火炎に染まる銀影・上

……

黄色い花はジシ・ボルテオと言う名の

己の化身である天使を作り上げた。

天使は己を“閃雷花”と言った。


「閃雷花は雷電の象徴である。」

「閃雷花は悦楽という感情の象徴である。」

「閃雷花は幸福の黄色の象徴である。」

「閃雷花は来たるべき機械文明の象徴である。」


雷電の天使は地の者達にそう告げた。…


         創世記第二章より


********


 地下工場内で鳴り響くサイレンの音と赤いランプ。そしてそこで慌てる八人の花の騎士達。けたたましいサイレンの音は、酷く人の心を不安定に揺さぶるもので。皆が差異こそあれど、嫌そうだったり怖がっているようなネガティブな表情が出ていた。


「や、やばいじゃん! 早く逃げないと!」


 悲鳴のように叫ぶリリアに、レオンからの質問が入る。


「リリア、爆発とかを吸収したり出来ないのか?」

「今の吸収速度じゃ無理だよ! 飛来物は吸収できないし!」

「……急いで出るしかねぇ!!」


 マオウの声に反応と、出口をめ目指して走り出す八人。だが、度重なる戦闘によってバテてしまっているためか、マオウですら遅々として進んで居ない。


「これは……やべぇな……」

「絶対絶命って、やつかね……これ……」


 マオウから苦々しい声と、アリサから絶望するような声が出てくるなか、不意にマロンが立ち止まりその手に箒を出現させた。一番後ろを走っていたゼルレイシエルとそれを支えていたリリアが追い越し、ついでにゼルレイシエルが声をかけた。


「ま、マロン…? は、早く逃げないと…」

「……“浮遊(フロート)”。みなさん、この上に乗って下さい!」


 マロンは箒の形を変え、長方形の平たいもの……“神聖銀ミスティリシス”製の絨毯のようなものに変形させた。八人全員が乗ることができ、通路も余裕で通ることができるちょうど良い大きさのものだ。

 宙に浮くそれを見て、酸欠気味であまり働かない脳でも即座に意味を察した七人は、即座に絨毯の上に乗った。


「シャルロッテさん、後ろの方に座って出来るだけ後方に強い風を出し続けて下さい。リリアちゃんは高火力で炎をお願いします!」

「わ、わかった!」


 リリアとシャルロッテはマロンとは反対側の方へと広間の方に体を向け、両手を前につきだした。


「「サン、ニィ、イチ……ゼロ!!」」


 ゼロと、二人が言った瞬間それぞれの両手から爆炎と強風が飛び出した。火炎と風は空に浮く絨毯の推進力となり、絨毯は加速を始めた。通るルート上には曲がり角がいくらかあるのだが、かなり速度で絨毯は移動するもののその動きは直線的であり、このままでは最初の右折で壁にぶつかってしまう。


「壁にぶつかるぞ!」

「……」


 思わず慌てるレオンの言葉に答えず、マロンはジッと前方を睨んだ。その後方では爆炎によって肌を焼かれ少しばかり苦痛に顔をゆがめるシャルロッテを、その爆炎を出しているリリアが心配そうな、申し訳なさそうな複雑な表情をしながら見つめた。そして壁までおよそ十メートルという場所に来た。アルマスが名を叫ぶ。


「マロン!」

「……右!」


 マロンがそう唱えると絨毯が時計回りに動き、九十度曲がったところで回転を止めた。絨毯は角を上手く曲がり、そのまま直進を再開した。ホッとしたようなゼルレイシエルの声。


「ぶつかるかと思った……」

「このまま外を目指します。アリサさん」

「ちょっと待ってくれ……残り時間はあと十二分三十四秒」

「角の数は十四。次は左折」

「距離にして一キロだな」


 アリサはパソコンを取り出し、廊下の道筋を記録した地図などを開いた。アリサが時間を言う中、アルマスがその動体視力を使い、建物内で通って来た角の数を数える。抜け目なくタイマーをセットしているのを見てゼルレイシエルは驚嘆した。


「いつの間にそんなことしてたのよ……」

「ハッカーを舐めてもらっちゃ困るな」

「それ、ハッキング技術あんまり関係なくないか?」

「……」


 わざとらしくレオンの言葉に目を逸らすアリサ。そんな二人も乗せながら絨毯は加速を続ける。そしてその速度は、アルマスが獣状態で走る全速力での速度を優に超えていた。頭が弱いシャルロッテも何か思ったのか、マロンに不安そうに質問をした。


「は、速すぎじゃないのー?」

「リリアちゃん、シャルロッテさん、放出を一度止めて下さい!」

「わ、わかった」


 マロンの指示通りに放出を止めようとした瞬間、ゼルレイシエルが叫んだ。その脳裏に浮かぶのはマロンと二人で絨毯に乗って移動した時の事。


「駄目よ、加速を止めたら角を曲がれない!」


 だが時は既に遅く、火の粉のみが風に煽られ、わずかに燃える火を消しながら通った道で舞い踊り続けていた。強烈な熱を放つ爆炎も、轟々とどんな物でも吹き飛ばせそうな風も、もう姿も音さえも無かった。リリアが振り向いて言う。


「もう止めちゃったってば! そんなすぐに再開出来ないよ!!」

「駄目だ、ぶつかる!」


 加速こそ無くなったものの空気のみが抵抗する力となっているため、簡単に速度は落ちない。アリサが体力を使い果たしたゼルレイシエルに怪我を負わせない為に抱きしめた。それぞれが身構え、このまま激突するのか。という瞬間、不意にマオウが前方に身を投げた。両手を絨毯の前方に添え、足を壁の方へと。


「ぐっ……!!」


 マオウは全身をばねのようにし、その龍の筋力をもって急停止させた。

慣性が働き、前方に座っていたマロンの体が前方へと投げ出されマオウの背中に倒れこむ。さらにその上に他の花の騎士達もドミノのように倒れこんだ。


「ご、ごめんなさい!」


 体制を直したマロンとマオウは向かい合った。マオウは静かに怒りを孕んだ目で見降ろす。その背後では顔を真っ赤にしたゼルレイシエルにアリサが突き飛ばされていた。

 マオウは右手をマロンの頭に持っていき……額を軽く小突く。


「あうっ! ……え?」

しゃくだが、今はお前が一番の頼りなんだ。しっかりやれ」


 ポカンとマロンが見上げる中、マオウは舌打ちをしながら再び絨毯に乗る。マロンは茫然としていたが、気を取り直し頭を左右に振った。


「二人は先ほどの半分くらいの出力で放出してください。……できますか?」

「やってみる」「わかった」


 マロンは再び前を向くと一度深呼吸をし、決意を込めた目で前を睨んだ。


◆◇◆◇


 なんとか脱出でき、そのまま工場から出来るだけ離れるため森の上空を翔ける。やがて、空から確認できた開けた丘の上に着地した。

 ゼルレイシエルが怯えるように質問をする。


「た、助かったの……?」

「わからねぇ……爆発の規模にもよるが……だがここまでくれば大丈夫だと思う」


 八人の中で最も化学に詳しいマオウが答えた。勿論、地政学的な問題や建築学なども関わって来るであろうことから、確信が持てるわけはないのだが。

 それに続くようにアルマスがアリサに質問をした。


「爆発まであと何分だ?」

「残り……三分? いや、あと二秒!」


その次の瞬間大爆発が起こり、空へと大量の土砂と木々が舞いあがった。


「……あんなのに巻き込まれたと思うとゾッとするわ……」


 レオンの言葉に無言で頷く八人。大量の土砂が地面に降り注いでいるが、大きなものは彼らの場所に届いていない。だが、それは大きな塊の話であり、細かな土や砂は風に流されて八人を襲った。


「きゃっ!」「うわっ!」


 八人は手や服で顔を覆い隠し、砂塵から身を守ろうとした。数分後、やっと砂塵が飛ばなくなったことを触覚にて判断した八人は顔を上げた。


「うわ、最悪……汚れた……」「泥だらけ……」

「あ、ゼルシエ、肩に虫が」

「きゃっ! ……ちょっと! アリサ、冗談やめなさいよ!」


 八人とも全身泥、砂だらけになっていた。男性陣はそのまま地面に倒れこみ、女性陣は全身についた泥砂を嫌そうにはたき落しながら体を休める為に地面に座った。


「つかれた……」

「もう動きたくないでござる……ぐふっ!」


 レオンの言葉に続くように言ったアリサの台詞は、アルマスの寝返りと同期した手痛いツッコミをうける結果となった。


「もう寝たいけど……体汚い……」

「先にシャワー浴びてきたらどう?」

「そうする……」


 リリアはゼルレイシエルからカプセルを預かると、少し離れた場所で弱々しく地面にあげつけた。とはいえそもそもの筋力がかなりのものである為、結構な威力で叩きつけられた。中から出てきたのは縦と奥に長い茶色のボックス。少し砂を落としたあと、その中へと入っていった。

 七人はそれを見送る。


「しかし……こう疲れると温泉に入りたくなるな……」


 ふと漏れるマオウの若干年寄くさい発言。ゼルレイシエルがボソリと言った。


「そうね……全面的に同意するわ……」

「アリサ、このあたりに温泉って無いのか?」


 全身が疲労感に襲われ、汚れている状況ではマオウの言葉にその場にいる全員が頷いた。アルマスが再びアリサに質問をした。


「確か西の方にでっかい露天風呂があるらしいが……」

「今度行ってみましょうよ」

「あぁ……」


 気の抜けたような会話をする八人。そのまま仰向けに寝そべるマオウやアルマス、背中合わせで座っていたマロンやシャルロッテなどは眠り始めてしまった。レオンが呆れたような声を出す。


「マジかよ、寝やがった……」

「まぁ、シャワー入るときにでも起こせばいいじゃない」

「それもそっか……」


 そしてその少しあと、少し開けた丘の上。疲れのあまり、すやすやと眠る戦士達の息が聞こえてきた。あまりにも無防備な寝姿だが、周囲に機壊の姿は見られないのが幸いであろう。

 時刻は夕方。夏とはいえ風もあって、森の中は涼しく。花の騎士達は穏やかな表情で微睡んでいた。

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