もう1つの巨神


 太陽は西の空に傾きつつある。

 絶遠は壁にだらしなくもたれかかりながら、茜の色合いを濃くする空を眺めていた。

 その視線がわずかに下にずれたとき、気怠げな表情がぱっと輝く。


 待ち人が来たのだ。

 都庁に近づいてくる2人分の影。

 憮然とした表情を浮かべるピンクと、彼女によって死刑囚のように連行されるスゥだ。

 絶遠はチェシャ猫の笑顔をもって、彼女達を歓迎した。


「ようこそ、271。辺村は持ってきてくれましたか?」


 正面入口の手前で立ち止まった少女が、自分の腰に巻いたものを2階の窓から見下ろす男に向かって示す。


ピンク173から聞いていますよね? 仲間の命と辺村を交換です。ドライバーを外して、ゆっくり歩いてきてください」

「――ゼツトーリョー、あんたバカじゃない?」


 スゥは絶遠に挑発的な視線を向け、レヴォルバーを引き抜く。


「待て、おかしな真似をするんじゃあない、271ッ! こっちには人質がいるんだぞッ!」

「姉ちゃんを爆弾にした奴が何万人死のうが、あたしが知るもんか。どうせ1人死ぬんなら、あんたが死ぬのが1番でしょうが!」

「173、奴を止めろ!」

「いや」


 ピンクはニヤリと笑う。


「あたしも271に賛成だ。後半だけな」

「おまえ……」

「なんのためにこいつを連れてきたと思ってる? あんたを殺るためだ、187――いや、ゼツトーリョー! さっさとしろ、271!」

「召神!」


 閃光と共に顕現するダークグリーンの巨神ラーディオス

 前回切り落とされた右手は完全に元通りになっていた。


 ビルを解体するハンマーのように、その手が壁に突き入れられ、バラバラとコンクリート片を散らかしながら構造材ごと絶遠の身体をつかみ出す。


 辺村を渡せば本当に班員を解放してもらえる、などと考えるほど、ピンクもスゥ達もおめでたくはない。

 ならば先手必勝、従うと見せかけてラーディオスで一気に絶遠を拘束するというのが、スゥ達の立てた作戦だ。


「いいぞ、そのまま握り潰しちまえ!」


 レッド達を救出すべく都庁へ突入しながら、ピンクが喝采を挙げる。


「いや、握り潰すなよスゥ。せめて骨が折れる程度で」

「優しいね辺村。涙が出るよ」


 だがその時だ。

 ドゥ、と砂丘が爆ぜ、そこから飛び出したものが巨神の首を締め上げる。

 蠍械獣の尾だ。


 ラーディオスの力が一瞬、弱まる。

 絶遠はその隙を逃さなかった。

 わずかに自由になった腕で己のレヴォルバーを引き抜き、放つ。


「召神」


『三千世界を革命する力、今ここに!』


 甲殻類めいたダークグリーンの外骨格、そのスリットから漏れるオレンジの光、2対の複眼、2本の湾曲した角――。


 目つきが悪かったり、体色が違ったりすることもなかった。

 どこからどう見てもそっくりそのままのラーディオスが、ラーディオスの目の前に現れる。


 新しく現れたラーディオスは絶遠を内部に引きずり込んだ。

 複眼が灯を点し、巨神に魂が宿ったことを示す。

 蠍械獣もまた砂の上に姿を現わし、人型形態に変形した。


「2対1とか、卑怯!」

「エケケケケ! 試合をやってるんじゃないんだよ、お嬢さん! 勝てばいい……勝ちさえすればなァ!」

「スゥ、退け! 絶遠を押さえられなかった時点で、俺達の負けだ!」

「逃がすか!」


 腰の後ろに装備された杖――辺村が命名するところのアロンズケインを絶遠は引き抜いた。


 銀弧が閃き、スゥ・ラーディオスの胸部外骨格にひと筋の刀創が深く刻まれる。

 陽光を眩く反射する杖身は、鋭い白刃へと変化していた。


「……武器の使い方を教えてくれて、どうもありがとう!」


 スゥは同じようにアロンズケインを剣に変え、絶遠・ラーディオスに振り下ろす。

 鍔迫り音がレッド達の鼓膜を苛んだ。


「駄目だ、スゥ! 動きを止めるな!」


 ラーディオスの肩をメーサーがかすめる。

 絶遠と密着してみせても、自在に動く蠍械獣の首は敵だけを撃ち抜く射線を見つけてしまう。


「どうした、もうお手上げかあ? ええ、271さんよぉっ!」


 絶遠・ラーディオスがパルマ・ジャヴェロットを発射。

 スゥは背中のロケットノズルを展開、左右にジグザグと飛行してビーム光から逃げ回る。


「――いいのか?」


 景気よく弾をばらまきながら、絶遠は笑う。


「前にやられてからせいぜい3時間ってとこだよな! そんなに動き回ってると、稼働時間がすぐになくなっちまうぞ?」

「くっ――」

「焦るな、スゥ! まだ140秒もある!」


 スゥを追って飛翔した絶遠・ラーディオスの手から、蛇のようなものが伸びる。

 ロープ状に変化したアロンズケインと気づいたときには、スゥは脚を絡め取られ、砂の上に叩きつけられていた。


「所詮、おまえは人間の出来損ないよ!」


 スゥ・ラーディオスの後頭部をつかんで引き起こすと、絶遠は何度もその顔面を熱砂に叩きつけた。焼けた砂が頬をこする痛みをスゥは味わう。


「哀れだなぁ、まともな自我も持たされず、奉仕人格として生み出された、薄っぺらい、人間の不完全な出来損ない! オレを怨んでくれるなよ? おまえが怨むべきはオレでも械獣でもない。同じ身体の中にいる主人格だ!」

「わけわかんないこと言うな!」

「辛いこと全て、押しつけられてきたんだろ。そういうの、普通の人間は憎むものなんだぜ。だが

おまえにはその自由さえ与えられなかった」

「うるさい、そんな自由いらない! あたしは姉ちゃんさえ守れれば……!」


 そうだ。姉を守れるならそれでいい。


 温泉であれだけひどいことを言ったのだ。

 もう姉はスゥのことを助けようとは思わないだろう。

 酷い目に遭えばいい、とさえ思っているかもしれない。


 けれど、たとえ姉から嫌われることになったとしても。

 それで姉が意識の奥で心静かにしていられるなら。


「そのためならあたしは――!」

「ま、それもできずに死ぬわけだがな?」

「…………!」

「二言目には『姉を守る』しか言えない、厚みのない人形風情が! 人間様に勝てると思うな!」


 スゥ・ラーディオスを素早く羽交い締めにした絶遠は、そのまま蠍械獣の正面へ引きずっていく。


「エケケケケ! さあ、最大出力だぁ! 痛いぞ、熱いぞ、苦しいぞ!」


 蠍械獣の顔面、フレキシブル・メーサーキャノンの砲口がかつてないほどに輝きはじめる。

 ラーディオスの目には、砲塔の帯びた電磁波が稲妻となってくっきりと見えるようだった。


「おい絶遠、おまえが欲しいのは俺だろう? スゥを殺す必要はないはずだ!」

「ごめんな辺村、オレ嘘をついてたよ。お嬢さんの首についてる爆弾はオレ達にとって邪魔なんだわ。お嬢さんが死ななきゃ取り外すこともできない以上、死んでもらうしかないんだな」

「…………!」

「さあ、これがおまえのピリオドだ!」


 今まさに、蠍械獣が蓄えた力を解放せんとする。


 どうせ死ぬにしても、姉が痛みのない死を迎えられるのはせめてもの幸せか――スゥの胸に諦念が浮かぶ。


 だが。超高熱の殺獣光線がスゥに届く瞬間――異変が起きた。


「なにっ!?」


 スゥ・ラーディオスが飴細工のようにぐにゃりと溶け、地に落ちる。

 標的を失ったメーサーはそのまま後ろにいた絶遠・ラーディオスを直撃。

 その胴体に風穴を開ける。


「ぐっ……!?」


 マグマが心臓から押し出されてきたような痛みに身をかがめる絶遠、その顎先に、衝撃が来た。

 視界に星が散り、彼の身体は大きく宙を舞う。


「がっ!!」


 頭から地に墜ちる直前、絶遠は砂塵の中に鈍い銀の輝きを見る。


「あれは……!」


 溶け崩れたはずの巨神が身を起こす。

 棘のついた大きな触覚。無機質な単眼。

 熱砂を踏みしめ直立するその外形は、あの銀色の――メンカ・ラーディオスの姿であった。

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