chapter5-11:変奏曲・地下への逃走者達



 <<変身解除リクルージョン>>



『な……」


 砕け散る、明通イクトの「エヴォ・トランサー」。

 そのなかからは「鋼剣SWORD」の記憶触媒メモリ・カタリストが転げ落ち、地面に落下し転がりまわった。


それと同時に、明通イクトの身を包んでいた白銀の甲冑……戦闘衣スーツは、光がほどけるようにその場に霧散する。


 もはや、フェイスソードはこの場で変身できない。

 サーベル・ファングは、そんな彼に構わず逃走していったようで……残念ながら、既に視界の外に逃げおおせていた様子だった。


『追うか……いや、今は』

「待て……!僕は、僕はまだ……!


 俺は、満身創痍でなおもこちらに啖呵を切るイクトに背を向ける。

 ……変身能力を失ったお前に、もはや用はない。

 これが人々に悪戯に危害を加えるような連中だったなら追撃のひとつでもするところだが、こいつはただ組織を信じて戦っていただけだ。


 なら、今最優先すべきは。


『大丈夫か?クロコダイル』

「え?あ……あなた、もしかしてあのときの――」


 イクトを無視し、クロコダイルのもとに近寄る。


すると彼は、こちらの正体を察したように目を輝かせた。

 二人組で、自分の名前を知っている能力者というところで勘付いたのか。


 荷物をみすみす盗られていたところから抜けているやつなのかと思ったが、思った以上に察しのいいやつらしい。


 ――そう彼に感心した、そのときだった。




 <緊急警報!緊急警報!>




 けたたましいその音声が、街中のスピーカーから響き渡る。

 それと同時に耳をつんざくようなアラート音が鳴り、その場の空気は一変した。


『まずいな、街中のヒーローがここに集まってくる……!』

『どうしよ……わたしの能力でも、さすがに逃げきるのはきびしいかも』


 珍しく、リナが弱気な様子でそういう。

 無理もない、リナは俺よりも遥かに戦闘経験が少ないのだ。

不測の事態には当然弱い。なにせ、つい数週間前まではただの学生だったのだから。

……といっても、期間としては俺も大差はないが。


ともあれ、彼女の懸念も心配ももっともなものだ。

 リナの能力はかなり応用がきくし、逃げに徹すれば逃げ切れる可能性はあるが……それでも、相性というものがある。


つまりここでする決断は二つに一つ。

隠れるか、戦うか。

前者は索敵系のヒーローがくれば詰み、後者は追手の数と質によっては詰み。

どちらにしても、分の悪い賭けであることには違いない。


だがそこで。


「それなら、僕についてきてください!ヒーロー達には絶対に見つからない場所があります!」


 クロコダイルはそういうと、俺たちを先導する。

 苦しみ悶えながらこちらをにらみつけるイクトの、その後ろへと抜けた彼は、路地の先へと指差して俺たちを誘った。


『……信じるのが、最善か』

『いこう!』


今は、考えている余裕はない。

クロコダイルが逃げの手順を熟知しているというのなら、素直に従うのが吉だろう。


 そう考えるのと同時に、傍らのリナは急いでクロコダイルのもとに近寄っていく。

 俺もそれに倣って、イクトの横をすり抜ける、が。


「リヴェンジャー……逃げられると思うな!「英雄達ブレイバーズ」が、必ずお前を!」


 負け惜しみのような言葉が、明通イクトからぶつけられる。

 だが、そんな言葉はまったく響かない。


『お前は、その「英雄達ブレイバーズ」を本当に信じられるのか?」

「……」


 俺の反撃に、イクトは図星を刺されたとばかりに目を見開く。

 ……本当に、素直なやつだ。

 あんな組織に従うのはもったいないと思ってしまうほどに、真っ直ぐで。


『悪いことは言わない、「英雄達ブレイバーズ」を抜けろ。……だいすきな人助けも、もう組織にいなきゃできないわけじゃないだろ』


 良いやつだと、そう思ってしまったから。

 そんな無意味な忠言を残して、俺はクロコダイル達と共にその場を後にした。



 ◇◇◇




「組織が信じられないことなんて……とっくにわかってる」


「でも、それでも僕は……!」




 ◇◇◇



 フェイスソードを尻目に路地を引き返し、クロコダイルが逃走してきた道を逆走する。

 そして何回か路地裏の細道を曲がったあと、彼は唐突に足を止めた。


『どうした急に、次はどっちに……』

「ここです、ここの……」


 俺の質問に、クロコダイルはにやりと笑みをみせる。

 そしてしゃがみ込むと、彼が地面に手を伸ばしたのでその視線の先を追うと。


『マンホール?』

「そう、地下です!僕らは地上じゃ安心して暮らせないので」


 なるほど……と、思わず納得する。


 思えばこの新都で、怪人が大勢潜伏できる場所など地上にはないだろう。


 なにせ、一匹町中に出ただけでも大騒ぎでニュースになるほどなのだ。

 常にヒーローが全域を巡回するこの街で安全な場所を探そうとしたら、地下に白羽の矢が立つのは当然。


 反英雄組織アンチテーゼの拠点が地下にあるのも、おそらくはおなじ理屈なのだろう。


 そうしてクロコダイルが蓋を開けると、そこからは紫色の瘴気が立ち上る。

 それ自体には異臭などは特になかったが……。


「……!なんだ、この感覚」

「頭が……」


 俺とリナは、まったく同じタイミングで倦怠感を覚える。

 ……未成年だから酒を飲んだことはないが、きっと二日酔いというのはこんな感じなのかもしれない。

 にわかに吐き気すら伴うそれは、俺たちの体に明らかに悪影響を及ぼしていた。


「ふつうの人の身体なお二人にはきついかもですけど、しばらくすると慣れますから!今は急いで!」


 クロコダイルはそれも織り込み済みとばかりに、急いで地下へと降りていく。

 目前の通路、その先には紫色の靄がかかっていて、いかにも禍々しい雰囲気だ。

 だがそのなかを、クロコダイルは迷うことなくズカズカと突き進んでいく。


 俺とリナは一瞬目配せして……躊躇しつつも、それに続くことにした。



 そうして俺たちは、未知の領域へと足を踏み入れていく。

 新都「アオバ」の地下深く、列島が割れた「国断事変」以前の都市区画。



 ――「宮城県みやぎけん仙台市せんだいし青葉区あおばく」、その廃墟がある区域へと。



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