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 怒りの中登校した空は教室に入る。


 登校してきている六班メンバーは湊亜樹が一人。

 空は湊の後ろを通り自分の席に着く。

 湊は空の気配を感じ、すぐさま読んでいた小説・・をぱたりと閉じた。

 小説には布製のブックカバーがつけられている。


 空と湊は二人きりのときは殆ど話さない。小清水か川谷が間に入れば話すこともあるが、お互いに進んで話すことはない。

 しかし、今日の空は違った。


「湊さん」


 空が体を向け湊に声をかけた。

 湊は驚き、持っていた小説を空中に放ってしまう。二三度トスをしたあと手に無事収まる。そして神速の如く小説を鞄に隠した・・・


「――な、なに? 海山君? み、見た?」


 空はその回答を出さず、真っすぐとした目で訊いた。


「湊さんは三年生に知り合いとかいる?」


 湊は空の真っすぐな目を見て、まじめな話しをしてきていると気づく。


「三年生? サッカー部の先輩ならなん人かいるかも」

「その先輩にオレンジ色の頭をした人はいる?」


「オレンジ色の頭!? いないと思うけど……でも、もしかしたら高校入ってから染めた可能性もあるか」


 湊は視線を上にし首をかしげながら言った。


「今すぐ分かったりしない?」

「んー。私は三年生とはそんな仲良くなかったから微妙かも。春の方が知ってると思うよ」


 すると湊の後ろから声が上がる。

 ちょうど登校してきた小清水の声。


「俺がなにを知ってるって?」

「あ、春。おはよう。ちょうど良かった」

 

 湊は小清水に内容を話して訊いた。

 しかし、この高校に通っている中学時代の先輩に、オレンジの頭はいないと言う。


 空は逆に訊いてみた。


「それじゃあ、三年生のオレンジ頭の先輩を知ってる?」


 二人は首をかしげた。


「ごめん。今の話は忘れてくれ」


 そこに新たな声が下から聞こえた。

 声の主は匍匐で空たちの間にいる。特徴的な髪。辞典君こと竹田である。


「海山君。聞かせてもらいましたよ。オレンジ頭の三年生と言えば恐らくあの人でしょうね。加藤かとう京祐きょうすけ先輩」 


 竹田の独特な登場で三人は少し引いた。


「加藤……京祐」

「そうです。しかし、どうしたのです? 不良グループの一人になにか用でも? ――もしや! なにかされたのですか?」


 空は苦い顔をした。湊は竹田の言葉を真に受け手で口を覆う。小清水はだらしなく足を延ばし、腰で座っている。


「いや……。なんでもない。名前を教えてくれてありがとう」


 空は立ち上がり教室から出ようとする。すると、登校してきた川谷とすれ違う。


「海山君おはよう」

「ああ」


 空は教室を出た。

 川谷は空の冷たい態度に頬を膨らませた。


 空は教室を出たのだが行く当てもない。ただあの場から逃れたかったのだ。

 これは自分と陸の問題で周りを巻き込みたくない。そういった気持ちが空の足を動かしていた。


 空はとりあえずトイレに入った。個室で便器にかける。用を足したいわけではない。


 そして考える。

 ――今のところ加藤先輩が陸に告白した相手だろう。そして辞典君が言っていた不良グループという単語。

 登校中にクニツルから聞いた三年女子三人組、特徴は皆髪を染めているということだ。ピンクに茶に金。

 これも辞典君なら知っているだろうか。

 どうやっていじめを止めさせる。そもそもなぜ上級生がちょっかいを出してくる。陸がなにかしたのか。

 知っている範囲で予想できるのはやはり『告白を断ったこと』か。

 情報が足りなすぎる。

 陸に直接訊いてみるか。……いや、陸はこういうことは話してくれない。シラを切られるだけだ。


 目を瞑り考えていた空の耳に予鈴が入ってくる。

 空は個室を出て教室へ戻った。


****


 帰りのホームルームが終わり、放課後。

 空はクニツルを頼ることにした。陸の記憶をもう一度見てもらうのだ。

 朝は短時間だったので、クニツルも深くは入り込んでいない。


 空は陸のいるD組へ向かうために立ち上がり、教室の出口へ向かう。


 しかし空は服を引かれた。

 引いたのは川谷。頬を膨らまし険しい眉。


「海山君。……怒るよ」

「…………」


 空は下を向き黙る。


「今日の海山君はなにか変だよ? 休み時間も全部どっかに行っちゃうし」

「…………」


 空は休み時間全てトイレにこもり、考えごとをしていた。


「それに聞いたよ。三年生のこと聞いてたんでしょ? 辞典君は不良って言ってたよ。その人って陸ちゃんに告白してきた先輩だよね?」

「……これは俺と陸の問題だ」


 川谷は拳を構えた。


「グーパンチだよ?」

「…………」


「なにかあったんだね。最近陸ちゃん下に降りてこないのもそのせいでしょ? 元気もないし。海山君話して。」

「……だめダッフゥ――」


 空はビンタされた。

 そして過った。なぜグーじゃないんだ。と。

 川谷は再度拳を構えた。


「グーパンチだよ? 話して」

「いや。ビンタじゃん。今のビンタじゃプフッ――」


 またビンタされる。

 川谷は再度拳を構える。


「グーパンチだよ? ……私たち友達だよね? 海山君は友達になにかあったら心配じゃないの? 小清水君と亜樹ちゃんのときだって、心配だったから追いかけたんでしょ?」

「…………」


 いつの間にか周りに集まってきている六班メンバー。

 小清水は空に肩を回す。


「友達にはなんでも言えよ。お前には亜樹との件で借りがあるしな」


 小清水の発言に湊は頷き、空を真っすぐ見る。


「そうですよ海山君。事情は知りませんが、この辞典君こと竹田満。情報収集には自信があります」


 竹田はスカしたポーズで空に言った。


 空は目を丸くした。

 川谷は友達だと自覚があった。しかし、他のメンバーとは友達になってくれと交わしていない。

 なのに皆空と友達だと言っている。空はこのことが信じられない。


 川谷は空の手を取る。取っていない方の手は拳のまま。


「さあ。グーパンチ? 話す?」


 空の目に涙が浮かぶ。しかし、分厚い眼鏡によって皆には見えない。


「……分かった。俺の話しを聞いてくれ」


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