chapter4.5-6:超絶美貌頭脳明晰完璧美少女アイドル、東照宮 シズク 〜立志編〜


 ◇



「――で、どこの事務所!?私を必要としてるのは!」


 スカウトされて、十数分。

 私はスカウトマンに連れられ、街の雑踏の中を歩いていた。

 なにせ「じゃあ着いてきてほしい」、とだけ言われて、素直に着いてきたのだ。

 もう暫く歩きづめだし、そろそろどこの事務所なのかくらいは教えてくれてもいいだろう。


「……え、事務所?」


 だが。


 私を連れていた、高校生くらいに見えるスーツ姿の男性は、私の言葉に怪訝な言葉を浮かべる。

 ……なんでそこに疑問をもつ?

 アイドルとして見初められたということは、芸能事務所に所属して活動することだろう。

 あ、それともプロダクションって言わないと伝わらないのだろうか。

 業界用語というやつか、バーアオでシースー的な。


 だが、そんな私の思案に。

 スカウトマンは、信じられないような言葉を告げた。


「や、芸能事務所とかじゃなくて……地域おこしのご当地アイドルの話で……」



「――」

 ピシリ。

 思わず、能力が漏れ出て空気が凍る。

 ご当地、アイドル?私が?


 この超々弩級クール系美少女アイドルの私が、ご当地――!?


「帰るーーーー、」

「ちょっと待ってちょっと待て!話だけでも!」

「こんなん騙し討ちじゃん!人を騙すなんて、カースト上位に媚びて人をいじめるくらいダメなことなんだ、ぞ……!」

「よくわかんないけど君にだけは言われたくない気がする……!とにかく、話だけでも聞いてくれよ、こっちも頼まれてやってることなんだ!」


 全力で逃げようとしても必死で掴まれて、逃げ出せず。

 私は渋々と、彼についていき話を聴くこととした。

 気に入らない話なら、氷ぶっぱなして目眩ましで逃げればいいか、という諦めと……ご当地とはいえ、「アイドル」という言葉への憧れが抑えられなかったから。


 そして私達は大きな駅前商店街を抜け、また暫く歩く。

 そうしてまた十数分が過ぎ、私がだいぶ疲れてヘトヘトになった頃。


 ――少し寂れたような雰囲気の古い商店街へと、到着する。


「え、ここ?」

「そう、ここ!」


 困惑する私に、スカウトマンは笑顔で答える。

 無駄に爽やかな面が鼻につく。

 イケメンというのはたぶんこういう整った顔立ちの奴のことを言うのだろうけど、整いすぎてても逆にムカついてくるものだ。

 そして彼は、ついに。


「話の前に……まだ、名乗ってなかったな」


 私をご当地アイドルにスカウトした男は、名乗る。

 その真名、正体を。



「俺の名は――国見ヶ丘 ダイキ。普段は高校生やったり、まとめサイトの運営やったりしてる。今回のご当地アイドルの話は頼まれただけだけど……全力でバックアップするつもりだ」



 くにみ、まとめサイト。

 その二つの語句から、私の脳裏には一つのサイトの名が想起される。


 それは――クニミ・ニュース。

 新都で大人気の、アングラな話題を主に扱うまとめサイト。

 英雄達の暴露記事などが取り沙汰されることが多いが、実はそれ以外のコンテンツについても人気が高い。

 B級グルメ、辺境のお店の激安情報、果ては芸能ニュースまで、地域に密着した取材活動とそれにより裏付けられた信頼性。

 それこそ、クニミニュースの魅力だった。


 そして何を隠そう、私もそこで固定ハンドルとして掲示板に投稿したりして活躍したりしてる。

 名前は「超絶クール美少女」。

 ユウ先生のことっぽい記事に馬鹿にする投稿をしたり、「25年に一度の奇跡の美少女現れる!?」というタイトルの記事にネガキャンしたりしていた。


 その大人気サイトの管理人が、この一件に噛んでいるというのなら――!


「――勝った」

「え?」


 困惑する国見ヶ丘 ダイキ――否、P


 今まで誰にも発見されることのなかった爆裂美少女の私、寂れた商店街、そして絶対的な広告効果をもつまとめサイトの管理人兼マネージャー。

 材料はすべて揃った。私の――、



「アイドル・ロード――!」


 こうして。

 イズミ商店街のご当地アイドル、「東照宮 シズク」が世界に爆誕した。

 それはこの都を激震させ、天を割り、地を砕く最強のアイドル。

 その未来を思い浮かべた私が空を仰ぐと、その誕生を世界が祝っているかのごとく、鮮やかな青空が広がっていた。


「そうと決まればさっそくライブの日取りと曲の用意よクニミP!私をトップアイドルにしてみせて!」

「ん、え、やるの?てかクニミP?トップ!?」

「さぁ方々駆け回れ、地を走る野犬の如く!」



 ――だが、そのとき誰も知らなかった。

 本当に彼女が天を割り、地を砕き。


 予定されていた都知事選の演説が延期となるほどの、大惨事を起こすこと。


 そして……そのことによって、復讐者達の計画に綻びが生じてしまうことなど。


 ◆


 そうして始まった、アイドル活動。

 その事前準備たるレッスンに挑むにあたり、私がまず始めたのは、基礎体力作りだった。

 かよわき美少女である私には、ライブで長時間踊ったり、歌ったりできるほどの体力も筋肉もない。


 だから……取る手段は一つ。

 というわけで翌日から、それは開始された。




『で……タイヤ引き』

『えぇ!完全無欠アイドル候補の私なら、できる!』

『その自信はどこから……』


 ――大型車両用の巨大なタイヤを置き、そこから紐を伸ばして自分に結び。

 全身全霊の力をもって、それを引きながら走る特訓である。


 しかし……どうも物理法則というのは私に優しくなかった。


「あ、ぐ……!?い、いたい!ふくらはぎ辺りが重点的にぃ……!」

「いや無理はするなよ!?体壊したら元も子もないだろ!?」


 そのようなやり取りの数分後に、私の全力は品切れた。

 それはもう叩き売りセール後のワゴンの如く。

 有り様だけで言えば、確かに場末の商店街の出店っぽさが表現できていたかもしれない。


 致命的に、フィジカルが足りない。

 私が導き出したのは、その結論だった。


「はぁ……まだ、タイヤのほうが私の次元には追いついてなかったか……」

「あくまでも相手のせいなのな……タイヤでも……」


 表向きついた悪態に、クニミPが呆れたように答える。

 駄目だ、これじゃ足りない。

 もっと別の手段から始めていかなければ、美貌はともかく他の能力がアイドルの水準に到底及ばない。


 そうして……私はタイヤ引きをやめ、他のアプローチを繰り返す。



 ◆


「こんどはこれ!」

「社交ダンス……なんで俺まで……」


 ◆


「そしてこれ!」

「お、音ゲー……確かにリズム感は養われるかもだけど、急に楽になったな……」

「はいフルコン!」

「今始めたばかりだよな!?」


 ◆


「次はこれ!」

「カラオケ10時間ぶっ通しは、き、つい……てかなんで、俺まで……」

「クニミP歌結構うまいわね!デュエット曲出すのもいいかも」

「出すか!」


 ◆


「次……は……!」

「だからタイヤ引きは無茶だって!なんで1か10しかないんだお前!」


 ――トレーニングを、一周。

 一週間歌いまくったりダンスをしたりした後に、改めてタイヤを引く。

 ……やはり、軽快に動きはしなかった。

 かろうじて、数cmくらい動いたか動かなかったかくらい。


 それだけ動かすまでに、自分の身体にかかる負荷はとてつもない。

 なまじ辛うじて力が入るようになったぶん、その苦痛は以前よりも大きなもののようにも思えた。


「……その、スカウトした俺が言うのもなんだけど……なんだって、そんなに本気になれるんだ?」


 そんな私の奮戦をみていたクニミPは、本気で心配するように声をかける。

 だがそこに、呆れのようなものは感じられなかった。

 真に私の身を案じてくれているかのような……そんな感覚。

 だから私も、素直に返す。


「無理しなきゃ、なれないから」

「アイドル?」

「うん」


 無理、無茶、無謀。

 私は誰より自分のことを愛していて、だからこそ誰よりそのポテンシャルを理解してる。

 どこが、誰より、どれほど優れているか。


 顔はもちろん最強。

 今まで出会ったなかで私より顔がいい女子はそうはいない。


 音感も抜群。

 音ゲーもいけるし、楽器もいくらかできる。

 なにより10時間ぶっ通しカラオケのおかげで歌には絶対の自信をもてた。


「私は確かに、誰が見てもわかるくらいに360度どこからみても美少女だけど……」

「……?、うん?」

「でも、アイドルってのがそれだけじゃなれないものなのは、分かってる」


 だが、体力面だけは人より明確に

 それだけが、この一週間のトレーニングで明確に導き出された私の欠点。


「人気者って、きっと全力で何かを為さなきゃなれないだ。リナも、城前 カナコ……いや、だってきっとそう。だから、それに並ぼうとするなら人一倍頑張らなきゃ、届かない」


 ――なにもしなくても、可愛くなくても人気になれるのカリスマがいるならば。

 可愛いの私は、どれだけの研鑽を積まなければならないのか。


 途方もなくも思った。

 でも、アイドルってものを目指そうって、そう思ったのなら。

 何にも本気で打ち込まなかった私が、一度でもそう思えたなら。


 きっと……ただ、真摯に突き進むしかない。


「――ふ」

「ちょっと笑った!?今最強美少女シズクちゃんがめちゃくちゃシリアスな話を……」

「わりぃ、わりぃ!お前が似合わない真面目なこというから、つい……!」


 何たる失礼!

 思わず、アイドルらしからぬ形相で殴りかかろうとしてしまうが……そんな私に、クニミPは笑いながらも静止の合図をする。

 そちらからバカにしておいて、何を落ち着けというのやらと私が憤慨していると。


「はぁ……そんなお前に、朗報!」


 クニミPは、ひとつの朗報を私に告げる。


「前にお前がやりたいっていってた場所でのライブ、許可降りたよ。いったい、どんな弱み握ってたんだお前?」

「ホント!事前に一度電話して脅しといた甲斐があったわね!」



「――なら、タイヤなんかに負けてられない!あの監獄みたいだった場所に戻って、外で花開いた私の本当の姿見せてやるんだから!」




 ◆


『英雄達のアイドルたる、プリンセス☆マナカが行方不明となった今、対外的に宣伝活動を行う新たな女性ヒーロー……否、ヒロインが必要だ』

『それなら、心当たりが』

『マナカは倒され、反英雄組織の手に落ちたようですが……彼女の腹心は、まだあの学園に残っている』


『――今度、寂れた商店街のご当地アイドルがあのワカバヤシ学園でイベントをやるそうだ。そこで颯爽と乱入させ、鮮烈なデビューを飾らせようではないか!』



 ◆


 ◆


 ◆



 ご当地アイドルとなる決意をしてから、数週間後。

 国見ヶ丘 ダイキ……もといクニミPと私は、母校であるワカバヤシ学園のグラウンドに立っていた。


「で、ご当地アイドル初回のイベントが……母校でのライブ?」

「そう!私がアイドルとして花開く様を、パッとしない連中に見せつけたるのよ!」


 呆れた様子のクニミPに対し、自信満々に返す。

 普通なら、学園の敷地内でライブなどそうそう許可など起きない。

 が、私はこの学園の多賀城学長に対し、数多の交渉材料を手にしていた。

 マナカちゃんの一件がある以上、その解決に関わった私からのお願いを無碍にするわけもなく、斯くしてデビューライブの開催地は滞りなく決定されたのであった。


 見れば、既に会場の設営は開始している。

 ビラも撒いたし、何事かと集まってきている学生も随分多いよう。


 つまるところ、準備は上々。あとは歌って、踊るばかりだ。

 今日に備えて楽曲の歌唱も、踊りと振り付けも、ライブパフォーマンスも。

 あらゆる物を精査し、調整し、研ぎ澄まし、鍛え上げてきた。

 楽曲の発注はダイキのつてで頼み、歌詞は自分で渾身のものを書いた。


 もう、これ以上ないくらい。

 なればこそ……決戦のとき。


 なればいざ、戦場へと。


「――行こう」


 ――――さぁ、舞台の幕が上がった。


 ◇



『みんなーっ、こーんにちはーっ!!!!』


 マイクを握り、ステージへと一気に駆け上がる。

 紙吹雪とスモーク、そして青い閃光。

 それらと共に、私達は未来のファン達のもとへと駆け出した。


 ――観客は、一定数いた。

 学園の正門と昇降口の間の道端、そこに敷設された大仰なアイドルステージ。

 誰が登場するかなど知らなくても、物珍しさに学生たちが足を止めるのは当然だった。


 そして、そのなかには。


「え、あれマナカの側近の……」

「なんでアイドル……?」


 私を毛嫌いしていた、元いじめられっ子。

 マナカちゃんに従うしかなかったいじめられっ子。

 そして……、


『今日は私のアイドルとしての初ステージ、楽しんでいって!……え』


 一人の、少女。

 彼女の姿をみて、わたしは思わず衝撃を隠しきれなかった。

 その顔に、見覚えがないわけがない。

 彼女は――!?


『えええええええええええ!?』

「え……そんな驚かなくても……」


 雪のように白い髪に、血のような紅い瞳。

 見紛うはずのないその姿。


「わたしだって、一応まだここの生徒なんだし」

『姉御すごいっすねこの学校!めっちゃ綺麗!』

『学校とか久しぶりだなァ……怪人になってからこっち――』

『オラてめぇ!それは内緒だろうが!姉御にシバかれるぞ!』

「うるさい」


 ――志波姫リナ。

 そしてその後ろに並ぶのは……顔が見えないよう、大きな布切れを羽織った大柄の男達だった。


『まさか、リナが来るなんて……てか後ろのその人たち誰?』

「この人らは……舎弟?」


 リナは数秒考え込んでから信じられない言葉を吐く。

 いや……まぁなくはない、のか?

 マナカちゃんを打倒するほどの力を手に入れたという彼女が、あの偽教師についていって活躍してるというなら、大の大人を部下にして故郷を凱旋する、なんてこともないではないのかもしれない。


 いや、ないだろ!?

 そんなツッコミを心のなかでしつつ、ふと我に返る。

 今はそれどころじゃない!


『ま、まぁ!誰が見ていようと関係はない!私のアイドル生活最初の活躍、その目に刻むがいいわ!』

「わー、小物悪役っぽいー」


 そう宣言し、私はマイクを握り静止姿勢を取る。

 それを確認すると共に、クニミPは音響装置の操作を始め、スポットライトが点灯した。

 新暦25年において、楽曲の作り方は大きく2つに分かれる。

 一つは作曲家、バンドに依頼すること。

 しかし現代、国崩事変によって殆どの人口が消滅したことで、アーティストの希少価値は上昇している。

 そうでなくとも……一朝一夕で、アイドルソング一曲をこしらえろなどという仕事、誰が受けるはずもなかった。


 とすると、とれる手段はもう一つ。

 コンピュータによる、自動作曲だ。

 災害以前の楽曲は、著作権等々の管理機能が実質的に不可能になったのに伴って、アーカイブ化されネットに共有されている。

 それらを自動的に学習し、入力した要素に基づいて作曲をしてくれるアルゴリズムを搭載したソフトで、今回私の歌う曲は作られている。


 その名も――「Hail Fairy」。


 冷たい雹の如く打ち付ける、可愛さの嵐。

 そして妖精の名……まさに、デビューシングルに相応しい。


 ついに、始まる。

 アイドルとしての私の、晴れ舞台。


 アップテンポな曲のイントロが流れ出し、私はポーズを取る。


 白と水色に彩られた衣装が、踊りの振りと共にゆらゆらと揺れる。

 そして私の鮮やかな青い髪も、動きに合わせ羽根のように風に舞い上がる。


 さぁ、歌い出しを――、

 そう思った、瞬間だった。


『冷たい、風がワタシを♪』

『ちょっと、待ったァ!』




 ◆



 突如と響いたその声に、私の歌はかき消される。

 突然の横入りに、クニミPは楽曲の再生を止める間もなく呆然。

 観客たちの視線も、皆一様に声の主のほうへと向いてしまう。


 ――私のアイドルライブなのに!


 思わず憤りが胸を支配する。

 今この場で、視線を集めていいのは私だけの筈だ。

 だというのに……私の舞台を、私のキャリアを邪魔するのは、いったい。


『誰!?人のデビューライブを邪魔するなんて、ずいぶんと無作法な乱入者もいたものね!』


 皆の視線の先、無粋な横入りに対して視線を向け、わたしは大きく啖呵を切る。

 相手の姿は、日中だというのに翳された異様な数のスポットライトで逆光となり、ゆうに伺えない。

 しかしその声色には……どこか、覚えがある気がした。


 そしてついに、首謀者が私の眼前へと姿を表す。


 ――私に負けず劣らない、きらびやかなアイドル衣装。

 ピンクと白の2色に、ひらひらとしたフリル。

 そんな彼女の手には、宝石をあしらったステッキ……!?

 すべての要素に、既視感があった。


 そして私も、客席のリナも目を剥くなか……その人物が、高らかに名乗りを上げる。



「――私の、名はプリティ☆アイドル、マナカ!」


 ……は?

 思わず、息を呑む。


「この学園のみならず、世界を席巻することを決定づけられた、「英雄達」公認マスコットキャラクター!」


 学園の、誰もが。

 その宣言に、忘れかけていた恐怖を否応なしに喚起される。


 その姿、その声色、そして「英雄達」という単語。

 そのすべてが、あの暴虐皇女を想起させた。


 ……世は、まさにヒーローアイドル戦国時代。

 いまここに、東照宮 シズクと、多賀城 マナカの決戦の火蓋が――切って落とされた。





〜〜〜続く〜〜〜


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