chapter5-10:折れる剣
◇◇◇
選挙活動の行われてる広場から、数百メートル離れた先にある路地。
「ひぃ、ひぃ……!」
そこでは一人の異形が、迫りくる脅威からただ必死に逃げていた。
息は切れ、おぼつかない足取り。
だがそんな彼、「クロコダイル」の健闘もヒーローには届かない。
『待て、怪人!神妙に―――!』
確実に、着実に。
追手であるヒーロー達は接近してきていた。
相手は、通報を受けて急行してきたヒーロー、白銀の鎧を身にまとう剣士「フェイスソード」だ。
近未来予測、高機動。
この新都広しといえど、なかでも逃げおおせることが、最も困難なヒーローである。
「死にたく、死にたくない!こんなところで……!」
そんなことを知る由もないクロコダイルは、なおも走る。
心からの叫び。
恐怖と困憊に喘ぎながらも、必死に。
「皆の前以外でなんて、死にたく―――」
しかし、その祈りは届かない。
目前の建物、その壁が突然爆発し、瓦礫が逃げ道を完全に塞ぐ。
「あ、あぁ」
退路を塞がれ、立ち往生するクロコダイル。
そしてその背後から……冷徹な声が響く。
『―――怪人さん、貴方に恨みはない』
「に、げ」
そこに立っていたのは、フェイスソード。
どうにか逃げようと周りをみるクロコダイルだったが、背後は瓦礫、もう一方の道にはフェイスソードが立ちはだかる。
横道もなく……彼の先にしか、退路はなかった。
『だが、僕達は「
フェイスソードは剣を構えつつ、しかし穏やかに声をかける。
その言葉に、
「私は!私たちはなにもしていないんです!どうか、お助けを……」
「っ、言葉を――!?」
フェイスソードは、予想外の反応に思わず剣を下ろした。
対する怪人が発したその声は、間違いなく人の言葉だったからだ。
意識を、維持した怪人。
そのうえ襲いかかってくることもなく、逃げるばかり。
導き出される結論は、ひとつだ。彼は駆除すべき怪物などではなく。
『おいおい、怪人相手に説法かよ?甘いな新人!』
……だが、そう考えた時。
フェイスソードの背後から、別のヒーローの声が響く。
『こういう奴等は、問答無用でぶっ殺してやりゃあいいんだよ!生きてるだけで迷惑かけてくるような奴等だ!』
そんな啖呵と共に乗り出してきたのは、フェイスソードより歴の長い先輩ヒーロー、「サーベル・ファング」だ。
怪人との交戦経験も数多く、ベテランヒーローとして優秀な戦績を示し続けている男で、この近辺の警備担当でもある。
『それは、乱暴な物言いです! 彼はまだなにもしていない!それに今、言葉を――』
『あーもう、うるせぇなぁ!俺は早く帰りてぇんだ、さっさとぶっ倒すぞ!』
フェイスソードの制止にも構うことなく。
サーベル・ファングは自身の
<
その勇ましい音声と共に。
サーベル・ファングの腕部の装甲が開閉し、そこから光が、巨大な牙のように現れる。
そしてそれを、迷いなく振りかぶり。
「ヒィ!?」
『オラァッ!』
クロコダイルの頭上へと、全てを喰らい殺さんとする光牙を振り下ろす。
だが……その瞬間。
『―――ガハァッ!?』
――サーベル・ファングは、唐突に勢いよくビルの壁へと叩きつけられた。
その装甲は歪に歪み、砕けかけていた。
意識の外、視覚外からの突然の攻撃。
あまりに突然の事態に、唖然とするばかりのクロコダイル。
殴られたサーベル・ファングは痛みに呻き、血反吐を吐きながらその場に倒れ伏す。
そしてフェイスソードは……ただ黙って、その光景を見つめていた。
そんな土煙が吹き荒れる路地に、一同の頭上から声が響く。
『生きてるだけで、迷惑をかける?』
フェイスソードにはそれが、聞き慣れた声に聞こえた。
ヒーローとなったあの日に聞こえた声。
そして幾度となく、自身の妨害をし続けた男の声だ。
『それはお前らみたいなのを言うんだよ、正義中毒のヒーロー気取り』
――
彼はその言葉と共に、クロコダイルを背にするに路地へと降り立ったのだった。
◇◇◇
状況は、深刻だった。
俺らが来るのが数秒遅れていたなら、クロコダイルはその命を散らしていたことだろう。
そう思いながら……俺は、クロコダイルを庇うようにして着地する。
『リヴェンジャー……!よくも!』
『い、てぇ!?痛い、痛い!?』
対するのはフェイスソード、そして先程の攻撃でビルに沈み込んだサーベル・ファングだ。
整備されたアンチククリから放たれた全力の射撃だったのだが、流石はベテランヒーローといったところか。
並のヒーローなら再起不能となるようなダメージを負っても、わざとらしく痛がる余裕があるらしい。
『早く、後退してください!彼は僕が!』
そんなサーベル・ファングを庇うように。
フェイスソードは、剣を構えてこちらを警戒するように立ちふさがった。
……だが、奴の動きにはどこか違和感がある。
なにか、動揺しているような。
正義を妄信して一直線に突き進むフェイスソードには珍しく、目前の敵に集中しきれていないような、違和感。
「どうしてお前がその怪人を庇う、リヴェンジャー……!」
俺は、そんな浮足立った相手の動揺を、見逃さずに仕掛ける。
大地を蹴り、一気に距離をつめて打ち込む最速の拳。
それはフェイスソードが防御態勢をとるよりも早く、その体表に打ち込まれた。
『ぐ……!』
予想外にクリーンヒットした全力の拳。
それにたまらず、フェイスソードは大きく後方に吹き飛ばされる。
……未来予測も、おざなりらしい。
どれだけ集中できていないのやら、これではそこらのヒーローのほうが余程手応えがあるくらいだ。
そんな奴もどうにか受け身を取り、体勢を立て直そうとこちらを睨みつける……だが。
『――
『っ!?』
そこに、すかさずリナの能力による追撃が加わる。
色とりどりの砂糖菓子の形をとった因子の塊が、縦横無尽に襲い掛かる遠隔攻撃だ。
俺の攻撃からの続けざまの連携、いくら十全に未来予測ができたとしても、身体を動かすのが間に合わなければ抵抗のしようもない。
『う、ぐ……くそ……!』
倒れ伏すフェイスソードは、起き上がる気力もないかのように呻く。
その目には、本物の闘志のようなものは伺えなかった。
俺より、クロコダイルより、自分自身を戒めているような、自罰的な表情。
……その目が、気に入らなかった。
『どうした?立て、フェイスソード。お前は正義の味方だろ?』
『お前なんかに、言われなくても……!』
ふらつきながらも、フェイスソードは立ち上がり剣を構える。
だがその手にはどこか、力が入っていないように見受けられた。
心が、折れたのか?
俺とリナ、二人の攻撃を受け倒れた程度で?
『どうした?いつもの空元気は。正義だのなんだのと、いつも煩かっただろう』
『黙れ、僕……いや、私は!』
それとも……他のヒーローの悪行をみて、組織が信じられなくなったか。
いずれにしても、あんなに敵対視していた俺の言葉ひとつで動揺するほどに奴の心は疲弊しきっていたようだった。
明通 イクト。
あの『
だが、その信念も揺らぎ始めてしまったのか。
『だとしたら、お前に勝ち目はない。俺に……』
なら、せめて引導を渡そう。
クロコダイルを助けるため、ヒーローを一人でも減らすため。
そしてなにより……明通 イクト自身のためにも。
<
『俺に、迷いはない』
右腕から、因子の崩壊現象によって光が迸る。
立っている足元には亀裂が走り、巻き起こる風は、辺りの小石を激しく吹き上げた。
俺はそのまま、及び腰のフェイスソードへと全力で拳を振りかぶり――!
『―――な、ぁ!?』
その、腕。
ヒーロー「フェイスソード」を形作るその根源。
奴の、「
『――
絶技を打ち放って……それを、完全に破壊したのであった。
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