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 空は叫んだ。


「魔法を使えよ! いや、違う! お前、なんだよその恰好! それにその姿! そんな幼い子の体に憑依するなよ!」


 クニツルは空の言葉を無視し、絶命しているサキュバスの元でしゃがむ。

 小さな手をサキュバスの額に当ててぶつぶつと口を動かす。


「クニツル!! 無視かよ!!」


 空はあきらめて、その場で大の字になった。


「……ふむ。これで契約は切れたな。あとは、空坊が起きるのを待つだけか」

「俺は起きてるだろ?」


 空は赤い空を見ながら言った。


 クニツルは空の顔付近に歩み寄る。


「空坊は現実世界で気を失っている。ここは夢の中だからな」

「――ちょ!? パンツ見えるからそこに立つな!!」


 クニツルは鼻で笑った後、その場に体育座りをした。


「この姿で空坊と話すのは初めてだな」

「そうだな。レイヤーさん」


 クニツルは難しい顔になった。


「最近はスマホの体に慣れ過ぎたのかもしれんな。この体では言葉を調べることもできん」

「……レイヤーってのは。コスプレを……んーと。アニメとかのキャラクター衣装を着て、扮してる人のことだよ。コスプレイヤー。略してレイヤー」


「ふむ」

「ルティの衣装なんてどっから持ってきたんだよ」


「ここは夢の中だ。想像すれば好きな衣装を着ることだってできる」

「ほんとかよ……」


 空は騙されたつもりで、想像してみた。

 しかし、着ている服は寝ていたときの部屋着のまま。


「空坊は強情だ。ときには相手を信じる心を持て」

「ぐっ…………。ところでクニツル。なんで格好はルティなのに、体は小さな女の子なんだ? ルティって高校生だろ?」


「これは俺様の本当の姿だ。まあ、髪はこのような色ではないがな」

「へー…………へ?」


 空は上半身を起こして、クニツルを凝視する。

 クニツルは首だけ回し、空を見る。


「なんだ? 俺様の体がどうかしたか? 変か?」

「いや。お前男じゃないのか……。自分のこと俺様って言ってるし。それに悪魔だよな!? ルティが好きな変な悪魔だよな!?」


「俺様がいつ男だと言った。見ての通り女だ。ルティたんは可愛いであろう。可愛いものは好きだ」

「な……。まじかよ。悪魔ってのはあそこでくたばってるやつみたいなのだと思ってた」


「あれは特別だ」

「そ、そうなんだ…………。クニツル。訊きたいことが沢山あるんだが」


「なんだ?」

「あの豚みたいなやつはなんだ? それに、さっきお前らがしてた会話。ここは夢なんだろ? もうなにがなんだか……」


「まあ順をおって話そう。さっきサキュバスの記憶を見たからな」

「…………サキュバス??」


「まあ聞け。そこの悪魔はサキュバスといってな、男の夢に入り込み子種を抜き取る悪魔だ。その子種を変化させてインキュバスに渡す。インキュバスは女の夢に入り込み子種を仕込む。仕込まれた女はサキュバスかインキュバスのどちらかを産む」

「似たような話は聞いたことあるな。小説とか漫画によく出てくる悪魔だし……」


「ふむ。まあそれだけならよかったのだが、そこのサキュバスは特殊だ」

「特殊……?」


「そうだ。普通は主を持たない悪魔なのだが、主を持って服従していた。……その主が椿沢涼子。お前の天使とやらだ」

「――な!?」


「椿沢という女は、男同士の恋愛小説に尋常じゃないほど溺れていたようだ。その愛は歪んでしまった。ゆえに心に隙が生まれたのだろう。サキュバスが入り込む隙が。そして不幸なことに、椿沢はサキュバスと意気投合してしまった」

「……んん? ってことは椿沢さんもサキュバスも腐女子だったってことか?? ――あ、腐女子ってのは男同士の恋愛が好きな女のことな」


「ふむ。まあそういうことだな。……それと空坊も知っているであろう。垂れ目と空坊の噂を。謎のイケメン君の噂。それから学校で出回っていた小説」

「まさか!?」


「そうだ。その小説を書いた部を作ったのが椿沢。そしていつだったかの屋上での出来事。空坊は椿沢の前で素顔を見せてしまった。椿沢は思ったはずだ。見つけた。と」

「待ってくれ!! じゃあ、俺と連絡を取ったり、家にきたり、弁当作ってくれたり、祭りにいったり……それは全部……」


 空は下を向いて頭を抱える。


「それは俺様も分からない。椿沢の記憶を深く見たわけでもないからな。どんな気持ちで空坊と接していたのかは分からない。それに、サキュバスの記憶では夕飯と弁当の準備を――」

「椿沢さんの髪からあのときの匂いがしたんだ!! そんなわけない。そんなわけない!!」


「落ち着け」

「…………俺はまた女に――」


「待て! 今回は全てサキュバスが悪い。女のせいではない! 川谷の嬢ちゃんを思い出せ!」

「か、かわたに……?」


「そうだ。空坊の好いておった女だ。いつも飯を作りに来てくれていただろう。俺様はあんな健気な女を久しぶりに見たぞ」

「かわたに……。知らない。俺はそんな人知らない」


「なにを言っておる?」

「本当に知らないんだ」


 クニツルは空の顔を見て分かった。空が嘘をついていないということが。

 顎に手を当てて考える。


「…………そうか。サキュバスに消されてしまったのか。女を想う気持ちと一緒に想い人も……」

「なんの話だ??」


「空坊。垂れ目のことを考えてみろ」

「はあ?」


「いいから言う通りにしろ!」

「わかったよ」


 空は目を瞑った。


「どうだ?」

「どうもこうも、春君の顔を思い出しただけでなんとも」


「垂れ目を愛しておるか?」


 空は目を開ける。


「いや。なんでそんな気色悪いことを……」

「ふむ」


 クニツルはまた顎に手を当てる。


 空は納得のいかない表情。視線はクレーターに倒れているサキュバスに向けられている。


「…………そういえば、クニツルって本当はなんて悪魔なんだ??」


 そのとき、二人の視界が揺らぎ始める。


「どうやら夢から覚めるようだな」

「え!? そうなの!?」


 空はクニツルの顔に視線を移す。

 クニツルの幼い顔がだんだんぼやけていく。


「俺様がなんという悪魔かと訊いたな?」

「うん」


 歪む世界の中、クニツルは立ち上がった。

 そして小さな拳を握り親指を立てた。その親指は、自身の顔に向けられている。


「俺様はクニツルだ!!」


 クニツルは笑いながらそう言った。


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