七法・下
「さぁて、みんなぁ? 今日も授業を始めるわよぉ?」
「ういーっす」
翌日の昼。一般初等科クラスの生徒たちは教室へと集っていた。教卓の前には相変わらず魔法使い族特有のローブを身に纏ったベリスが、教鞭を持ちながら生徒たちの前に立っていた。
「今日は……そうねぇ、
「七法ですか。えっと……
「素晴らしいわね。しっかりと答えられてるわ」
「これぐらいは一般常識レベルだと思います」
良く聞けばどことなく似たような口調である人狐族の萌華と男教師ベリス。ベリスはニコニコと笑い、萌華は朗らかに微笑んでいる。
「七法って……なんだっけ?」
「俺も知らん、どっかで聞いたことはあるかもしれんが、俺らにゃ関係ねーし」
「習わなかった……?」
「習うわけねー。学校とか通ってねぇし」
シャルロッテがいつもの調子でアホの子節でも披露してるのかとアリサが声の方を見ると、意外にも声の主はリリアであった。逆にシャルロッテがリリアの発言に驚いているという珍しい状況である。
さらにレオンがリリアの言葉に乗っかるのを聞いたゼルレイシエルが、声を潜めつつ隣に座っているレオンに質問などしていた。
声を潜めずとも教室の中では似たような話題によってざわついていたため、ベリスに名指しで怒られるということは無かったであろうが。
「はいはい皆さん静かにねぇ。まぁ解らなくもないわぁ。種族によってはあんまり聞きなれない言葉もあるでしょうしぃ。結構古くからある言葉だけれど、七法の力を必要としない、使わないって種族は知らないってことが多いわねぇ」
「せんせー、例えばどんな種族なんですか?」
“南東大陸・ブランシュヴァーナ”が種族発祥の地とされる、下半身が蛇のような尻尾で上半身が下半身の鱗と同じ色の人間の形をした種族、ナーガ族の女性が手を上げて質問した。
ナーガという種族は体の構成から、同じく上半身が人間で下半身が蛇の尾の形のラミア種と同一の存在とされることが多いが、ラミア族の上半身は一般的な肌色であり鱗の色もナーガ族の寒色系とは逆で暖色系の色であることが多い。よく間違われるのだが、当人たちからするとそれぞれ似た種族という感覚もないため複雑な気分であるらしい。
ベリスは顎に指を添えながらどこか中空を見つつ答える。
「そうねぇ……大半の獣系種族や巨人とかの素の力が強い種族もだけれどぉ……七法よりも各種工学とかぁ工業技術に重きを置いているドワーフぅ、ちょっと変わったのだとエルフなんかが幼少期から精霊と居ることが自然だからぁ逆に知らないってこともあるわねぇ……」
答えを聞いてナーガ族の女性が「ありがとうございます」と手を合わせて礼をする。そんな一方でリリアとアリサがこそこそと話を続けている。
「なんでアリサ兄知ってるの?」
「ネットで見たのかも」
アリサの返答になるほどと頷くリリア。流石におしゃべりを続けられても困る為、ベリスが両手を叩くことで静かにするように促す。静かになったついでに教卓の裏に置かれたプロジェクターの電源を入れ、スクリーンに上下二色に分割された七角形が描かれた図が表示された。
七角形の上半分は白の六角形の形になっており、下半分が五角形の黒い図形になっている。ようするに上部分が線分で、下が頂点という表示の七角形を途中で半分に割ったような形である。
白い部分には「陽相四法」、黒い部分には「陰相三法」などと表示され、それぞれの角に七種類の力の名前が記されていた。
https://14893.mitemin.net/i214334/ (挿絵ページ)
「まぁ図で表すとこんな感じねぇ。私達がぁ使う魔術というのは陰相になるわねぇ」
「あれ? 先生、精霊魔法って魔法と違うんですか?」
「あなた達ぃ、少しくらいは教科書を読んで勉強しなさぁ~い? そもそも精霊魔法って言い方自体が誤りなのよぉ。正確には精霊召喚使役術ねぇ、長いからぁ精霊召喚で良いけれどぉ」
両手を組みつつ世間の誤解に困っているような表情をするベリス。クラスの過半数は知識欲旺盛なのかそこそこ真面目に話を聞いているが、シャルロッテは頭から煙が噴き出しているかの如く、既に頭がパンクしているような状態になっており、マオウは既に知っているためか大きなあくびをしながら机に頬杖をついていた。教室の中には爆睡している輩もいるためまだ真面目ではあるが。
「それで、ここにいるあなた達ならほとんどがぁ
「幽霊を使役する力である、降霊術と隣り合っているからですね」
萌華と呼ばれる女性が手を上げて答えると、ベリスはサムズアップをしてみせる。
「ザッツァライトッ! 良いわねぇ。その通りよ。七法のこの関連図の上でぇ、隣り合う魔法って言うのはぁ密接な関係にあるのよぉ」
ベリスは教鞭で魔法と降霊術をそれぞれ順に示した。手元のノートにスクリーンに映されている図を書き写す音が鳴る。ベリスは書き写している者達に気を配りつつも次の話題へと話を移した。
「呪術と魔法は方法にもよるのだけれど、それぞれ降霊術に干渉する
まぁそのおかげで私もこの仕事でご飯食べられてるんだけどねぇ。などと自重するような声で呟くベリス。真面目に聞いてはいるが【流厳なる湖沼川】地方のある街の領主の娘であるゼルレイシエルは、実家で家庭教師から教えられたことであるため大体の内容を知っていた。一度聞いた話であるためあまり聞く気も起きにくく、何か時間を潰せるものを探すように教室の右側にある窓の外を見た。入学式の日には翼竜族のジュールの体の所為で外を見ることが出来なかったが、現在体を人間の姿にしてメモを律儀にとっているため容易に見ることが出来た。マオウが言うに竜頭ではなく鳥頭なのだというジュールが理解するのは大変であろうが。
(あれって……レイラ?)
「花祝の力って言うのは、伝説上の魔法と言っても過言では無いのだけれどぉ。一説では天の花々の力を使って超常的なことを起こすものって言われてるわねぇ」
窓の外に顔をよく知る仲間の姿を見つけ、視線で後を追うゼルレイシエル。たまに同じ研究職と思わしき人々と一緒に居たり、一時的に復帰しているらしいアイドルとして新曲のレコーディングを行うなどの理由でマネージャーだと言う女性と一緒に居るのを見たことがある。
しかし何故か、今日は頭部に角を生やした人型の種族である鬼族の二人組を連れながら校門の方へと歩いていた。ベリスの言う花祝の力の説明を聞き、一度視線を教室の前方に戻したためマロンかレイラのどちらかであるのかまではわからなかったが。
「精霊っていうのは花々の使いとも言われてる別次元に存在する存在ねぇ。精霊によって違うけれど、花祝にも扱えるような力を持っていると言われてるわぁ。八大精霊をはじめとしてぇ、色んなものに精霊は居るけれど大小含めて精霊が多ければ多い程ぉ、その地にある魔法のエネルギーであるマナがぁ多いと言われてるのぉ。そこが魔法と密接に関係してると言われてるわねぇ」
(あれはマロン? レイラ? ……どちらとも違うヒトなのかもしれないけれど……鬼だなんて、童子様と関係あるのかしら?)
◆◇◆◇
魔法都市エキドナの中央部の位置に存在する、広い敷地といくつも連なる塔を持つ魔法学術専門探究学校と比べれば、酷く小さく見える木造建築の建物がある。しかし、建物自体の大きさは木造建築としては非常に大きく、細部に施されている意匠の美しさは一般家庭はおろか大富豪と呼べる者達の邸宅と比べても遥かに良い物だとわかる。
書院造に数寄屋造を取り入れた建物に、自然が持つすべての美しさを持っているかのような庭園が建物の美しさと合わせて相乗効果をもたらしている。
「……いつもながら、綺麗な庭園ですね」
「そうでしょうそうでしょう」
マロンが門をくぐった後に思わずつぶやいた言葉に、後ろを歩く鬼達は喜ぶように言った。
“
鬼、とは一言で言っても。全ての鬼族を束ねる、伝説の大妖怪であるが。
「茨木童子様。レイラ・ホープ様をお連れいたしました」
「おぉ、そうか。あがるがいい」
「失礼いたします」
木と酒のにおいがする建物の中に入り、玄関で革靴を脱いで家にあがるレイラ。気になるほどでは無いがところどころ傷ついている廊下を、側頭部に一本ずつ角の生えた女の鬼の後について歩く。二回ほど角を曲がった廊下の途中にあった、一つの部屋の障子を、鬼が開けた。
「よぉ、久しぶりじゃあないか花の騎士。いや、レイラ・ホープか」
「お久しぶりで御座います。茨木童子様」
レイラは部屋の中に入り、お茶を飲んでいた羅刹劫宮の主の前で正座して床に両手を置いたのちゆっくりとお辞儀をする。背後では鬼が障子をゆっくり閉め、どこかに歩いて行く足音がレイラには聞こえて来た。
「表を上げるが良いさ。かたっ苦しいのは嫌いだしなぁ。しかし、お前、あんた……貴様? あー……」
「レイラと、呼び捨てでも」
「ああ、すまねぇな。そんで、レイラ。【星屑の降る丘】地方の黒花獣を倒したって言うのは、本当か?」
「はい。事実です」
「詳しい話でも聞かせてもらおうか」
障子が再び開けられ、先ほどの女性鬼が客人用の湯呑みと和菓子を持って部屋に入って来た。
☆
「……なるほどね。まぁレイラ達が黒花獣を倒せるって事が証明された、わけか」
レイラの説明を聞いた額に日本の角を持つ、白い髪の女性鬼は机の上に置かれたわらび餅を食べながら言った。食べながらしゃべるという行儀の悪い動作ではあるが、豪放磊落で細かいことは気にしないとされる鬼族の特徴もあってか、誰も咎める者は居ない。そもそも咎められるほどの力の持ち主も、中央大陸という大きな範囲であっても限られるわけであるが。
レイラも一通り喋ったため喉を潤そうとお茶を一口飲んでいると、茨木童子が「ふぅ……」と深く息をついた後、レイラの事を優しい目で見ながら呟いた。
「そうか。やっとお前も、
どこか感慨深げのような、嬉しそうな様子で女性鬼は呟いた。目じりには涙さえ浮かんでいる。
レイラは、何も言わず俯いたまま、空の湯呑みの中を覗いていた。
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