七法・上

 獣系種族間において、軋轢のある種族というものがある。

 代表的なもので言うならば、やはり草食動物系種族と肉食動物系種族間での確執であろう。一般的な動物や魔獣で二者の関係を言うならば、食物連鎖上における捕食者と被食者の関係であり、それが高じて二者は遺伝的に非常に仲が悪い。

 また、人獣族と獣人族との間にも争いは存在する。獣人族は一般的な人獣族と比べれば身体能力が全般的に高く、代わりに個々人間での身体能力の差というのはあまり生じにくい。対して平均的に見れば獣人族よりも身体能力が低いものの、時折強い力を持った者が生まれやすいのが人獣族である。

 史実を見ても獣人族と比べると明らかに人獣族の方が英雄や偉人と呼ばれる者達が多いことがわかるだろう。獣人族がこれを面白く思わないわけもなく、獣人族による人獣族への迫害が起きていたという記録も残っている。とはいえ情報の伝達が高速化されているこの現代では、彼らよりも遥かに強力な種族の情報を仕入れることも容易であることから最近では薄れつつある軋轢であるのだが。……


 (中略)


 特殊な事例で言うならばやはり同じイヌ科種族である、人狼族と狼人族らの狼系種族と人狐族と狐人族等の狐系種族間における対立があげられる。知ってのとおり、狐と狼では一般動物でも体格の差や筋力の差がある関係で、身体能力には狼系種族の方に軍配が上がる。しかし、狐系種族はそれを補うかの如く『五行法』という特殊な技能を用いて進退を強化する才能を持つ者が多いのだ。そのためか狼系種族と狐系種族は互いに嫌悪しあう中であり、主な生息地も『繁茂はんもせし獣果じゅうかの森』を狼系種族が、その対称位置にある『流厳るげんなる湖沼河こしょうが』地方に狐系獣人たちが暮らしている。これはいまだに解決される見通しのない特殊なケースの一つである。


           『獣系種族たちの確執』より一部抜粋


********


 学園のある塔群の一角にある男子寮区画。その区画のとある四人用の部屋にレオンら三人の姿があった。


「ん? マオウは?」

「ノッポなら今日も拉致られましたとさ。ザマみろ」


 一人掛けの椅子に腰かけつつ、普段から使っているフライパンの持ち手部分の修理をしているのはレオン。テーブル向かいの椅子にはアルマスが座り、非常にまじめな顔をしながら本を読んでいる。

 なお、読んでいる本は学園内にある一般にも図書館内であれば自由に閲覧が可能な図書館――貸し出しは生徒や研究者などの関係者でなくば借りられないが――借りた、『肉食系獣族必見! 世界の美味な肉料理百選!』という題名の料理の写真も載ったレシピ本であり、時折アルマスの口からよだれが出てしまったりしていた。


「それは……拉致っつうかなんというか」


 部屋に入ってきてから何気なく質問に対するレオンの言い方に、微妙そうに言いよどむアリサ。レオンの棘のある言い方に、というよりもマオウの行く先に対しての微妙な反応であった。


「なんつーか嫌々ながらも、どこか味を占めたので逆に意気揚揚とぶちのめしに行ったというか」


 アルマスも顔を上げたものの、話題があまり良いことは言えないような微妙な話題である為、顔つきは渋い。ふとレオンが重大なことを思い出したように顔をあげると、韻を踏みながら呟いた。


「流石古龍、金にがめつい、クソノッポ」

「誰が一句読めと。あと別にうまくねぇぞ、字余りだし」


 部屋の中には二段ベットが壁際に二つ並べられ、五人分の椅子が備え付けられているテーブルの上には工場で機械によって作られるような簡単なつくりのランプが置かれている。

 部屋の窓側に備え付けられた簡易のキッチンは、ツンデレの如く「面倒くせぇから料理はしねぇ」などと言いつつも、案の定レオンによって料理がしやすいように調味料や調理道具が並べられていた。無論、キッチン脇の小さな冷蔵庫の中も整理されているわけだが。


「なんだっけ。勝負して勝った方に学食のチケットを奢るって約束取り付けたんだよな、たしか」

「ノッポの野郎大飯食らいだし、料理する量減ってありがてぇ話じゃあるけどな。そういう意味ではもっとやれ」


 アルマスの台詞にどこか錯乱めいた台詞を口走るレオンである。事実としてマオウが複数人分のご飯を消費するため、そのぶん手間が凄まじく増えるのである。


「わりと性格悪いよなマオウといいレオンといい。似たもの同士かよ」

「そのバカみたいなギャグセンスのドタマカチ割んぞ」

「じゃあその頭狙った攻撃を受け流してお前の頸動脈掻っ切るわ、あと俺ってギャグセンスないのか?」


 レオンの言葉をすくい上げて煽るように語るアリサ。ほんの冗談のつもりではあったが、レオンはどこかカチンと来たようで、若干怒気を孕んだ声でアリサに言う。

 一瞬キョトンとした表情となったアリサであるが、次の瞬間にやけた表情となってレオンを煽り始めた。


「なら斬られる前に柄の部分にハンマーの頭を持ってこさせて防いだ後に柄でテメェのこめかみからぶん殴ってやんよ、あとお前にギャグセンスはねぇな」

神聖銀ミスティリシスかよ、きったね。なら腹蹴って距離取るわ。てか俺ってギャグセンス無かったのか……」

神聖銀ミスティリシス使った実戦の話じゃねぇのかよ。頭が手元にあるからそれで足の指ごと粉砕する。そんくらい自覚しとけ」

「いやでも、ゼルシエは笑うからお前らの方がおかしいって可能性もあるし「それは確実にありえないし、ツッコむかどうか迷ってたが、なんでお前ら口頭で戦闘訓練してんだよ、そりゃ祖語が出来るの当たり前だろ」


 アルマスの言葉に険悪な雰囲気から駄弁っているような雰囲気へといつの間にか変わっていたアリサとレオンは顔を見合わせ、「HAHAHA」と笑った後アルマスの方を見て声をハモらせながら言った。


「「暇だから」」

「黙れ」

「「はい」」


 しょうもない返答に対してアルマスが怒り、それぞれ荷物を置いたりフライパンの修理に戻る二人。アルマスも手元の本に目を戻そうとしたが、アリサの荷物の中から肉のにおいを目ざとく嗅ぎ取って振り向いた。


「肉」

「……ビーフ―ジャーキーっての初めて見たから買ったんっだけど、食べる?」

「食う。ってかジャーキー知らないのか」

「肉よりかは野菜の方が好きだからな。レオンは?」

「一個でいい」


 燻製肉がいくつも入っている袋をアリサがバックから取り出していると、三人の居る部屋の扉が荒々しく開いた。入って来たのは部屋の主の一人であるクソノッポことマオウその人である。


「おうテメェら帰ったぞ、おいチビ飯まだ作ってねぇのかよ」

「黙れ筋肉ダルマ。お前もたまには手伝え、相も変わらず九人分つくんねぇといけないんだからよ」


 亭主関白の男が嫁に言うかのごとく横暴に振る舞うマオウ。言われた側のレオンは案の定めっちゃキレていたが。


「有毒生物の解剖なら手伝うがな、テメェほど器用でもねぇから仕方なくまかせてやんよ」

「なぜそれだけのことを言える頭があるのに、操作方法がわからず機械を駄目にするほどの機械音痴となるのかが俺には理解できないですマオウ君」


 アリサが嫌味を込めていった言葉に、マオウは古龍の腕力で背中を叩くと言う方法で対処し、真面目だったり怒っているような顔つきだったアルマスやレオンに笑いを誘った。


「仕方ねぇだろ、機械なんざ軟弱だし無駄に細けぇしよ」

「毒見分けられんだからそんくらい努力すりゃいいのに……」


 レオンとアルマスが二人で笑い続け、マオウが荷物を自分の机に置こうとしている中で、一人腑に落ちないアリサであった。

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