第4話:少女「脱げおらぁ! 股開けおらぁ!」
「ほら、パンツ脱いで股開きなさい」
ズボンだけ脱いで便器に座る俺に対してジェーンはそう言う。
思えば何でこんなことになっているんでしょう。
今の台詞を言っている者は、声や体は少女なのだから殊更にカオスな状況だ。
「……本当にいいのかこれで」
「いや、これじゃないと困るのよ。主に私が」
それは分かってはいるんだが……やはり……。
「私のことは別に気にしないでもいいわよ。入浴中に鏡見てるのと大して変わらない状況だし」
「いやそっちは問題ないのかもしれないが……」
正面に立たれて股間をガン見されながら排尿ってやっぱり何かがおかしいと思う。
やっぱり出ていってくれないかと言いかける俺だが、
「あーもうじれったいわね……」
「ひっ……!?」
これにはとっさに変な声が漏れる。
考えがまとまりきる前に、ジェーンは俺のパンツに手をかけて無理やり脱がしにかかってきた。少女にパンツを奪われる。逆ならまだしもそんなことあるだろうか。いや、何言ってんだ俺……。
脱がされかかっている最中、取り返そうとしようにも女物のパンツに手を伸ばすのに一瞬のためらいが生じ、結果としてその一瞬が命取りとなった。見られて困る相手ではないと分かってはいるものの、無意識に脚は閉じ、両手は股間へと向かっていく。
「ほら隠さない隠さない。それじゃできないでしょ、もう諦めなさい」
さっきまで俺のはいていたパンツを手にしながらジェーンが追い打ちをかけてくる。ほんと何だこの状況。
「早くしないと置いて行くわよ」
そう言いながらススッと、脱がしたパンツを見せながら後ずさるそぶりを見せるジェーンに対し、
「わ、わかった……! するから! するから!」
おそらく赤面しながらの発言となったことだろう。パンツを人質にとられているこの状況ではそう言わざるを得なかった。
……気のせいか、なんかこいつ少しほくそ笑んでないか? 状況が状況だからっていい気になりやがって畜生……。
歯がゆい思いに苛まれながら、俺は股間を抑える手をゆっくりとどける。
俺は目を逸らしているので直接確認しているわけではないにしろ、視線をガンガン股間に感じて仕方がない。これだけでも十分気が変になりそうだが、これに被せてジェーンは、
「ほら、股開いて――っふ。それじゃ脚につくかもだし」
絶対笑ってやがる。絶対ほくそ笑んでやがる。「脚開け」じゃなくて『股開け』って言ってるのも絶対狙って言ってやがるよこれ……。
もうここまでくれば個室から叩き出してやりたいが、全てのドアの鍵は壊れているかそもそも最初からないかなのでそれも無意味だ。コイツのことだ、ニヤけ面で堂々と再度開けて入ってくることだろう、それも多分出し始めたタイミングを見計らってとかで。
対抗策もなく、人質を取られ、尿意も限界とで、俺はそこから言われた通りにするしかなかった。
「んっ……」
言われた通り、脚を開いて下腹部の力を抜く俺。
不気味なまでに静かな廃ビルの一角に響く頼りない水音は、遮るものがないだけに嫌でも場に響く。……背徳感が半端ではない。嫌でも耳に届いてくる水音、収まる気配が微塵も感じられない股間への視線。やがて開いた脚が徐々に閉じ始めるのは当然の帰結だが、
「あっ、閉じちゃだめよ」
当然ジェーンは異を唱えてくる。
一応向こうの言い分は「脚に付けてほしくない」だからこの場合自然な発言ということになるのだろうが……、
「――――ッ!?」
俺が絶句した理由は、急に内ももに生じたひんやりとした感覚だった。
目を見やるとそこには、俺に脚を閉じさせまいと、俺の内ももに手をやっているジェーンの姿が見えた。
「おまッ――!?」
どんどん行動が大胆になっていくな……。
これには流石に俺も手を振り払う。一旦出し始めたら止められないなんて話は嘘だな、びっくりしすぎて普通に止まったわ。心臓も道連れにされかけたけど。
「……なあ、もう問題ないって分かっただろ。出て行ってくんねぇかな……」
エスカレートする大胆さに比例して増える目線の合わせ辛さも相当なものとなり、完全にそっぽを向いて話す俺に対し、
「いやまだ用事があるでしょう」
そうぼそりと自然体で呟くジェーン。何のことかと思ったが次の瞬間――。
「おおぉわああああッッ!?」
今度は内ももではなく、股間の中心へと何かを這わせるような感覚が。
これに関しては性別関係無しに急にされたらビビること請け合いだろう。
目をやってみると、カバンから取り出したティッシュで俺の股間を拭きにかかってきているジェーンが目に留まった。
「拭くにしても何でお前がすんだよ!」
「えっ? いや、自分の尻は自分で拭――」
「うまいこと言ったつもりか!」
この場合尻じゃねぇだろとかそんな細かな事はどうでもいい。
これ以上自由にさせては何が起きるか分からないと判断した俺は、ティッシュと奪われたパンツを取り上げてジェーンを個室から締め出した。
体の持ち主の少女には悪いと思いながらも、遠慮なく蹴りが出てしまったわけだが、そこに後悔は微塵もなかった。
トドメの蹴りが功を奏したのか、締め出されたジェーンが再度扉を開けに来るということもなく事は済んだ。あの体では壁や扉の上から覗くということもできないだろうが、正直終わるまで気が気ではなかったね。
ストーカーに付きまとわられる恐怖とはこんな感じなのかなあなんて思いつつ、個室の扉を開けると、トイレの手洗い場で化粧をしているジェーンが目に留まった。
「……大人しいと思ったらそういうことか」
十にも満たなさそうな少女が慣れた手つきで化粧をしている光景はなかなかにシュールだ。パッと見、肌が綺麗になったか? かといって印象が良くなるという訳でもないが。
「暇だったからね。あっ、ついでにあなたもメイクの感じ鏡で見てみてよ。今なら赤面補正で可愛さ八割増しになってるから」
「うっさいわ」
ジェーンの発言を雑に流しつつ、トイレの出口付近へと向かう俺。
あんな発言をされては鏡の前に立ちたくはないが、もしかしたら水が流れるかもと淡い希望を抱きつつ水道の蛇口をひねるも、結果はお察しである。
「……ダメか」
ひねった蛇口から水が出ないのを確認し、上体を起こす。故意にそうしたわけではないにしろ、正面にある鏡に自分の顔が映る。
……成程。あんなことをしていそうな顔だな。
茶髪の髪は、ストレスからなのか所々色がまばらだし、ためらい傷の事前情報と、セクハラの実害経験などから気合の入ったメイクが施された顔でも好印象は抱けなかった。
「――痛ッ!?」
嫌なものを見る表情の、鏡に映る自分を見ていた俺だが、突然頭に痛みが走る。
「……どうしたの?」
軽く頭を押さえる俺に、ジェーンが問う。
「いや、頭痛がしただけだ」
応対をしつつ、鏡から視線を出口付近に移している過程で……理由は不明だが反射的に鏡を二度見する。
「…………?」
気のせいか、この顔を見ると何か妙な感覚がする。
渋い形相で鏡を見る俺に対し、
「そんなに私の顔が気に入った? 確かに美人ではあるけどさ……」
冗談っぽく語りかけるジェーン。まともに相手もしたくないので一旦これの応対は無視するとして、
「なあ、こうなる以前どこかで会ったことあるか?」
「えっ? 私はあなたの本来の姿まだ見てないから答えられないかな……」
……それもそうか。
「とりあえず探索を再開しましょう? あなたの体も見つかるかもだし」
「ああ、そうだな……」
催促もされたので、妙な寒気を感じつつもそのまま探索を再開する運びとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます