(3)「いつも器用に、どこからか花を運んでくる。お陰でこの村は、花には困らんのさ」

 《黒百合》の置かれる都市リズノーワルから汽車を乗り継いで六時間。それから乗り合い馬車に揺られて二時間。

 辿り着いた小さな街から更に四時間ほど歩いた森の外れに、小さな村がある。

 アーシュリー。任務の行き先だ。

「……遠い!」

 村に着いて早々、イズキは小声で吐き捨てた。

「吸血鬼ってのはどうしてこう毎度毎度、辺境の村で暴れるんだ。たまにはデカい街のど真ん中で暴れてみろよ」

 そんなことをすれば、人間と軋轢が生まれることを望まない貴族種から一瞬で粛正されるだろうけれど。高位の貴族種であればあるほど、吸血鬼は人間を襲わないという盟約に忠実だ。

「街で暴れてくれりゃ、ついでに観光もでき――おっ」

 村の入り口でくだらないことをぼやいていたイズキは、迎えの人影を認めて言葉を止めた。

 アーシュリーは、森を切り開いて作られたごく小さな村だ。

 人口は百人にも満たない。真昼だというのに静かで、飾らずに言ってしまえば暗い雰囲気の村だった。

 家は小さな煉瓦造りが多く、木と木の合間を縫うようにぽつりぽつりと佇んでいる。村人のほとんどは老人で、吸血鬼に襲われればひとたまりもないだろう。

 味はともかく、食料には困らなさそうな村だ。物騒な思考を、イズキは胸の奥にしまいこんだ。

 愛想の良い顔を貼りつけて、迎えの人間と眼を合わせる。

 恐らく村長だろう。背筋の伸びた老人が、イズキを睥睨していた。

 よそ者を拒む視線だ。たまに向けられる、覚えのあるものだった。

 閉塞した村が旅人に対応するには二パターンあって、幸いを呼ぶと言って歓迎する村と、災いを呼ぶと言って嫌う村がある。アーシュリーは後者のようだ。

 依頼を出したのは村だろうに勝手な話だ。

 思いながら、慣れたイズキは不躾な態度を不問にした。知り合いが相手ならば鼻の一つも鳴らしていただろう。

 かつてであれば、小難しい依頼人相手であろうとパートナーの愛らしさに絆されて話は円滑に進んだのだけれど。

「初めまして、ザカライア・ティンバーレイク村長」

 日本刀を鞘ごと持って、軽く掲げて見せた。青い鞘の先に、《黒百合》の紋章が刻まれている。身分証の代わりだ。

「ネビーリリア吸血鬼対策教会所属ハンター、イズキ・ローウェルです。詳しいお話を伺わせて頂けますか」

 威嚇の代わりににこりと最低限の笑みを浮かべて、イズキは言った。



 イズキが通されたのは村の奥にある庁舎だった。村では唯一の三階建てで、会議室の窓からは村が一望できる。

「――では被害者は、このひと月で二人?」

 青年の確認に、眼の前の老人は頷いた。後ろに数人の男が控えているから、彼らが村の取りまとめなのだろう。

 窓を背にしたイズキからは、ザカライアの渋い顔がよく見えた。吸血鬼という馴染みの薄い生き物に対する恐怖と、吸血鬼ハンターという得体の知れない者を村に入れる嫌悪感。

 住人が一定以上の知識を持つ都市部ならばともかく、小さな町や村では良くある反応だった。

「そうだ。半年ほど前から、数ヶ月に一度行方不明者が出ていたが」

「おっと」

 初耳だった。不審げな顔をした老人を素知らぬ顔で促せば、難しい表情で口を開く。

「ここにきて、いなくなる者が増えた。三週間ほど前に男が一人、一週間前に女が一人」

「……なるほど」

 いかにも真面目な表情で頷いて見せながら、イズキは内心で舌を出した。

 急に被害者が増えたために、すわ次は自分かと慌てて討伐を求めたのだろう。収束するようなら、何事もなかったように口を拭っていたに違いない。

 面倒ごとには蓋をする。これも、田舎では珍しくないことだ。

「二週間に一人、な……」

 呟いて、イズキは顎に手を当てた。

 ならば相手は暴走してはいないのだ。暴走していれば、もっと高い頻度で、それこそ毎晩のように血を求めて彷徨うこともある。

 理性を保ったまま、計画的に襲っているならば、――少々、厄介かも知れない。

 それも、相手が混血貴族であるラリーでなければの話だ。そういえば、とイズキは思い出した。

「もう一人、《黒百合》から派遣されたハンターが入りませんでしたか。この村で合流する手はずなのですが」

 正確には、合流する予定のラリーはパートナーだ。パートナーと呼んで通じない相手には、パートナーをハンターと称することがある。

 イズキの質問に、ザカライアが顔を顰めた。

「数日遅れる、と連絡があった。全く、ただでさえ得体の知れんやつを何人も――」

 聞こえよがしな文句を聞き流して、イズキは窓の外に眼を向けた。この村のどこかに、吸血鬼がいる。

 ラリーと合流するまでは、迂闊な行動は避けるべきか。しかし、その間に被害が増えては――。

 視界を横切った小さな影が、思考するイズキの気を引いた。

 視線を落とす。庁舎前の細やかな広場を、子どもが歩いている。

 妙に思考を引っ掻いたのは、子どもが幾つもの花を抱えていたからだった。冬の時期に、あれほど花を集めるとは。

「あの子は?」

 問うたことに大した意味はない。ザカライアが窓に近づいて、イズキの視線を追った。

「あぁ、花売りのキットさ。親なしでな、村の外れに一人で住んでいる」

 初めて、老人の柔らかい声を聞いた。

 少しだけ驚いて瞬けば、ザカライアも自覚しているのだろう。誤魔化すように咳払いをした。

「元々、うちは子どもが少ないからな。まあ、村全体であの子を育ててるようなもんさ。ほれ、ああやって――」

 枯れ木のような指が、少年を示す。

「いつも器用に、どこからか花を運んでくる。お陰でこの村は、花には困らんのさ」

 鈍色めいた村の中で、子どもの抱える青色だけがひどく鮮やかだった。

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