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椿沢は勢いよくリビングに入る。
「――げ!? 椿沢じゃん! なんでお前がここにくるんだよ?」
「また杏の知らない人……」
茶木はソファの上であぐらをかいたまま体を引いた。桃木は茶木の背中に隠れる。
茶木と桃木の姿を見た椿沢はぽっかりと口を開ける。
「桃木杏と茶木英里子……まさか金子南も!?」
椿沢はリビングを見渡す。
その後ろから空が入ってくる。
「こしみ!? ――金子南はいないようね。――空さん! あなたまさか不良グループの一員ですか? 思い返せば、屋上に桃木杏と一緒にいましたし」
椿沢は小清水を見て一瞬目を見開いたが、すぐに冷静を装う。
「いえ。……この状況は話すと長くなります」
空は料理をしながら食卓テーブルに座る椿沢に説明をした。クニツルのことは伏せて。
「記憶喪失かしら? ご両親が信用ならないのなら、わたしが明日病院に連れていきます」
「…………」
「それに妹さんがいるとはいえ、盛んな男女をひとつ屋根の下に一晩というのはいけません。今夜はわたしの家に連れていきます」
「……はい。それでしたら桃木先輩と仲良くなっておいた方がいいですよ。警戒心が強いというか、子どもっぽいというか……怯えるので」
テレビの前では桃木、茶木、小清水。そしていつのまにか降りてきた陸の四人がゲームで盛り上がっている。
椿沢は立ち上がり桃木の横に座る。仲良くなるためだ。
桃木は嫌がりながらもゲームに集中している。
空はそれを横目に料理の仕上げにかかった。
小清水は椿沢にコントローラーを渡して空の元にくる。
「あの椿沢って人さ、生徒会副会長だよな?」
「ああ」
「なんでお前んちにくるんだ? もしかして海山妹が言ってた違う女の人って……」
「…………」
小清水はニヤリとする。
「まあ、確かに似てるかもな。特にシルエットは完全一致だ。後ろ向きで並んだらどっちがどっちか分かんないな」
「…………」
「でもお前よ。切り替え早すぎじゃね?」
「なんの話だよ。誰と比べてるか知らんけど、勘違いもほどほどにしろ……椿沢さんは俺の天使なんだ……高校に入学したあたりからずっと」
「――うお!? 言うねぇ。俺ちょっと見直したわ。お前がそんなにハッキリと言える男だとは思ってなかったからよ」
「…………」
小清水は腕時計で時間を確認した。
「俺はそろそろ帰るけど大丈夫だよな?」
「う、うん」
「なにかあったらメール飛ばし……あ、お前いま連絡取れないのか」
「
空は家の電話番号を教えた。
小清水が帰る支度をしていると、茶木や椿沢も帰る支度を始めた。
茶木は空に声をかける。
「めんどくせーけど、うちも椿沢んち泊まるじゃん。桃っち心配だからさ」
椿沢が桃木に馴染めず、仕方なく茶木が同行することになったようだ。
こうして皆帰っていった。
リビングにポツンと残された陸は悲しそうな顔をしていた。
レースゲームのテレビ画面。
まだレース途中だが、四分割になっている画面。最終ラップなのか、せわしないBGM。
家で皆とゲームをして遊ぶというのは初めてのことである。
陸をいじめていた桃木と茶木。この二人がいてもさっきまでの時間は陸にとって楽しい時間だった。
「空ニィ! おなかすいたぁ」
「俺も」
その日の夜中。
ベッドで寝ている空はうなされていた。
あの悪夢を見ているのである。
空は夢の中で荒野にいる。
真っ赤に染まった上空。乾いた空気。植物などない赤土の地面。そして、大きな岩が所々に転がっている。
空は走っている。
醜い豚のような女性が追ってくるからだ。
空は思うように走ることができない。
目の前に岩がある。軽くジャンプすれば飛び越えられる大きさ。
空は足が引っかからないようにと、飛び越えるイメージをする。
空はタイミングをはかってイメージどおりに飛んだ。――はずだった。
つま先が岩に当たり大きく転倒する。
早く立たなければと脳が指令をだす。しかし、焦れば焦るほど手足がもたついて、思うように動いくれない。
女性はついに空の元へ追いつき、上乗りになった。
目ヤニで埋まったような目。髪が所々抜け落ちた頭。肉が腐り落ち、骨が見えている肩。
裂けたような口からドロリと赤黒い唾液が滴る。
その唾液が空の頬にぬちゃりと垂れた。
「うわぁぁーー!!!!」
空は大声とともに目が覚めた。
街灯の明かりでうっすらと照らされる部屋。
夢と理解し安堵する空。
汗によりぐっしょりと濡れた背中。
「空ニィ!!」
陸の大きな声とともに扉が開く。
「空ニィ! どうしたの!? 大丈夫!?」
「……なんでもない。変な夢を見ただけだ」
空はぼそりと言った。
陸はきょとんとした顔である。
「――変な梅??」
「夢! ゆ、め!」
「あー! 夢ね。変な夢ね。どんな梅干しを見たらあんな大声出すのか想像しちゃったじゃん」
「…………」
「そういえば昨日の朝もそんなこと言ってシャワー浴びてなかった?
「
「そうかも。ダイス持ってくるね」
「まてい! やらんでいい!」
海山家は平和であった。
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