白狼と紫龍・中

 軽やかな音を発する競技開始の花火。無論、火花の散らない音だけのものだが、その軽やかな音は会場内にいる誰の耳にもよく聞き取ることが出来た。


「まずは手ごわい奴からだおらぁぁぁぁ!!」


 ひとまず近くにいた者と殴り合う者、近くにいる化物から少しでも逃げようとする者、目の敵にしている者にまっしぐらに挑んでいく者。三者三様の動きを見せる中、観客等の方から見ればマオウに向かって行く男達が多く、次点でアルマスやアリサの居る方へと向かって来る男達が多い。


「キエェェェェ!!」


 奇声をあげて横合いからマオウの頬を殴ったのはニワトリの鳥人。繰り出された拳は十二分に鋭く、腰も入ったお手本とも言える空手突きであった。身長差がかなりある為に完全に力は引き出せていないようであったが。

 しかしなにやら手ごたえがあったのか、マオウが動かないこともあって一瞬だけ気が緩んだ。


「……なんかしたかよ」

「なっ!」

「おらよ!」


 マオウは十分の一の力さえ出さずに声だけは威勢良く、鳥人に向けてエルボーを喰らわせる。自身の渾身の一撃が全く通用していなかったことに驚ていた鳥人。硬直した瞬間に圧倒的な腕力で殴られれば、力を逃がすことも適わずに吹っ飛ばされるのが常である。衝撃を受けた鳥人は進路上にいたヒトビトを巻きこみながら地面に転がり、痛みに悶絶しながら気絶した。


 選手に配られる帯が着用者の気絶を感知し、鳥人や巻きこまれて怪我をした男達を事前に仕掛けられた魔法によって空中へと浮かべて場外の看護エリアへと運んでいく。運ばれた者達は事実的な退場であり、今回の大会ではもう参加することは出来ない。


「てめぇ毎日毎日あの美人たちとイチャイチャしやがって! 強いんだかしらねぇがここでぶっ殺しへぶぁ!!」


 拳法のけの字も知らないような出鱈目な大振りの拳を放ってくるのは、腕力に優れるとされる熊の獣人。しかしそんな拳も片手で容易く払いのけ、口を右手で掴んで黙らせる。


「言っとくけどな、俺ぁ男でも女でも雑魚は眼中にねぇんだよカスが!!」


 そう吼えるとマオウは熊の獣人の右手を開いた左手で掴み、フリスビーでも投げるかの如く遠心力を込めてヒトの固まっていた十時の方向へと投げ飛ばす。吹っ飛んでくる獣人に気が付いたものは間一髪で避ける等の対処が出来たが、運悪く直撃してノックダウンする者の方が圧倒的に多かった。なにせ図体の大きい筋肉の塊である熊の獣人ともあれば面積も大きく、マオウが投げたスピードも含めてかすっただけでも下手をすれば致命傷になりえるのだ。


「お前を倒せば俺が最強だぁ!!」

「俺如きで最強だとか言ってるような向上心のねぇ雑魚は永遠と沈んでろ」


 マオウの背後に周り、飛びかかってくる虎の人獣族。一般人にしてはかなりの手練れなのかアルマスのように腕ろ脚部だけを獣化させ、爪を立てて襲いかかる。打撃ではまともにダメージが入らないと見込んでのことなのか、さっきの二人より強かな奴だなとはちょっと評価しつつ、マオウは死なない程度に力を抑えて振り向きざまに脇腹を蹴りつけることであらぬ方向へと蹴飛ばすことで対処した。巻き込まれた中に人間の姿に変身した龍の眷属たる顔馴染みの姿があったが興味は無い。


「こんなもんか雑魚共ぁ!!」

『強い! 強すぎるぞマオウ選手! まさに魔王(マオウ)という名前に相応しい圧倒的強さ! 一撃で五人、二撃で十人というようにまとめて選手たちを倒していきます!』


 とどまるところを知らないマオウの無双に沸く観衆。だがそれは観客のほんの半数ほどであり、他の半数の目線はマオウの対岸にいる人物へとそそがれていた。


「ッチ……! ちょこまかと……グハッ!」

「な、なんでこいつ人兎族の歩法ぐぉ!!」


 右に左にとゆらゆらと揺れながら周りの敵の攻撃を避け、カウンターとばかりに急所に拳や蹴りを叩きこんで一撃かつ確実に相手を沈めていくのはアルマス。

 兎のように跳ねたかと思えば、鷹のごとく正確に敵を攻撃し、地に伏せる虎のごとく体を沈めて攻撃を避けたと思えば、暴れ馬のごとく全身のバネを使って敵を両足で蹴飛ばす。


 軽快でいて完成された獣の舞は観客を魅了し、血肉が湧き踊るようなマオウの派手な活躍とは対照的に、見つめる観客の多くが演劇の舞台でも観ているかのようにジッと静かにしていた。


捨熊薙しゃぐまなぎ、野兎やとの歩法、蛇裂絞だれつこう

「グヘッ!」「てめぇいい加減正々堂々とうげっ……苦……し……」


 マオウほどの身長を持つ一つ目鬼サイクロプスの首に、ネコ科動物のように高く飛んで体重を乗せたラリアット浴びせて倒す。素早い拳の突きを何度も放ってくるのは魔法使い族にしては珍しく武闘派っぽい筋肉質な男。アルマスは男の怒涛の攻撃を足技だけで掻い潜り、背後に回った瞬間に首を特殊な絞め技によって圧迫し、呼吸困難にさせて気絶させる。


「なんだこいつ……何種類の“獣族拳法じゅうぞくけんぽう”を使ってやがる……蛇族へびぞく)兎族うさぎぞくなんか似ても似つかない体なのに、なんで使えてっ」

「喋りすぎだ……猫剛掌びょうごうしょう


 ペラペラとよく口のまわる二尾の人狐族を殴り飛ばし、ノックアウトさせるアルマス。辺りを見渡して敵が自分から距離を取っているのを見ると、少しの休憩とばかりに深呼吸をして高揚した気分を落ち着かせる。


「……来ないならこっちから行くぞ。先約が居るんでな」


 アルマスは近くにいた男の下へと瞬時に近付き、その腕を振るった。


 ◆◇◆◇


 闘技場に残っているのはたった二人の男。拳や顔、服には無数の返り血が付き、流石に体力が無尽蔵というわけでは無いのか二人とも荒く息をしている。


「良く残ったもんだなアルマス……」

「お前こそ。良くもあんな下手な武術で残れたもんだなって感心するよ」


 誰が下手な武術だよと笑って答えるマオウ。アルマスもどこか朗らかに笑いながら、ゆっくりとマオウから距離を取る。


「ところで……なんで喧嘩を売って来たんだよ」

「二度目だぞ、しつけぇな」

「別に良いだろ。それで、答えるつもりは?」

「ねぇよ」


 足元の土埃を靴裏で掃きながらアルマスはマオウに聞いた。答えは予想通りの否定の台詞であり、アルマスは呆れたように肩を竦ませる。


「まぁまた後で聞くさ」

「うぜぇな。どうせ喧嘩にゃ俺が勝つからよぉ。テメェはせいぜい……俺を楽しませろってんだぁ!!」


 古龍の筋力による、大した力も入っていない踏みこみ。けれども速度はリリアの疾走よりも明らかに早く、そして直撃すれば確実に大ダメージを受けるのが必至の体当たりであった。

 アルマスは進路上から一歩左に動き、一瞬だけしゃがんだ。


「逃がすかよ!」

「描剛掌・上式うわしき


 マオウの動きを読み、アルマスを掴もうとしてくる大きな腕に衝撃力の高い一撃を浴びせる。通常であれば分厚い筋肉の装甲にはそう簡単に攻撃が入らないものだが、自身の駆け出した向きとは逆から攻撃を受けたために思わずマオウも顔を一瞬顰めずにはいられない。殴った衝撃によってマオウの腕はアルマスの頭上を通り過ぎていき、そのままアルマスの後方にマオウが立ち止まった。


「……微妙に腕が痺れてんな」

「俺もだよ筋肉馬鹿。それにしても突進とか、単調な攻撃で仕留められると思ってんのか?」

「小手調べだよカス!!」


 入学式の日にジュールとの戦いで見せたような大跳躍をし、アルマスのすぐ目の前の位置に着地するマオウ。当然アルマスはその動きを予期して後方に跳んでいたが、マオウは片足を高々と持ち上げた直後に勢いよく地面を蹴りつけた。


「ッチ……! 筋肉があればなんでもありかよ……!」


 マオウに蹴りつけられて石畳製の地面に亀裂が入り、ところどころが盛り上がったりへっこんだりと足場が悪くなった。運悪くアルマスが着地した場所は変に盛り上がった場所だったものの、武闘家ならではのバランス感覚というものか、即座に体勢を立て直す。


「ハッ! 余所見してる暇あんのか!」

「余裕」


 間髪入れずに近寄り、アルマスに攻撃を繰り出すマオウ。互いに足場の悪い場所で攻防回避を行っているがマオウは持前の力で無理やり地面をならし、アルマスは己の経験と身についたバランス感覚で体幹を維持するという対照的な状態で喧嘩をしている。


「クッソ! うっとおしいんだよ獣人拳法だかなんだか知らねぇがよぉ!!」

「一撃で倒せないなら蓄積させるしかねぇだろ」


 猛烈な乱打を掻い潜りながら腹部に着実に攻撃を浴びせていくアルマス。いくら頑丈であろうと生物の腹は必ず弱点である。事実として内臓に響くような攻撃手段を用いているためマオウの顔にも微妙に苦痛の色が浮かんでいた。マオウの拳や蹴りはアルマスにとっては喧嘩慣れした程度の巨体の素人でしかなく、攻撃を避けるというのはさほど難しいことでは無いのである。


 観客達もその攻防の応酬を見て、遠目で良くわからないながらも歓声をあげていた。


 しかし、


「がっ!!」

「……“やっと入ったか”」

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