狐ノ章

 千景は、シンツーを処理した後、すぐに、操られていた女の子達の死体を、これ以上傷つけないように、一人一人丁重ていちょうに扱い、床に一列に並べた。


 シンツーの死体が、炎獄猿達に、骨まで食われて消えてしまったことで『トライセラトリス』の情報をこれ以上手に入れるのは不可能になったが、このゴルビスの悪趣味な倉庫は『トライセラトリス』にとっても最重要の防衛ポイントであるに違いなかった。それなのに、ここには侵入をはばんだり、侵入者を知らせる結界や、シンツーが、倉庫に侵入している千景のことを面と顔を合わせるまで、存在を、認識出来ていなかったことをかんがみれば『トライセラトリ』という組織は、その程度のレベルと能力者の集まりだろうと、千景は考えた。


 ただそれは楽観的な見方であることも否定できず、この狭い空間を守護することに適したスキルを持つ、眷属けんぞくNPCの妖狐のシャッコとビャッコを呼ぶことにした。


呼ばれた白狐びゃっこが開口一番


主様あるじさま、おひさしぶりでございます、あまり私達のことをお呼びいただけないので寂しくしておりました。ねえ赤狐しゃっこ


「そうですよそうですよ、呼ばれたと思ったらこんな辛気臭しんきくさいいところで、私のこの格好、場違いすぎじゃないですかー、これご主人がやったんですか? ご主人にこんな趣味があったとは白狐姉びゃっこねえ


「幻滅です」


「そんなわけないだろ、その前にちょっと確認したいことがある」千景の長年の夢が、叶う時が、今まさにすぐそこにあった。妖狐のたおやかな尻尾をもふもふするという夢が、だが……あれっ……ない……尻尾がなかった。


「お前達尻尾はどうした?」


「この服を着せられるときに、邪魔だからって削除したのをお忘れですか主様、ねえ赤狐」


「そうそう、水着には邪魔だー、メイド服にありえないーとか、どなたかがいっていたような、犬犬様だったかな? それでその時に削除されましたね確か」


 いぬいぬうううう、あれはイベント期間中ログインすることが出来なかった犬犬さんの嫉妬に狂っての犯行だった。いつも通り、犬犬さんに赤狐と白狐の外殻を整えてもらっている最中に、赤狐が言っていたようなことを言い、尻尾を削除して、電光石火で作成終了ボタンを押したことがあった。その時は、3か月間の設定不可能期間が経過したら、元に戻せばいいと思っていたが、うっかり忘れていた……失態だ、大失態だ……しょうがないと仕方なく、手を出せと命令して「お手ですか、主様あるじさま、妖狐が軽く見られたものですね」と言われつつ差し出された手を握ると『鉄壁スキン』はなく、女性の柔らかな手であった。眷属NPCの妖狐も、こうだというのなら、これはもう、呼び出していない他の配下NPC七人も、通常の人間と変わりないということだ。


 妖狐の二人は、それぞれ、白狐びゃっこはメイド服を、赤狐しゃっこは水着を着用していた。そのメイド服と水着は、眷属招来スキル解放イベントと同時にきた課金ガチャの大当たり枠のアイテムであった。『倭国神奏戦華』のガチャの当たりは、上から、最甲、特甲、甲、乙、丙の五段階の当たり枠になっていて、この眷属特別衣装は、最甲ランクの当たり確率0.5%であった。見た目というのもあるが、それ以上に眷属NPCのステータスを爆上げさせる効果を持っていることから、実践じっせんで使うには、どうしても手に入れておきたかった。


 こういうときには、ギルドの女性陣は、サクサクとお目手当の物を引くガチャ得意勢であった。「前の課金の残りで今回は引けたわ」とか「一万円で最甲二個出た!」とか言い出すのは、大抵、絵霧と消滅たんであった。


 男で登録してあるとガチャ確率操作されているんじゃないかと言われるほどに女性陣は引きが強くギルドマスターの罠罠曰く「ガチャの運は不平等である」という格言の元、運は収束することなく、運がいい人はとことん当たりまくる。だから、呪われたアカウントだの祝福されたアカウントなどよく言われるが、千景は、戦闘では絶大な力を誇るが、千景のアカウントは、呪われたアカウントであり、課金物を手に入れようとすると、必ずギルドメンバーの平均金額よりも1,5倍はかかるというのが常であった。


 そして、この時の眷属招来スキル解放イベントは、運営によって、二重に仕組まれたプレイヤーに対する露骨ろこつ財布爆破さいふばくはイベントであった。


 まず眷属NPCにもランクがあり、ガチャの当たり枠と同じように五段階設定され、妖狐は、最上位の最甲ランクに位置し、下のランクに行くほど人型とはかけ離れていくようになっていた。最低の丙ランクになると、死鳥とか、ミニサイズの化け猫とか、もうそれは眷属というよりもペットと言うべきものであった。


 それらを捕縛ほばくするためには、プレイヤーに運営から『パラダイムボックス』というものが配られ、その中に公式万屋サイトに売っている『普通の首輪』を購入してきて、その箱の中に、二個入れると、合成されて上位の首輪になる可能性があるというもので、合成されて出てくる首輪には、銅仙の首輪、銀仙の首輪、金仙の首輪、その上に至福の首輪があり、妖狐を捕獲するためには、至福の首輪を合成で作成してからでしか、眷属にすることは出来なかった。


 ただ『パラダイムボックス』に首輪を、二個入れても、出てくるのは合成された一個であり、普通の首輪を二個入れても、そこから出てくるものは、普通の首輪という失敗もあったので、至福の首輪を手に入れるまで、多くの試行回数と大量の普通の首輪の購入が必須であった。


 妖狐が位置する最甲ランク以下のランクの眷属候補のあやかしは、金仙の首輪でも眷属捕縛成功確率が30%とか設定されていて、丙ランクの眷属候補なら公式から買うだけで手に入る『普通の首輪』でも50%で眷属にすることが出来たが、妖狐は至福の首輪でしか眷属にすることが出来ず、至福の首輪が出来るかどうかの0%か100%かのどちらかしか設定されていなかった。


 千景はその『パラダイムボックス』を何時間抱えていたのかわからないくらい、突っ込んだ。まず至福の首輪が出来る可能性がある、金仙の首輪を二個作成する作業に没頭し、そこから金仙の首輪が二個出来ると、全身全霊最大級の祈りを込めて『パラダイムボックス』に突っ込んだが、無情にも失敗して戻ってくる、一個の金仙の首輪を横に置き、再度合成用の金仙の首輪作りを繰り返していた。


 最初の頃は、冷やかすように消滅たんと絵霧は「まだやってんの、ちかげえー、いくら使ってんのよまったく」とケラケラ、軽く笑いながら言っていたのが、最後の方になると悟りを開いたかのように仏の顔をしながら黙々と合成を続けている千景の姿を見て「ね、ねえちょっと大丈夫? あんた大丈夫? いくらつかってのんよそれ……金使い過ぎてログイン出来なくなりましたとか、あたし怖いんだけど」と最後は心配そうに見つめていた。


 罠罠さんもその横で合成を繰り返していたが「千景、俺、鬼にするは眷属、妖狐諦めたわ……」と言って先にギブアップをした。至福の首輪が全然出来なかったので千景は、最後、二個金仙の首輪が出来るたびに『パラダイムボックス』に突っ込んでいるやり方を変え、二十個、金仙の首輪を作って、一気に連続でやるというやり方に変えた、そうすると最後になぜか四連続で成功するという快挙を成し遂げ、二個余らせることになった。しかしこのときの千景は、これを手に入れるために、サラリーマンがよくしているスイス製の高級時計並みにお金を突っ込んでいた。


 妖狐を一体入手する分にも大変だったのに、二体分必要としたのは、種族妖狐は二体で双狐術そうこじゅつというスキルを習得し、それは人型生物特攻を持ち、その特攻効果が上乗せされた、多種多様な状態異常攻撃を可能にする術であったからであり、カタログスペックだけ見ても、城攻めや、防衛戦が格段に楽になることがわかっていたからだった。


 そして、眷属妖狐を手に入れるための首輪の作成費用とステータスを爆上げする衣装を手に入れるためのガチャの金額を合わせると千景の出費は、軽自動車の乗り出し価格並みになっていたが、課金障害物競争ともいえる眷属招来スキル解放イベントを完走することが出来た。

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