約束を果たすための五分間

Roko(ろこ)

約束を果たすための五分間

 私と彼の間には苺のケーキ。私の大好物だ。

 それを見つめる私に彼は満面の笑みを向けていた。私の大好きな笑顔だ。

「あと、五分」

 今の時刻は二十三時五十五分。

 あと、五分で私は十代の少女から、二十代の女性に生まれ変わる。

「やだなぁ」

「ワガママだな。子供みたいだぞ」

「まだ十九歳だから、子供みたいなものよ。神様って残酷ね」

 私は蝋燭を睨みつける。

 その蝋燭の炎に照らされながら彼は困ったように笑う。

「僕は神様に感謝しているよ」

「何で?」

「君と出会えたから。これは神様からのプレゼントだ」

「悲しくないの? 今日が終わること」

「僕は満足している。君が二十歳になる瞬間に立ち会うことが出来たから」

 なんで、彼は優しい笑みを浮かべるのだろう。

 カチカチという時計の音が響いていた。

 やめて、その音を鳴らさないで。

 私を二十歳にしないで。

「嫌だよ」

 私はまだ少女でいたい。

 彼に微笑みかけて貰える女の子でいたい。

 それなのに、

「笑って」

 彼は、そんなことを言うのだ。

「無理だよ、笑えない。嬉しくないのに、笑えないよ」

「僕は君の笑顔が好きだから。君がステキな笑顔で二十歳を迎える瞬間を見たいんだ。お願いだよ」

 その微笑みは卑怯だ。

 いつも彼は私に優しく笑いかけて、お願いするのだ。

「…………わかった」

 そんな彼が大好きだから、大好きな彼を喜ばせたくて私は、口端を上げて笑った。

 ダメ、上手く笑えない。

 顔を引きつらせる私に、彼は小首を傾げて微笑む。

「僕は君の手料理が好きだった。黒焦げで苦いけど、それが君の味だから……大好きだったよ」

「頑張りすぎて、焦がしちゃったんだよね。ごめんね」

 真っ黒な野菜炒めを彼は笑いながら平らげてくれた。

「うん」

「私も好きだよ、大好きだったの……その素敵な笑顔が」

「ああ、その笑顔。僕が一番好きな、君の笑顔だ。ありがとう……誕生日おめでとう」

「うん、ありがとう」

「さぁ、蝋燭の火を消して。お願い」

 彼は卑怯だ。その笑顔でお願いされたら、私は断れないのに。


「……私のワガママにつきあってくれて」


 私は蝋燭に息を吹きかける。

 微かに彼の口元が動いた。


“が ん ば れ”


 そう言っていたような気がした。


 あっけなく炎は消えて、部屋の中は真っ暗に染まる。

 電気をつけた私の目の前にはケーキがひとつ。

 その先には、微笑みを浮かべた彼の写真が飾られていた。


 一年前、私と彼は付き合い始めた。

 そして、二十歳の誕生日を一緒に祝うことを約束したのだ。だけど、半年前に彼は交通事故で他界してしまった。

 その日から私は半年間、家の中に閉じこもっていた。


 私は神様にお願いしたのだ。

「彼との約束を果たしたいの」

 ……と。

神様は私の願いを聞き入れてくれたのだ。


二十歳になるその瞬間まで写真の中の彼と言葉を交わすことが出来た。


 私はもう少女ではいられない。

 彼の死を嘆くのはここまでにしよう。

 “がんばれ”と彼は言った。

 だから、私は前を向く。


「がんばるから、ね」


 私は写真の中の彼に笑いかけた。

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約束を果たすための五分間 Roko(ろこ) @rokoron

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