32
怒りの中登校した空は教室に入る。
登校してきている六班メンバーは湊亜樹が一人。
空は湊の後ろを通り自分の席に着く。
湊は空の気配を感じ、すぐさま読んでいた
小説には布製のブックカバーがつけられている。
空と湊は二人きりのときは殆ど話さない。小清水か川谷が間に入れば話すこともあるが、お互いに進んで話すことはない。
しかし、今日の空は違った。
「湊さん」
空が体を向け湊に声をかけた。
湊は驚き、持っていた小説を空中に放ってしまう。二三度トスをしたあと手に無事収まる。そして神速の如く小説を鞄に
「――な、なに? 海山君? み、見た?」
空はその回答を出さず、真っすぐとした目で訊いた。
「湊さんは三年生に知り合いとかいる?」
湊は空の真っすぐな目を見て、まじめな話しをしてきていると気づく。
「三年生? サッカー部の先輩ならなん人かいるかも」
「その先輩にオレンジ色の頭をした人はいる?」
「オレンジ色の頭!? いないと思うけど……でも、もしかしたら高校入ってから染めた可能性もあるか」
湊は視線を上にし首をかしげながら言った。
「今すぐ分かったりしない?」
「んー。私は三年生とはそんな仲良くなかったから微妙かも。春の方が知ってると思うよ」
すると湊の後ろから声が上がる。
ちょうど登校してきた小清水の声。
「俺がなにを知ってるって?」
「あ、春。おはよう。ちょうど良かった」
湊は小清水に内容を話して訊いた。
しかし、この高校に通っている中学時代の先輩に、オレンジの頭はいないと言う。
空は逆に訊いてみた。
「それじゃあ、三年生のオレンジ頭の先輩を知ってる?」
二人は首をかしげた。
「ごめん。今の話は忘れてくれ」
そこに新たな声が下から聞こえた。
声の主は匍匐で空たちの間にいる。特徴的な髪。辞典君こと竹田である。
「海山君。聞かせてもらいましたよ。オレンジ頭の三年生と言えば恐らくあの人でしょうね。
竹田の独特な登場で三人は少し引いた。
「加藤……京祐」
「そうです。しかし、どうしたのです? 不良グループの一人になにか用でも? ――もしや! なにかされたのですか?」
空は苦い顔をした。湊は竹田の言葉を真に受け手で口を覆う。小清水はだらしなく足を延ばし、腰で座っている。
「いや……。なんでもない。名前を教えてくれてありがとう」
空は立ち上がり教室から出ようとする。すると、登校してきた川谷とすれ違う。
「海山君おはよう」
「ああ」
空は教室を出た。
川谷は空の冷たい態度に頬を膨らませた。
空は教室を出たのだが行く当てもない。ただあの場から逃れたかったのだ。
これは自分と陸の問題で周りを巻き込みたくない。そういった気持ちが空の足を動かしていた。
空はとりあえずトイレに入った。個室で便器にかける。用を足したいわけではない。
そして考える。
――今のところ加藤先輩が陸に告白した相手だろう。そして辞典君が言っていた不良グループという単語。
登校中にクニツルから聞いた三年女子三人組、特徴は皆髪を染めているということだ。ピンクに茶に金。
これも辞典君なら知っているだろうか。
どうやっていじめを止めさせる。そもそもなぜ上級生がちょっかいを出してくる。陸がなにかしたのか。
知っている範囲で予想できるのはやはり『告白を断ったこと』か。
情報が足りなすぎる。
陸に直接訊いてみるか。……いや、陸はこういうことは話してくれない。シラを切られるだけだ。
目を瞑り考えていた空の耳に予鈴が入ってくる。
空は個室を出て教室へ戻った。
****
帰りのホームルームが終わり、放課後。
空はクニツルを頼ることにした。陸の記憶をもう一度見てもらうのだ。
朝は短時間だったので、クニツルも深くは入り込んでいない。
空は陸のいるD組へ向かうために立ち上がり、教室の出口へ向かう。
しかし空は服を引かれた。
引いたのは川谷。頬を膨らまし険しい眉。
「海山君。……怒るよ」
「…………」
空は下を向き黙る。
「今日の海山君はなにか変だよ? 休み時間も全部どっかに行っちゃうし」
「…………」
空は休み時間全てトイレにこもり、考えごとをしていた。
「それに聞いたよ。三年生のこと聞いてたんでしょ? 辞典君は不良って言ってたよ。その人って陸ちゃんに告白してきた先輩だよね?」
「……これは俺と陸の問題だ」
川谷は拳を構えた。
「グーパンチだよ?」
「…………」
「なにかあったんだね。最近陸ちゃん下に降りてこないのもそのせいでしょ? 元気もないし。海山君話して。」
「……だめダッフゥ――」
空はビンタされた。
そして過った。なぜグーじゃないんだ。と。
川谷は再度拳を構えた。
「グーパンチだよ? 話して」
「いや。ビンタじゃん。今のビンタじゃプフッ――」
またビンタされる。
川谷は再度拳を構える。
「グーパンチだよ? ……私たち友達だよね? 海山君は友達になにかあったら心配じゃないの? 小清水君と亜樹ちゃんのときだって、心配だったから追いかけたんでしょ?」
「…………」
いつの間にか周りに集まってきている六班メンバー。
小清水は空に肩を回す。
「友達にはなんでも言えよ。お前には亜樹との件で借りがあるしな」
小清水の発言に湊は頷き、空を真っすぐ見る。
「そうですよ海山君。事情は知りませんが、この辞典君こと竹田満。情報収集には自信があります」
竹田はスカしたポーズで空に言った。
空は目を丸くした。
川谷は友達だと自覚があった。しかし、他のメンバーとは友達になってくれと交わしていない。
なのに皆空と友達だと言っている。空はこのことが信じられない。
川谷は空の手を取る。取っていない方の手は拳のまま。
「さあ。グーパンチ? 話す?」
空の目に涙が浮かぶ。しかし、分厚い眼鏡によって皆には見えない。
「……分かった。俺の話しを聞いてくれ」
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