38

 勝負が始まってから20分が過ぎた。


「あははは。魔女なんて名前のくせにめっちゃ弱っちーじゃん!」

「…………」


 二人はテーブルを挟んで座っている。

 中央に置かれているボードゲーム。これは10種類のボードゲームがセットになているおもちゃ。

 付属の盤を取り換えることで様々なゲームを遊ぶことができる。


 今はオセロの盤が敷かれ、勝負がついたところ。

 九割以上を占める白色の石。


「これでミナミの一勝。あははは。あと二回勝てばなんでも言うこと聞いてくれるんだよね? あははは」

「……次は私がゲームを決める番ね」


「ま。なんでもよゆーだけどね。あははは」

「じゃあ、将棋にしましょう。ゲームを選んだ方が後攻だから、次はあなたが先攻よ」


「えー。将棋は時間かかるじゃんか! ミナミお腹空いてきたし早く終わらせたいのに」

「へー、そんなこと言っちゃって。もしかして将棋は苦手なのかしら?」


「あははは。そんなことないよ? バカにしないでよね」

「そう。じゃーやりましょう」


 黄色マスクが金子に挑んだこの勝負。

 ルールは、お互いに10種の中から好きなゲームを選び、先に三勝した方が勝ち。三勝した者は、敗者に一つだけなんでも命令することができる。


 一戦目は金子が選んだオセロ。結果は金子の勝利。


 金子はとても強かった。

 黄色マスクは事前に竹田から知らされていたが、それをはるかに超える強さ。


 竹田が黄色マスクに伝えた情報。

 金子南は金子商店の娘ということ。金子商店は老舗のおもちゃ屋ということ。

 金子商店で毎年開かれている、中学生以下を対象としたボードゲーム大会。その大会で六年連続チャンピオンが金子南であること。

 将棋や囲碁をきちんとやっていれば将来プロも夢ではないと噂されていたこと。

 

 黄色マスクが勝てるわけなどない相手。


 盤が将棋に変えられ、二人は駒を並べ終える。


「じゃあすぐに終わらせるね。あははは」


 金子は『2六』と飛車前の歩を上げた。


 黄色マスクは驚く。『2六歩』に驚いたのではない。

 竹田が言った通り『2六歩』と指してきたことに驚いたのだ。


「2六歩かー。ふーん。…………じゃあ私は、さん……よん、で」


 黄色マスクは竹田に言われた通り・・・・・・・・・定石で指していく。

 指し方はぎこちない。マスを確認するように数えながら指す。


 30分が過ぎる。


 オセロでは完敗だった黄色マスクは、将棋になったとたん負けじと善戦している。

 金子は思わぬ強敵に爪をかじる。


「魔女めー! なかなかやるなぁ……」

「ま、まあね! 将棋は、と、と、得意なの」


 金子の長考する頻度が増えてくる。

 しかし、黄色マスクは一分かからずに指していく。


「――ぐっ」


 金子の表情は険しい。脳は煮えたぎるほどにフル回転している。


 一方黄色マスクは、なにも考えていない。

 マスクの中の表情は涼しげである。なぜなら。


『次は7六に桂馬を打ってください。王手って言うの忘れないでくださいね』


 黄色マスクで外からは見えていないが、耳元にはイヤホンがかけられている。

 そこから聞こえる竹田の声。


 黄色マスクは竹田に言われた通り・・・・・・・・・に指していく。


 この特別教室棟の反対にある教室棟の屋上。

 そこには双眼鏡とスマホを持つ竹田。横にはノートパソコンが置かれている。


 パソコンの画面は、左側に棋譜がずらりと書かれている。中央部は将棋盤が表示されていて、盤面は金子と黄色マスクの盤面と同じ。

 これは将棋の人工知能ソフトである。

 さらにSNSのチャット画面なども別タブで表示されている。


 竹田は双眼鏡を使い、向かい校舎にある二人がいる教室を監視していたのだ。 

 黄色マスクに棋譜を読ませていたのは間違いをしないため。

 グループ通話になっているスマホで黄色マスクと竹田はずっと通話状態。


 そして、竹田が監視していたのはその二人だけではない。


 竹田は特別教室棟の屋上に視線を移す。


 そこには30分以上前からずっと床に座り込む桃木の姿。

 腰が抜けたように内股で座り、腕は力なくだらりとさがっている。顔は緩み天を向いたまま。口からは唾液が垂れ、焦点も合っていない。 


 竹田は双眼鏡を黄色マスクに向けた。

 


 時間は進み空も暗くなってきた。

 黄色マスクの戦いは終わりに近づいている。


 二戦目の将棋は黄色マスクが勝利。

 三戦目は金子が選んだ囲碁。これも竹田のパソコンとSNSを通じた助言を使い勝利。これで黄色マスクの二勝一敗。

 

 そして黄色マスクが四戦目に行うゲームを告げようとしたそのとき。


 金子はパタリと椅子から落ちて力尽きる。

 黄色マスクは慌てて駆け寄る。監視していた竹田も焦る。


「金子先輩!? 大丈夫ですか!?」


 金子は震える手を伸ばし、黄色マスクに告げる。


「――勝負は、ミナミの負けでいい。あはは……」

「なんでですか!? それより体調悪いんですか!? 今保健室に連れていきますね」


 黄色マスクは金子を担ごうとした。しかし、金子はそれを止める。


「違うの――お腹空いてたのに頭使いすぎたから。あは……。ご飯が……お腹が――」

「え!? お腹空きすぎて倒れたんですか!?」


 金子はコクリと頷いた。


 黄色マスクは安堵した。


「辞典君! 聴こえてたでしょ? 至急食糧を調達してここに持ってきて!」

『りょ、了解です!』


 こうして黄色マスクの戦いはあっけない勝利で終わった。


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