宴の前日・下

『さて、最後の人物となりました! レオン・オルギアさん! レイラさんのお知り合いで、レオンさんも百二十五点での評価となります!』


 十数人の審査が終了し、観客や審査員達などの聞いている方にも疲労が見え始めたところで、花の騎士一行の本命であるレオンがステージ上に現れた。ジーパンに長袖Tシャツという非常にラフな格好でステージ中央へ歩くと、マイクを口元へと持っていく。


 カリッカリッ


「……ん? レオンさんもしや何か食べてるんですか?」

「あー、すいません今飲み込みました。別に変な薬とかのど薬とかじゃないです。ちょっといつも飲んでる薬の破片が口の中に残ってたもんで……」


 レオンの口の中から聞こえた音に反応して、観客席からいくつかの野次が飛ぶ。罵詈雑言なども混じっており、不愉快に思った人物も居るようであった。当然と言えば当然であるが。十三、四歳程にしか見えない姿であれ、ステージ上で何かを噛みながら入場するなど変な目で見られてもおかしくない。


『のどのケアとかは大事ですが、こういった時は気を付けてくださいねー』

「すいません。反省してます」

『さて、レオンさんはレイラさんとお知り合いとのことですが……現在暫定一位のマオウさんとは関係はございますか?』


 レオンはステージを降りた先の椅子の上で腕を組んで高見――場所はレオンよりも低いが――の見物をしているマオウを睨む。


「腐れ縁です」


 と吐き捨てるように呟き、観客をざわめかせる。レオンが料理コンテストで一位を取ったことは記憶に新しいが、マオウは先の体育祭で最高の喧嘩を魅せた男だ。インドア系、アウトドア系と呼ぶのもおかしいが、真逆にも思える彼らに接点があったと驚くのは仕方がない。レオン達と同じクラス等であれば知っているであろうが。


『ふむふむ。レイラさんにお聞きしてもよろしいでしょうか』

「はい! なんでしょう」

『最初に入場された際に太鼓判を押されていましたが、それはマオウさんとレオンさんのどちらでしょう?』

「あー……えっと……ごめんなさいマオウさん! 私が太鼓判を押したのはレオンさんです!」


 再びザワリと観客席が騒がしくなる。マオウの歌った後に、点数が僅差で迫る者も居たが結局彼の歌声に適う者は登場しなかったのだ。


 太鼓判を押しているのは、中央大陸大和一の歌姫とも呼ばれるレイラ・ホープ。外見もさることながら、圧倒的な歌唱力を一番の売りにしている人物に、である。


『それではレオンさんが得意な曲のジャンルはなんでしょう。本人が思って居るより他の方のほうがそう言うことを把握していることは多いですし……』

「んー……バラード、ですね。それもしっとりした感じの曲だと、私でも負けると思います」

『へぁ!?』


 衝撃のカミングアウトに会場中が騒然となる。カメラ席以外は撮影禁止なのだが、レオンの姿を撮っておこうと携帯端末のカメラなどで撮影しだす者まで現れ、シャッター音や会話の声が至る所から聞こえてくる状態になった。

 スタッフや気を取り直した司会者が撮影などをやめるように注意し、普通に会話が出来るほどに静かになったのはその三分後であった。


『えーっと、はい。ではマオウさ……「レオンです」申し訳ありません! レオンさん、どんな曲を歌われますか!』


 レオンが答えた曲名は、十年ほど前に爆発的な人気を博したバラードで、今なお歌われている名曲。しかし歌うのはかなり難しいとされ、カラオケの全国での平均点も他の曲と比べて低めという曲。


 イントロが流れ、数秒後にレオンが歌い始める。

 普段の口の悪さには似合わず、澄んだ透明感のある歌声。それだけでなく何かを思い起こすように歌っていることで声に感情が乗り、聞く者達の心を震わせ、貫いていくようなものへと進化しているのだ。

 レオンの頬を涙が伝う。

 それに合わせるように、観客達の。審査員の。レイラの頬に涙が伝わった。


 観客が気が付くといつの間にかレオンの歌が終わっていた。

 曲が終わった事への喪失感と共に、心の底から素晴らしいと思える物を聞いた賛美の気持ちが湧き、会場中から惜しみない拍手が押し寄せる。

 喝采は一分間以上にも及び、多くの者が立ち上がって拍手を行っていた。だが、口笛を吹いたり大声で賞賛するものはまったく見当たらない。マオウの曲とは違う方向性の感動であった。


『ありがとうございました! えーっと……レイラさん、どうでしたでしょうかレオンさんの歌声!』


 静寂に包まれた会場の中で司会者の声だけが響く。その頬には一筋の濡れた跡があり、歌声に心を揺れ動かされたのだと察することが出来た。


「流石ですねぇ。いやぁ、泣いちゃいました。お恥ずかしい。綺麗な歌声であることも凄いんですが、感情……が籠っていてガツンと胸に来るんですよね」


 と、レオンの歌について語るレイラ。そこに芸能事務所の支社長である審査員から質問が入る。


「どこでレオンさんと出会われたんですか? すいません、ぶしつけな質問ですが……こんな凄い方がどこに居らっしゃったのかと思いまして」

「個人情報ですよ。あとで個人的にレオンさんからでも聞いて下さい」

「いや面倒くせぇから答えねぇけど……歌手とかになるつもりもねぇから勘弁してくれ」


 非常に嫌そうな表情しながら言われたレオンの答えに、会場内から残念そうな声が至る所から聞こえてきた。生来から面倒くさがりのレオンである。仲間からの願い事ならばともかく声も知りもしない他人に頼まれても、露骨に不快そうな顔をして無視を決め込むばかりであった。


『まぁまぁ、とりあえず採点といきましょう。審査員の皆様よろしくお願いします』


 司会者の誘導で四人の審査員達全員が手元のフリップに数字を書きこんでいくが、観客達は皆、結果がどうなるか想像がついていた。誰が一番になるのかということについて。


 レオンは気だるげな瞳で椅子に座るマオウを見る。特に煽る気などがあるわけでも無いが、怒りの表情などを見せていた場合、終わった後が面倒くさいだろうなという確認の為である。

 一瞥し、意外そうにレオンは目を見開いた。


「テメェのことだ。全力で歌わないかもしれねぇから、わざと煽るように歌ったんだぜ。テメェら・・・・の為にな。いや、テメェにとっちゃ嫌がらせか」


 「ま、喋っても聞こえねぇだろうが」と一人ごちるマオウ。

 喧騒によって声はかき消され、レオンまでとどくことは無かったものの。呆れたようなふてぶてしい表情はレオンの眼にもはっきり窺うことが出来た。


『さぁ、審査員の皆様! 採点は終わりましたでしょうか! では最後のエントリーとなるレオンさんは暫定一位のマオウさんを超えることが出来るのか!!』

「百九点! もし歌手デビューするつもりになられましたら我が事務所に!」

「百二十点! サイッコーでした!」

「百十七点。素晴らしいものを聞けました。ありがとうございます」

「百二十三点。もう満点でも良いですが!」

『さぁ出そろいました! 合計点は……四百六十九点!! マオウさんは四百十五点、五十点以上もの点差をつけ、優勝は……レオンさんでーす!!』


 ステージ下に待機していたスタッフたちが、一斉にクラッカーを鳴らす。クラッカーの中から放たれた紙ふぶきなどが舞い落ち、レオンや司会者達の頭の上に乗る。レオンは怪訝な顔をして叩き落とすが。

 観客達も審査員もスタッフも賞賛の拍手を送り、賑やかな中で司会者が手元のタブレット端末を見つつマイクを使って喋る。


『優勝者には賞金として二十万ルクと』


 それを聞いて目的は達成したとホッと肩をなで下ろすレオン。これで一行の大蔵省にとやかく言われることは無くなるだろうと。しかし


『副賞として明日の夜に行われる。今回審査員も務めてくださったレイラ・ホープさんのライブにて、デュエット曲を歌う権利が授与されまーす!!』

「は? なんじゃそりゃ」

『あれ? 知りませんでしたか? おかしいなぁパンフレットには書いてあったと思うんですが……今回は賞金よりもそちらが目玉と言ってもいいぐらいですよ?』


 ハッと、とある記憶に思い当るレオン。リリアには賞金の説明だけを聞いて、説明が面倒くさいと思ったレオンは適当に引き受けて、エントリーの申し込みを頼んでいた。パンフレットも売店の辺りは良く目を通していたが、料理コンテスト同様に催しに関しては全然読んでいなかったのだ。

 手元にパンフレットの入っている鞄が無いため確認できないが、PDF形式のパンフレットで歌唱大会の部分を司会者が見せたくれたためしっかりと確認することが出来た。


 これで終わりだと思っていたレオンを絶望が襲う。


「えーっと……その。よろしくお願いします……ね? レオンさん」


 手を合わせて上目使いにレオンに頼むレイラ。デュエットを歌う事前提でライブの流れを決めているため、急な変更にならないためにもレオンには出て貰わねばならないのだ。

 レオンはうなだれながら。


「もう勝手にしてくれ……」


 などと意気消沈した声で呟くのだった。

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