続いております……! さぁ次の挑戦者は……おっと、この方ですか! 先の体育祭にて、男の素手喧嘩祭りで我々を魅せてくれたあの男性! エントリーナンバー七番、マオウ・ラグナロクさぁん!!』


 司会者が名前を呼んだのに数秒遅れて、藍色の着流しを身に纏った紫色の髪の大男がステージ上に現れた。自信満々に歩を進め、歯を見せながら男らしく笑いつつ、ステージ中央に来ると、手に持ったマイクを使って語った。


「俺はたいして音楽なんざは聞かねぇ」


 開口一番に発せられた発言に観客席はおろか審査員たちも驚く。そんな反応を察してかマオウにしては珍しく弁明の言葉を述べた。


「あぁいや別に音楽をまったく知らねぇってわけじゃねぇ。とある理由で自分から聞くことは無くなったもんでな。だが歌唱については自信がある」

『な、なるほど……それで、何を歌われるのでしょうか』


 観客も審査員も、花の騎士達ですら歌下手路線だろうなぁと考える。この歌唱大会の出場選手は午前中に運営委員会によって簡易的な審査が行われるため、そうそう下手な人物がステージにあがることは無いのだが、稀に勢いや雰囲気で本番に出場してくる者が居るのだ。

 事前にレイラの知り合いだと聞かされていた他の審査員たちは、チラリとレイラの方を見る。少々肩身が狭い思いであった。


 失礼ながらも勢いだけの者だろうと多くのモノが感想を抱く中、司会者が曲名を聞いた。手元の曲名リストを見て意外そうな顔をしつつ。


「“まつり”」

「演歌ぁ?」


 観客席から素っ頓狂なガヤが飛んでくる。マオウはイラついたように声の聞こえた方を一瞥すると、歌った方が早いだろうとレオンは曲を流すように自分勝手に振った。ステージ裏のスタッフが慌てて音楽を流すと、下手でも一応聞いてやろうと会場内が静まり返る。


「おお……?」


 マオウが歌い始めると、にわかに観客席と審査員たちがざわめきはじめる。こぶしの効いたはっきりとした発声。本職までとはいかずとも、訓練をすればプロとしても通用しそうなものであった。何故数多の曲の中から演歌を選んだのかは謎であるが。

 採点はしないものの一応審査員として最前で歌を聞いているレイラは、驚いた表情を見せた。


 その後は多くの者が強烈な盛り上がりを見せた。手のひらを返すような反応だが、それほどまでに素晴らしいものだったのだ。

 演歌好きの若者などそう居るものでは無いが、比較的盛り上がりの良い曲なだけあって観客達もそこそこ興奮していた。


『いやーありがとうざいましたー! すごいですねぇコブシの効いた良い歌声でした! 弁天坂さんいかがでしょうか!』

「いやー上手いですね。アマチュアならトップレベルと言っても良いのではないでしょうか」


 アマチュアなら。という審査員の言葉に、少々ムカッときた様子のマオウだが流石にステージ上でキレるわけにもいかないとわかっているのか、むっと口をつぐむ。


「ちなみに他にはどんな曲のレパートリーが?」

「演歌しか知らねぇよ。最近はやりの曲だか何だかはジャカジャカやかましいだけでかなわねえ」


 若い姿をしているのに何を年寄臭いことを、などと思う者は居ない。幻人類というのは種族によって見た目と年齢がまったく異なるものなのだ。見た目こそ若く見えても種族によっては年齢が三百歳などを超えるなども良くある事なのだから。

 無論十九歳という年齢を公表すれば変な奴だと言われるのは必至であろうが、あくまで“学園祭”で行われるプログラムの一つでしかないため、公表される個人情報は名前や好きな音楽等しか無いのだ。出場者本人が語りでもしなければ。


 最近こそ仲間内にも誤解されている節があるが、マオウは戦闘中毒なだけであって頭の良さは花の騎士の中でもトップレべルである。何も考えずに怪しく思われるような発言をするポカはありえない。

 戦いに快楽を見出す性格であるため、戦いでなければすぐに思考放棄してしまうことが多いのだが。肝心な場面ではキッチリと仕事をこなす男がマオウなのだ。


 現に一行の毒舌家ことレオンですらも、「馬糞の山の上で土下座させてぇぐらい憎らしいが、ここぞという時には最も信頼できるクソノッポ」などと評するほど。はいそこツンデレとか言わない。


「なるほど……わかりましたありがとうございます」


 そうして端的に返答を締めると、審査員はそれぞれ手元のフリップボードに目を落とした。と、点数決めに審査員が入ろうとしたところで司会者が一度止めに入る。


『あ、見落としておりました! マオウさんとレイラさんは交友関係があるとのことで、点数は百二十五点満点での採点をお願いします!』


 交友関係のある人物が男性であった事にざわつく観客席を尻目に、


「百二十五点って中途半端で難しいですよね……ごめんなさいほんとに自分勝手な理由で……」

「まぁちょっと難しいですが大丈夫ですよ。前例はあることですし怒ったりなんかしてませんから。お気になさらず、です」


 同じ審査員の四人にペコペコと小さく謝るレイラ。他の審査員達は採点の変更についてあらかじめ説明を受けていたため、とくに面倒くさいと思う程度でそれ以上の感情は無い。


『そろそろよろしいでしょうか!』


 司会者の問いに合わせてレイラ以外の審査員四人が頷き、


『それでは弁天坂さんから順にどうぞ!』

「九十四点」「百十三点!」「百七点!」「百十一点」

『これは高得点です! 合計は……四百十五点! 一位です! マオウ・ラグナロクさん二位に二十四点の差をつけて一位となりました!!』


 ワッと観客席が沸く。マオウはニヤリと笑い、右手でガッツポーズを取る。「ま、当然だろうよ」などと自信に満ちた発言を残し、暫定一位の人物が座っていた椅子へと向かう。その時、一瞬ステージ袖の奥を睨んだが、すぐに堂々と前を向いて歩いた。

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