貼ノ章

 邪渇宮にいた暗殺者のビマよりもレベルが高い屍操師かばねそうし……運ばれた少女達のことを考えると、嫌な予感しかしない。厚い壁で覆われた倉庫風の建物の中には、入ってすぐ所に、その男の部屋があった。男は、清潔せいけつそうなゆったりとした白いローブを身にまとい、髪を後ろで束ね、顔は、にこやかな表情を浮かべ、刃物を研いでいる、その横顔には三本の角を持つ化け物の入れ墨がほどこされていた。壁には、男に研がれ使用されるための順番待ちをしている、のこぎりや、大型のはさみ、様々な形状をした刃物が、整列していた。どれも手入れが行き届き、その刀身はランプの灯りを、丁寧に弾き返していた。


 こいつが『トライセラトリス』とか言うメンバーの一人か、奥の扉の向こう側を覗きに行くのを、千景は少し躊躇ちゅうちょしたが、ゴルビスがこいつらと組んでやっていることを確認しなければいけない、扉を越えると、下に伸びる階段があった。ただそこには重厚な鉄格子が嵌められていた。千景の千里眼はそんなことはお構いなしに、鉄格子をすり抜け、下へ下へと続く、円を描くように作られた階段を下り、かなり深くまで、続いている階段を、最下層まで一気に、滑るように視線を走らせた。平らな床の所まで着くと、上にあったものと同じような鉄格子が嵌められ、今度はその上さらに、鉄の扉が行く手を塞いでいた。


『トライセラトリス』の男に、見張らせ、ここまで来るまでに幾重いくえにも重ねられた扉が、ゴルビスはここに隠している物が、人の目につくことを恐れている。千景は意を決してその中に視線を移動させた。


 予想通り、凄惨せいさんなものが視界に入ってくる。壁一面に少女達が、狩りで狩られた獣のはく製のように、貼り付けられていた。壁に貼り付けられた少女達は、指がない者、腕に一列に大きな穴が開けられている者、体の至る所の部位が削ぎ落された者等がいたが、どの少女も、顔だけは綺麗きれいたもたれ、化粧が施されていた。そして目を瞑って壁に貼り付けられている少女達は、ピクリとも動いてはいなかった。少女達は『天稟千里眼の術』で見えるステータスのアイコンの中には、死んでいることを表す赤い丸が付けられていた。松明の灯りが寂しげに少女達を照らしていた。


 部屋は、上にいた男の仕事なのだろうか、血の跡は、それなりに掃除されていたが、それでも壁や床には、もう拭いても拭き取れないのであろう、赤い染みが至る所に残っていた。


 救えない奴らだ、千景は一言吐き出した。死体を見た時の気持ち悪さや恐怖は、不思議と湧いてこず、怒りの感情だけが、千景の体を熱く貫いていた。千里眼を更に奥へと進め、手術台のような台を越え、拘束具が付いている三脚の木製の椅子を横目に、下へと続く階段を下った。すぐ下には、八つの牢屋の部屋があり、そのうちの三部屋に、うずくまっている少女がいた。どの少女も、白い綺麗なワンピースを着せられ、やつれている少女を思い浮かべいた千景の想像とは異なり、牢屋に繋がれている三人の少女の血色はよかった。ただどの少女も目は虚うつろであった。ここに居ては生きていても生きた心地はしないだろう……そこから階段はまだ下に続いていたが一番下には水が流れていて、そこが行き止まりのようであった。


 一通り観察を終えた千景は、すぐさま『天稟千里眼の術』を解き、ゴルビスの最悪な趣味が行われている倉庫に向かった。その間、千景はグループヴォイスチャットを開き「天音、今からさっきエルタが言っていた『トライセラトリ』のメンバーらしき男に会ってくる、もし俺になにかあったらすぐに来てくれ」と言った。天音はいつも通り「かしこまりました、御館様」と言い「ご武運を」と付け加えた。

千景は自己強化の忍術や、スキル、アイテムを惜しげもなく使いだした。


韋駄天足いだてんそくの術』『金硬剛化こんこうごうかの術』『呪言結界じゅごんけっかい』『反魂結界はんこんけっかい』『招福しょうふくの符』『儀霊ぎれいの符』……


 千景は、出来うる限りの準備をして倉庫の前に立った。もう一度、中の様子を千里眼で見ると、男は下の部屋に向かっている最中だった。都合がいい、千景は、開錠かいじょうのスキルを発動させ、倉庫の入り口の表側をなぞった。用心深いのか、倉庫は内側から鍵を掛けられていて、錠前が、見えるだけで五個はあった。千景の手のひらが、錠前の上を通過するたびに、次々と開けられていく。


 千景は開錠作業を終えると、手早く扉を開き、倉庫内に入るとそのまま一直線に突き進み、奥の扉と鉄格子を開錠し、階段を一気に駆け下りた。下の部屋には、職種屍操師の男はこの中にいる、丁寧に台を拭いている姿が見える。千景は透明化を解き、意を決して扉を開けた。

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