chapter4.5-5:超絶美貌頭脳明晰完璧美少女アイドル、東照宮 シズク 〜黎明編〜


 


「君……アイドルに興味ない?」

「私が――アイドル!?」


 町中で突然の、ヘッドハンティング。

 驚きと共に目を見開くことしかできない私は、今起きたことが現実か、どうかもすぐには判断をしかねた。


 けれど。


「……ふふ」


 すぐにあることに気付いて、気付けばただ不敵に笑みを浮かべていた。

 そう、そうじゃないか。

 なにもこれは、特別なことではまったくない。


「ついに」


 だって……私、「東照宮 シズク」は。


「ついに私の、私だけの時代がきた――!」



 世界で一番可愛くて、可憐で、そして賢いのだから。



 ◆




 私がワカバヤシ学園で、浮いた存在となったのはあの9月の一件からだった。

 それまで、学園ではひとりのいじめっ子が、その絶対的な力で持って生徒、教師問わず強引に隷属させ、統治していた。


 ――多賀城 マナカ。


 あの正義のヒーロー組織「英雄達ブレイバーズ」で幹部を努めていたという、学園どころか新都でも最強とまで謳われていた少女だ。


 そしてそんな彼女に、私は。


 <マ、マナカちゃん最高!!!!あ、なにか食べたいものとこあったりします!?>


 <人にぶつかっといて、その程度で済むと思ってるわけ?しかもカースト最下位のゴミが、さぁ!>


 <お、覚えてなさいクソ教師!アンタのことは、マナカちゃんが絶対ボコボコに苛めてくれるんだから―――!>


 めっっっっちゃくちゃ媚びへつらった。

 だって、イジメられるのはいやだったから。

 巻き込まれて、能力も取られて惨めな学校生活を送るよりは勝ち馬に乗ったほうが全然いい。


 それはマナカちゃんに従ったときも、あの偽教師…… に従ったときも変わらない。



 ともあれ、これから学園は平和になるはずだった。

 本物の多賀城 マナカを監禁し、その姿を奪って成り代わっていた「城前 カナコ」はユウ先生とリナがどこかへ連行していった。

 本物のマナカちゃんも学園に登校する様になって、彼女の遺した爪痕なんてどこにもない。


 きっと、平和に。



 ◆

 ◆

 ◆



「お、おはようマナカちゃん……!」

「え……あ、おはよう……?」

「あ、わたし椅子になるね!どうぞ!」

「いや、え!?やめて、やめてよそういうの……」


「リナ様、今度はいつ学園に来られるのかしら……!」

「私達の救世主だもの、あの方の意思を継いで私達がこの学園を良くしていかなくちゃ!」


「……あ、の元親衛隊さんじゃあないですか?」

「お、おは、よう……」

「ねぇ、いったいどんな顔して登校できるわけぇ?面の皮めっちゃ厚くない?」

「ご、め……」



 まったく、平和にはならなかった。

 いや……むしろ状況は複雑化しているとすら言えた。


 本物のマナカちゃんは、過去暴虐の限りを尽くした彼女カナコちゃんと同じ顔。

 だから本能的にみんな怯えてしまって、結果的にマナカちゃんは学園内で孤立するようになってしまっていた。


 そして……偽多賀城 マナカを真正面から打ち倒した学園のヒーローとして、リナの名が学園中に轟いた結果、その信奉者が現れだした。

 そのいずれも、かつてイジメられていたところをリナや、ユウ先生に助けられた者たちだ。

 彼女たちは自分たちのされたことの仕返しとばかりに、元親衛隊の面々をいじめ倒している。


 なにせ、元被害者。

 自分も同じことをされていた、とヒートアップするばかりで、しかもそれを周りも止めない。

 みんな、心のうちでは未だにわだかまりを抱えているからだ。

 それを自分でないだれかが手を汚して、代弁してくれるというのだから止める気がないのも当然。

 あろうことか教師ですら、そのような態度であるのだから……いよいよ、世も末である。


「はぁ……」

「あぁ居た!東照宮 シズク!ねぇアンタも元親衛隊よね?なら、仕返しを――」


 急に掛けられた声に振り向くと。

 そこにいたのは、なんだかどこかで見たことのある顔。

 しばらく、考え込んで、思い出して……ようやく、その正体に思い当たる。


「あ!わたしが昇降口でしばいたいじめられっ子!」


 我ながら最悪の言葉が発される。

 そうだ、なんだか見覚えがあると思えば、この女子生徒ははじめてユウ先生に出会ったときに私がいじめていた子だ。


「そ、そうよ!あんときはよくもやってくれま、くれたわね!」


 女子生徒はやけにたどたどしい口調で私を糾弾する。

 なんだか、違和感がすごい。

 上っ面だけ強い感じに取り繕ったみたいだ。

 根が陰なのがなんとなく透けている。


「はぁ……あんときはごめんね、でも別にやりたくてやったわけじゃなかったんだって!偽マナカちゃんに脅されたらああせざるを得ないっていうか」

「問答無用です……じゃなくて問答無用だ!能力も戻ってきた今、貴方に負ける道理なんてないんだから!」


 彼女がそういった、その刹那。


 ――その足元が、にわかに光を発する。


「っ」


 私が警戒態勢と取ると同時に、その光はにわかに形を取りだす。

 絵に描いたような、稲妻。

 そこで看破できた。彼女の能力は雷を操るもの。

 そして、その狙う先は。


「いきなさい、昏き天裂く開闢の光トルエノ・ネグロ・レランパゴ!」


「何語なのそれ!?」


 ……言ってる場合じゃない!

 わたしは即座に、回避行動を取る。

 彼女から発された漆黒の雷は、紫のオーラを纏いながら不規則にこちらへ向かってきた。


 私はそれに対し、回避しながら氷を生成。

 小さな盾として無数に滞空させ、飛び散る閃光から自分を都度防御する。


 ――あの子、本気で私を殺しかねない勢いだ。


 とはいえその怒りは正当なものである。

 私は命令されてたとはいえ、他の人をいじめて悦に入っていた。

 ある種、ストレス発散だったといってもいい。


 その後、見事に自分もいじめの対象に転じかけたわけだけど……それは、結果論。


 彼女には、私に報復するに十分すぎるほどの適格を備えているのだ。


 でも。


「やられては、やんない!」


 私は自分を奮い立たせる。

 負けられない、理由がある。

 元・多賀城マナカ親衛隊三番隊隊長、鳴子ユウ・志波姫リナと共に学園を救った、三英傑の一人。

 その名が、自らが築き上げた称号が――ここで倒れてはいけないと、私を奮い立たせている。


 それに。


「なにより――」


 一番負けられない理由。

 それは――!



「痛いのは、イヤだ―――ッ!」



 巨大な氷と、黒き雷。

 それが無数に無数にぶつかり合い、砕け散った先に――ついに、勝敗は決したのであった。


 ◆



「いったいー!!!!」


 学校のグラウンドで、激戦の末に私は叫ぶ。

 あれから数時間。

 校内で能力バトルをしてるのが教師にバレ、ばちばちに叱られた私といじめられっ子は学校のグラウンドに追い出された。


 そこで、第2ラウンドが行われたわけだが……屋内ならまだしも、屋外では明らかに不利な戦闘を余儀なくされ、私は普通に大敗を喫したのであった。

 ……それでも数時間耐えて消耗させただけ、すごいと褒めてほしい。


「く、そ……何時間やらせるんですの…立て、ない……」

「へへーん!ヘトヘトな、ようね……このシズク様に無傷で勝とうなんて、百億光年早いわぁ!!!!!あいった!?口の端切れてる!」


 あざ笑ってやろうとしたのに、口が痛くて思わず悲鳴がもれる。

 状況はまさに痛み分け。

 私はどうにか立てるが、彼女は因子切れで足腰もおぼつかず、へたり込んでいるようだった。


 ――うん、これは勝ちと行って差し支えないだろう。

 最後まで立っていたものが勝者、という格言もある。

 傷だらけの勝利ではあったが、これは意義ある戦いだった。

 きっと彼女も、すっきりと敗北を認めてくれるに違いない。


「その身なりで、勝利……?」


 ……?

 相手の言葉に、自分の服をみる。

 ――ところどころが破れ、ところどころが黒焦げ。

 やたら露出度の高い、まさに異能バトル後といったような装いと化している自身の姿に、そこでようやく気付く。


 うん、そうだなこれは。


「……引き分け、痛み分けね!いい勝負だったわ!」


 私はそう宣言し、相手の元へ向かい手を差し伸べる。

 ほぼ負けということを頭の片隅で理解しつつも、不思議と、晴れやかな気分だった。

 能力を全力で発動させてぶつかり合うなんて、生まれてはじめての経験だ。

 それは新都では基本的に禁止されてることだし、学校としても校則で禁止していたこと。

 本当は先生にバレたあのときに退学にされたっておかしくはないレベルのことなのだが……あるいは、ガス抜きとして黙認してくれたということなのかもしれない。


 そして、この勝敗を以て、私はあることを決断する。

 ――この学園で、私が頂点に君臨する未来はこない。

 学内には元の支配者の顔をもつ多賀城 マナカ。

 救世主として敬われ、シンパを多数抱える唯一神のような存在と化した志波姫しわひめリナ。

 そして衆目の元で絶大な力を翳し、その強さを全校に見せつけたことでこれから新たな錦旗と仰がれるであろう、この女。


 そこにつけいる隙は、もうない。


「貴女、名前は?」

「……七北田 ななきたルリ」

「この学校のこと、任せたわ」

「……は?」


 私はぽかんと口をあけるルリに背を向け、歩いていく。

 その方角は、学園の、寮の方でもない。

 正門、学園の外。

 門限を過ぎようという時間にその方角へと向かう私のことを、ルリは制すだろう。


 だが……ここはもう、居場所じゃない。

 私が君臨できる、新しいステージ。

 それを見つけ出すまでは、ここに帰ってくることはきっとないだろう。



「東照宮、シズク!」


 背後から、恋しそうな声が響く。

 私がこの学園から去ることを、察して引き止めてくれるのか。

 だが哀しいかな、どのような声をかけられても私が寮に帰ることはない。

 もう決めたのだ。

 新天地を目指す私が、今引き返すことは。


「居なくなるみたいな雰囲気ですけど、その格好で……?」



 ――――、



「着替えてから出てく」



 そうして私は部屋に戻り、荷物をまとめてから学園をあとにしたのだった。


 ◆



 勢い任せに学園を出て、もう時刻は門限をとっくに過ぎた頃だ。

 空は真っ暗。

 もう秋も深まる頃だから、当然か。

 そんな中で私は……学園のあるワカバヤシ区を離れ、アオバ区の中心部……「ニュー・センダイ・ステーション」へとやってきていた。


 ここは旧仙台市を覆うように作られた新都、その中心部。

 かつてそこにあった「仙台駅」を再現、発展させた超大型の複合施設だ。

 全ての区への直通リニアモーターカー、要人専用の車両、タクシープール。

 そして併設された百貨店や無数の電気屋、商業施設の数々。

 近隣にはイベントホールなども数多い、まさしく大都会である。


 その駅前、道路に重なるように上層に作られた、各施設を繋ぐ通路「ペデストリアンデッキ」。

 待ちあわせなどにも使われ、夢見るバンドマンが演奏をしていたりもする広場的な場所であるそこに、私はいた。


「……」


 キョロキョロと、周りをみる。

 そして立ち上がり。


「――!」


 手すりに掴まりながら、ビシッとモデル的ポーズを取りながら携帯端末を弄る。


 ――そう、ここはアイドルやモデルのスカウトマンがよく声掛けをしていると話題のスポット。

 私は今、そこで誰にともなくアピールをしていた。


 ……なぜか?

 決まっている。

 学生である私が、寮に戻ることなく暮らしていく方法、そんなものは一つだ。


 私は――アイドルになる。


「……!」


 幸いにして、私の顔は超絶美少女だ。

 アイドルなんて余裕も余裕、今まで世界に注目されなかったのだって、全寮制のワカバヤシ学園になんて押し込まれていたせいに過ぎない。


 こうして町中で、自発的にアクションを起こしていれば……やがて数多のスカウトマンが声をかけてくるのは、自明の理だ。


「……」


 10分。


「…………」


 20分。


「………………!?」


 30分。


 ――なんで、誰も声をかけてこない!?

 思わず大群衆の中でそう叫びそうになる。

 こんなにアピールをしている美少女がここにいるのに、見る目がなさすぎるのでは?

 そう思うと、怒りが込み上げてならない。


 もういい、所詮アイドルの座など私にとっては取るに足らないものだ。

 私の願いは、スターになること。

 そして金の心配もなく、他人を顎で使えるような大セレブとなってあの学園に凱旋することにある。


 思えば遠回りが過ぎたかもしれない。

 速攻でオーディションに応募しまくって、受かってしまうほうがよっぽど早いじゃないか。


 そう思い……私は足早に、その場を去ろうとする。

 もうここに用はない。

 せいぜい、クラスに二、三人はいるくらいのちょうどいい美人だけ捕まえて満足していればいい。

 私は世界に燦然と輝く唯一無二のスターなのだから、そんな座に固執は。



「――あの」


 毒づいていた、その時。

 ふと背後から声をかけられる。


 見ると、そこに立っていたのは私と同年代か少し上くらいの、若い男性だった。

 その装いをみて……なんだか、野鳥の撮影とかしてそうなカメラマンっぽいと思った。

 カーキ色のジャケットに、カメラを入れるようなポーチ。

 それを高校生くらいの見た目の男がつけているから、なんだか周りから若干浮いたような印象を受ける。

 そしてそれは外見からだけではなく……身に纏う雰囲気のようなものでもあるような。


「なに?今私急いでるんですけど!なにせ美少女なので――」


 私は怪しげな高校生との会話を、強引に切ろうとする。

 変なナンパなんてごめんだ。

 そもそも中学生に声をかける時点で大分やばい奴なのは間違いないし、当然応対も適当になる。


 だが。

 彼が次に呟いた言葉に、私は目を見開いた。


「君……アイドルに興味ない?」




「私が――アイドル!?」


 ――きた。

 ついにきた!

 やった、スカウトの噂は本当だったんだ。

 私は内心、踊りださんばかりにテンションが爆上がりする。

 自分では自分を当然可愛いと思っているけれど、他人からどう見られているかなんてわからないから……本当はとても不安だったけど。


 ついに、ついに。



「ついに私の――、私だけの時代がきた!」



 世界で一番可愛くて、可憐で、そして賢い。

 その自称が、他称に変わるときがきたのだと……そう、確信したのだった。



〜〜〜続く〜〜〜

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