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chapter5-18-1:presented by GOLD


 ◇



 ――私は、怪人というものが嫌いだった。



 25年前、隕石災害のもたらした恐怖が冷めやらぬ時期に、私はこの世に生を受けた。

 生家は瓦礫を撚り合わせたような廃墟。

 その最中、複数世帯が寄り添い合うようにしてできた共同体のなかで、私は成長していった。


 やがて、私が物心つく頃……ある力が身に付いた。

 それは物を動かす力。

 俗に言う「念動能力」……今でこそありふれた、普遍に存在する「能力」のひとつだ。

 それが発覚した当初、私はまるで神童のように扱われた。

 災害の爪痕に現れた、奇跡の子。

 未だ瓦礫の撤去が終わらぬ「仙台」という地に現れた、救世主であると。


 それから暫く。

 持て囃され、期待され。

 それに応えることが、自分自身のアイデンティティとなってきた頃。


 ――能力者達の、反抗期が始まる。


 彼等は徒党を組み、異能の力でもって盗み、暴行、占領……あらゆる悪事を働いた。

 能力を持たない層からのヘイトは日に日に増し、抑えきれないほどに広がる。

 そしてその矛先は……犯罪に手を染める者たちでなく、ルールを守り人々の為に献身する無害な者たちへと向けられた。


 差別。

 いわれなき悪口。


 それらに……私達は、ただ耐えることしかできなかった。


 反抗期の子供達はやがて、絶え間ない悪事の果てにその精神を因子に呑み込まれていった。

 ヒートアップし、暴走していく彼らの成れの果て。

 その姿はやがて異形の怪物となり、人という種から逸脱する。


 ――「怪人」。

 それが彼等につけられた名。


 ヒトという枠組みを外れ、醜悪な怪物へと身を堕した愚かな悪人達。


 その台頭に、非力で、無力な非能力者達は恐れ慄くばかりで何も対抗策がない。


 だから、は。


 ――――「英雄達ブレイバーズ」という、正義の組織を作り、対抗したのだ。




 ◇


 ◇


 ◇





『――懐かしいな、その話も』


 電話口から響く声は、私の慣れ親しんだものだった。

 その昔、共に正義の為の組織を創り、襲い来る凶悪な怪人共と戦った無二の戦友。

 そして……私の、実の兄。

 英雄達の創設者にしてリーダー、「青葉 ジン」。

 彼から突然にきたその電話は、実に一年ぶりの兄弟の付き合いだった。


「あの頃は大変だった。今でこそ私もこうして会社を興し、新都の中枢を高層から見下ろす身だが……あの瓦礫のなかからは予想もできなかった未来だ」


 私、「青葉 キョウヤ」はそうしみじみと呟きながら、紅いワインの入ったグラスを傾ける。

 ゴルド・カンパニーを興してからかれこれ十年。

 十五歳の若輩者が立ち上げた企業は、この十年の間に大きく発展を遂げた。

 最大限能力者の力を活用し、新技術や産業を手広く行っていった果て、私はこの新都アオバのほぼ全てのインフラを掌握しつつある。


 電力、合成食品供給、通信設備。

 その他様々な、生活において必需となるものを、私達が一手に担っていると言っても過言ではない。


 だがそれは、結局縁の下の力持ち以上の意味を持たないのだ。

 裏方ではなく、表舞台。

 影から支えるサポーターで終わるのではなく、対外的にも、この街を治める者としての立場を確立したい。

 そう考えていた私にとって……舞い込んできた出馬要請は、渡りに船だった。


『しかし、キョウヤが都知事の最有力候補とはね。僕も鼻が高いよ』

「英雄達の頭領にそう言われては、些か面映い。私よりも遥かに大きな力を持っているのは、貴方だろうに」

「僕に力なんてないよ、知ってるだろう?僕が……」


 そこまで聞いて。

 私は電話の声を遮るような、けたたましい通知を耳にする。

 この音色は内線、それもフロントからのものだ。

 用件はわかる。

 今日予定されていた、ある予定についての連絡だろう。


『仕事か?急に連絡して悪かったね、また掛けるよ』

「あぁ、いつでも。最近は会うことも出来なかったから、次は顔を合わせて会食でもしよう。では」


 私は兄にそう告げ、電話を切る。


 さぁ、ここからは仕事だ。

 特に今日は、一層張り切っていかねばなるまい。

 兄との久々の邂逅に興奮冷めやらぬなか、私はいい加減に仕事へと戻ることとした。


 仕事と言っても、普段やることといったら対外的交渉と、内部から舞い込む様々な許可申請への承認だ。

 しかし今日は、それとはまた別の仕事が待っている。


「そろそろ時間か?」

「はい、既にエントランスでお待ちになっているようです」

「おや、もうか」


 秘書の言葉に、私は上着を羽織って社長室を後にする。

 予定時間より30分も早いが、彼はもうすでに待機しているらしい。

 今まで声がかからなかったということは、エントランスには来つつも受付にはまだ話をしていなかったのだろう。

 こういった待ち合わせは早すぎても具合が悪い。

 大方、ずっと早くから待機していて、5分前に受付へと知らせるような段取りに違いない。

 なんともまぁよくできた学生さんじゃないか、と感心すら覚えた。


 ――今日は我が社に一名、インターンシップの希望者がくる日だ。


 それは珍しいことだった。

 なにせ我が社は普段インターンシップの募集ということはしていなかった。

 その希望者は自ら会社に電話をし、どうにかやらせてもらえないか、と頼み込んできたのだ。

 始めに電話を受けた部下から、どうしたものかと相談されたときには驚いた。

 だが同時に……そういった前のめりなやる気がある少年というものには、好感を持ったのだ。


 私は二つ返事で許可を出し、体験させる仕事の内容もセッティングした。

 そして今日が、その初日だ。


 エレベーターに入り、自身の社長室のある150階から、彼が待つエントランスへと向かう。


 ボタンを押して、およそ二十秒。

 激しい衝撃や、浮遊感を感じることは一切ないまま、またたく間に目的のエントランスへと向到着する。

 流石、重力操作の力をもつ能力者の因子を抽出、培養して実用化した反重力式エレベーターだ。


 エレベーターを降り、私は目的の待ち合わせ場所へと徒歩で向かう。

 私が降りたのは2階、彼が待つのは1階だ。

 どうして手前の階で降りたかというと、エレベーターからパッとでてきて挨拶、ではなんとも締まらないから。


 客人がやってくるときには、必ず2階の階段から降りつつ挨拶をすることに決めているのだ。

優雅に、余裕をもち、相手から見えやすいように。

 こういった雰囲気作りも、一種の社交辞令のひとつだ。


 そうして1階への階段の前にまできて。

 私は一拍置いてから、階段を一段ずつ降り始め。



「――やぁ、よく来てくれたね!」


 待合室で鞄を持ち、待っていた一人の少年へと声をかけた。


 彼はこちらに気付くと、目線を合わせお辞儀をしてくる。

 そして階段を降りきると、私は彼の前へと続けて歩みを進めた。



「この度は機会を頂き、誠にありがとうございます。私は――」

「あぁ、良い良い!あまり畏まられるとこちらの方がやり辛いから、自然体でいてくれると嬉しい」


 ガチガチに緊張した様子の学生に、私は牽制をかける。

 実際のところ、畏まられたり謙られたりするのは得意ではない。

 もっとフランクに、なんであればタメ口であったとしても気にするところではないのだ。

 他所の会社ならいざ知らず、ここは私の会社、私がやりやすいようにしてくれるのが一番いい。


「あ、では……改めて、今回はありがとうございます、僕の名は――」


 少し砕けたように、少年ははにかみながら自己紹介をする。

 そして、彼の名前を聞いた、そのとき。



「――鳴瀬なるせ、ユウと申します。一週間のインターンシップ、よろしくお願いします」


鳴瀬なるせ――?」



 それは、聞いたことのある名だった。

 組織の宿敵、その誕生に寄与した大きな事件。

 あの大事件の、その被害者一家の名字であると、私はすぐに気づいたのであった。


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