31
山に帰るカラスの声がこだまする。
オレンジ頭の三年生から聞かされた話で陸は泣いていた。
陸はしばらく体育座りのまま啜る音を出した。
そして心が落ち着くと立ち上がり、にやりと口角を上げた。
「さぁ先輩。始めようか……血祭ならぬ
数分前まで涙を流していたことを疑う表情。金髪の美少女と噂された程の容姿は欠片もない。
瞳からは光さえ失われている。
引き千切るように開けられていくカラー剤の箱。
不気味な笑い声と共に混ぜられていく一剤と二剤の液。
ヘアカラー用の刷毛などない。混ぜているのは手だ。それは、少しずつ酸化し臓物を思わせる色へと変色していく。
ぬちゃりぬちゃりと音が鳴る。
おぞましい光景。三年生たちは身を寄せ合い震える。
するとピタリと手を止めた陸がゆっくりと口を開く。
「さぁ。混ざったよ。誰からいこうか……」
旧物置内。山に帰るカラスの声と悲鳴、歓喜、絶望がこだました。
そして。
この高校に新たな七不思議が生まれた。
グラウンド裏にある旧物置。そこには一本の水道がある。そしておぞましい化け物がいる。と。
第一発見者は一年生野球部員の一人である。
この彼は学校の外周を一人走っていた。初めての部活動で体力がまだついていないのだ。
他の部員はノルマをこなし、違う練習メニューを始めている。
彼はグラウンド裏の辺りに差し掛かると不気味な声を耳にした。
悲鳴に近い声。しかし笑っているようにも聞こえる。
彼は不思議に思ったが、気にしている余裕はなかった。
部活が終わり空はもう暗い。照らしているのはグラウンドの照明と、学校の外周にぽつぽつとある街灯。
彼は先輩に頼まれた。
壊れてしまったティーバッティングスタンドを旧物置に置いてきてくれと。
彼は喉が渇いていたが、先輩に逆らってはいけないと思い、先に運ぶことにした。
旧物置の前に着いた彼はランニングをしていたときのことを思い出す。
恐る恐る引き戸を開け中に入り電気を点けた。
中には古くなった様々な物が置いてあり、それ以外はなにもない。
彼は適当な場所にスタンドを置き物置をでた。
そのとき、一本の水道が目に入る。
地面から伸びる一本の水道。台になっているわけではなく、ただ鉄パイプが刺さっているような見た目の水道。
彼は喉が渇いていた。
丁度良かったと思った彼は水道に歩み寄る。しかし、近づくにつれて違和感を覚える。
匂い。鼻を刺すような刺激臭。
彼は気にせず水道の前まできた――しかし。
ずちゃりと地面が音を立てた。
彼の踏んだ地面はなぜかぬかるんでいた。
暗い中彼は目を凝らし地面を観察した。そして顔を近づけるにつれキツくなってくる刺激臭。
水道を中心に大きな水溜りになっていることが分かった。
それでも彼は気にせずに水を出して喉を潤した。
戻ろうと踵を返したそのとき。彼はぬかるみに足をとられ派手に転ぶ。
着ていた真っ白なユニフォームは全身がぐっしょりと濡れてしまう。
彼はやってしまったと思いながらも、そのまま皆の元へ戻っていく。
ユニフォームは汚れて当たり前。このあと着替えるし問題ない。と。
しかし部室に着いて事態は急変した。
明るい部室内。
彼のユニフォームはどす黒い紫に染まっていたのだ。
そして放たれる刺激臭。
こうして学校の七不思議『旧物置の呪われた水道』が生まれた。
****
時は空がクニツルから陸の記憶を聞いている5月25日。
陸は友達との待ち合わせで早くに家を出た。
リビングで空は息を飲みクニツルに尋ねていた。
「大丈夫だ。話してくれ」
「時間が少なすぎて少ししか見れんかったが。どうやら学校でいじめを受けているらしいな」
空はうつむいた。
「見えたのは女が三人。髪色は派手だな」
「女……名前とかは分からないのか?」
「分からん。ただ、お前たちが学校で着ている服を着ている」
「そりゃ学校でいじめられているならそうだろ……。待てよ、ここについてたリボンは何色だ?」
空は首元を指し訊く。
「三人とも緑だ」
「……三年生か。でも、なんで三年生にいじめられるんだ。陸は上級生と絡みがあるのか?」
「そこまでは分からなかった。見えたのは、小娘がその連中に黒い液体を掛けられて笑われているところだ。
小娘は掛けられた髪の毛をトイレで必死に洗っていた。……泣いていたぞ」
空は顔をしかめる。
「この前小娘は告白されたと言っていなかったか? それとなにか関係があるかもしれんぞ」
空は拳を強く握る。爪が食い込むほど強く。
「そうかもしれない。三年生って言ってたしな。まずは色々調べてみないと分からないな」
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