44
加藤は生きている。
ただ恐怖から体が震え『ごめんなさいごめんなさい』と何度もつぶやいている。
小清水と竹田は空と向かい合い微動だにしない。
少しでも動けば空の竹刀が飛んでくる。そんな気迫が伝わっているからだ。
鞄からクニツルを救出した湊。
「亜樹の嬢ちゃん。すまんが体を貸してくれんか?」
「え!? どういうこと?」
「そのままの意味だが? 空坊は貧弱な男とばかり思っていたが、まさか侍だったとはな。あの立ち姿。昔を思い出す。
垂れ目の小僧など赤子のようなものだ。止めるには俺様が出るしかない。そうは思わぬか?」
「――ええ!?」
「ただ、このこんにゃくの体では張り合いがつかん。だから嬢ちゃんの体を貸してくれんか?」
「まさか。この前みたいに乗り移るってこと!?」
「さよう」
「でもそれは約束で禁止って言ってなかったかしら?」
「そうだが。そんなことも言っておれんだろう? 空坊からはただならぬ気迫を感じる。この時代の侍も昔と変わらんのだな」
湊は悩む。
そのとき悲鳴が上がった。
竹田である。
「ちょちょちょー! 怖い怖いです! あっぶなー!」
空が竹刀を振り下ろしたのだ。
湊は決心した。
「クニツル! 分かったわ! 私の体を使って! ――でも、傷つけないでよ?」
「感謝する。そして安心せい! 侍など何人も相手にしてきたからな。では俺様を嬢ちゃんの額につけてくれるか」
湊は恐る恐るこんにゃくを額につけた。
するとこんにゃくから光が放たれ、すぐに消えた。
湊の腕はだらりとさがったかとおもうとすぐに力が入る。
クニツルの乗り移りが完了したのだ。
クニツルは
そして、湊の体の感覚を確かめるように手足を軽く動かした。
「ふむ。なかなか上質な体であるな。女にしては動きやすい」
その場でぴょんぴょんと跳躍をし、空の方へ向かう。
「垂れ目の小僧と
小清水は横目でクニツルを見た。
「――な!? 亜樹ぃ? ――じゃないのか? 口調がクニツルだな」
「察しが良いな。約束は破ってしまったが仕方がないだろう?」
「ああ。でも、今の海山はなんかやべぇぞ? 完全にキレちまってる」
「容易い。任せておけ!」
「おいクニツル! その体に傷つけたら絶対に許さねえからな!」
「分かっておる」
クニツルはゆっくりと空に歩み寄る。
空はじりじりと下がる。
クニツルは構えなどとらずただ歩み寄っていく。
しかし空は打ち込めない。ただただ下がる。
空はこの感覚を知っていた。
道場に通っていたときの記憶。道場の先生と同じ気配。目の前の
「どうした空坊。打ち込んでこい。そのようなおもちゃでこの俺様は倒せんがな」
「――ぐっ」
「しかし、緊張感がないな。真剣であれば一瞬の気のゆるみで腕を飛ばされるというのに」
クニツルはさらに寄っていく。
空は焦りから咄嗟に面打ちを繰り出す。
「うわぁぁぁぁ!」
「――フン!」
一瞬の出来事だった。
空の振り下ろした竹刀は真っ二つに割れて飛び散った。
「――なっ!?」
クニツルが回し蹴りをはなったのだ。すさまじい速度の回し蹴りを。
さらに、湊の体を傷つけないようにローファーの踵部分、最も厚い部分で竹刀を蹴り割った。
空はがむしゃらに、短くなった竹刀を振り下ろした。
「甘い!」
パシンと乾いた音が河川敷に響いた。
空は振り下ろした体制のまま固まっている。
クニツルは片膝をつき両手で竹刀を挟むように止めていた。
「真剣白刃取り。生で見たのは初めてであろう? まあこれは竹刀だがな。フフフ」
「ぐっ!」
空はそのまま力を入れるがビクともしない。
「そして空坊。許せ」
「――がはっ」
クニツルは目に見ない速さで空の腹を拳で突いた。
空はそのままうずくまる。
「小娘のために頑張るのはいいが。ちとやり過ぎたな、空坊よ」
「ぐ…………」
空は意識を失った。
クニツルはそのまま鞄の元へ戻る。
「垂れ目の小僧。後は任せたぞ。俺様はこんにゃくに戻る。亜樹の嬢ちゃんはしばらく意識を失ったままだが……破廉恥なことはするなよ」
あまりの凄技に小清水は言葉を失っていた。
「おい垂れ目!」
「――あ。わ、分かった」
クニツルはこんにゃくに戻り動かなくなった。
「ふう。なんとかなって良かったですね」
「あ、ああ。そうだな」
竹田は自分の鞄から手紙とペンを取り出した。
「さあ。驚いてばかりではいけませんよ。最後の仕上げです」
竹田は加藤の元へ行く。
「加藤先輩」
「ひい!? ごめんなさいごめんなさい」
竹田は気にせず加藤の体を調べる。
「これは相当まいってるようですね。怪我は打撲程度ですんだみたいですが。よく聞いてください先輩。今日のことは口外はしないこと。
言いふらしたらそこのイケメン君お兄ちゃんがまた襲ってきますよ? 嫌でしょう?」
「わかった。言わない。言わない。ごめんなさい。ごめんなさい」
「それとこの手紙に書いてください。海山さんを呼び出す手紙です。言ったとおりに書いてくださいね」
「わかった。はっ――さっきお兄ちゃんて言ったか!?」
「そうですよ。彼は海山陸の兄です」
「そうか。だからこんなに……わかった。わかった。書く、書くから許してくれ」
竹田の言う言葉を加藤は震える手で手紙に書いていく。『明日の放課後グラウンド裏の旧物置に来い』と。
そして、端の方に小さく助けを求める文を書こうとした。『私たちは兄に殺される』と。
しかし『私たちは兄に』まで書くと竹田が手紙を取り上げた。
竹田は、この小さな助けの文には気づいていない。
そのまま封筒に入れる。
「手紙はこれでオッケーです。最後に。30日の放課後旧物置に行ってください。そこであなたたちは髪を真っ黒にしてもらいます」
「な!?」
「そこには海山陸がきます。なので彼女にきちんと謝罪をし、更生のために髪を黒くしてください。染粉はあらかじめ置いておきますので」
「――嫌だ!」
「なら今すぐお兄ちゃんを叩き起こして。私たちは帰りますね」
「わかった、やめてくれ! 起こさないでれ! きちんと謝るから! 髪も黒くする!」
「分かっていただけて幸いです」
こうして『
空たちの出番は終わりを迎えた。
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