chapter5-9︰最悪のencounter!
◇◇◇
アンチテーゼの本拠点に赴いてから、一週間が経過した頃。
俺とリナは、食料と生活必需品の補充のため再び買い出しに出ていた。
リナは相変わらず外に出るのをゴネていたが、新しい菓子を買ってやると行った途端に前のめり。
なんというか、素直だ。
「せんせい、ジャンボエクストリームずんだパフェ:
リナはずいぶんと目を輝かせて俺を急かす。
なんなんだ、そのやたら大仰な名前は。
前半の語彙力のなさと後半の大仰さがミスマッチすぎるだろう。
そんなことを思いつつ、街路を二人で歩いていると。
「なんだ……?」
進路上にある交差点、その歩道が随分と混んでいた。
しかも人の流れが一切ない。
車道にまで広がった人々は動くことなく、その場でただ立ち尽くしていた。
そしてその最奥から、マイクとスピーカーで増幅された声が響き渡る。
『―――故に、怪人はこの社会において、決して許されぬ害悪であり―――』
語り口、声色、そして周りの反応から、それがなんであるか直ぐに思い至る。
思えばここは、つい一週間前に設営を行っているのをみた場所だ。
「選挙演説か」
俺はふと気になり、足を止める。
隣からの不満たらたらな視線を痛いほど感じながら。
「パ、パフェ……」
「どのみちこの混み具合じゃ通れないし、間に合わないって」
「変身すればまだ間に合――」
「……今度、買い物のついでじゃなく連れてってやるから」
「ほんと!?ならいいや」
ちょろいものだ。
大人ぶっていても、甘味好きの子供であることには変わりない。
出費こそ痛いが……今は、目の前の事のほうが気になる。
『我々能力者が、真に社会に認められる為の行動を、起こす必要があるのです!』
なにせ、能力者初の政治家になるかもしれない男だ。
自分も能力者の端くれ。自身と同じく異能をもつ人類が、ついに政治に参画するというのだから単純に興味がある。
『私、「ゴルド・カンパニー」社長、青葉キョウヤはこの都知事選へ立候補させて頂きました。当選の暁には会社を他の才覚ある者へと受け継がせ、政務を一意専心、執り行わせて戴く所存でございます』
男は、25歳という若さながら軽妙に話す。
流石、瞬く間に新都を席巻する大企業を作り上げた人物。
その身振りや語り口には若さを感じさせない、貫禄のようなものを備えている。
『つきましては、力を持つがゆえに不当に差別され、職に就きづらい能力者の待遇改善。そして25年前に崩壊したまま、依然として廃墟となっている区画、すべての再開発。そして』
だが。
彼の唱えるその公約。
「能力者の地位向上、そして治安の改善に多大なる貢献を果たした「
その最後。
『―――「
それだけは――絶対に、支持できなかった。
『毎度、お騒がせしております。都知事選候補、青葉キョウヤでございます。能力者初の都知事、能力者初の政治家として――』
「……」
そこまで聞いたところで、俺は青葉キョウヤとそれに群がる聴衆へ背を向け、踵を返す。
「ん、せんせい、もういいの?」
目を離してる隙にどら焼きを頬張っていたリナが、ようやく終わったかとばかりに問いかける。
どれだけ興味がないんだ、この子は……というかいつの間に買ったんだ。
そんなことを思いつつ、俺はさりげなく周りを見渡す。
壁のように立ち並ぶ人混みの外側に、黒服の男たちが等間隔で並んでいる。
都知事候補の演説とあって、随分とセキュリティが手厚いらしい。
あるいは、中にヒーローが含まれている可能性もある。
あれだけ「英雄達」寄りの政策を打ち出すほどだ、それくらいやっていても不思議はない
ならあまり長居するのも具合が悪い。
最低限彼の公約なども聞けたし、長居は無用だ。
「あぁ、内容は聞けたし……なによりここは警備も厚い。万が一にでも何か起きたら、面倒事に―――」
そう言い切り、その場を立ち去ろうとした瞬間。
「あ、ユウさん!」
「……面倒事に巻き込まれる」
撤収するには手遅れだったと、反省する。
そこに現れたのは、かつて自分が助け、自分をヒーローのように慕う、「ヒーロー」。
――「フェイスソード」こと、明通イクトその人だった。
◇◇◇
キラキラと目を輝かせたイクトは、前のめりにこちらへと向かってくる。
……最悪中の最悪だ。
よりにもよって、数多いるヒーローのなかからこいつと遭遇するなんて。
「ユウさんも、キョウヤ社長の応援に?」
「……まさか、通りがかりだ。あんだけ人が集まってれば、気になるさ」
笑顔で語りかけてくるイクトへ、平静を取り繕い対応する。
コイツとは幾度となく戦う羽目になったが、そのいずれでも決着はつかなかった。
未来を読んだかのような先読みと、確かな実力を兼ね備えた明通イクト……フェイス・ソードは間違いなく一番の障害だ。
だからこそ、正体がバレることは絶対に避けたい。
何事もなく、疑惑を抱かれることなくこの場を。
「……あれ、その娘は?」
切り抜けたかったが駄目だった――!
そうだ、忘れていた。
イクトの前でリナを連れているのは初めてだ。
前回会ったときはリナは離れたところにいて、イクトには見られていない。
前々回遭遇したときは俺、リナ、あと……何といったか。
……そう、シズクだった。気がする。
ともかくその3人で別れて逃げたのだ。
だから今この場に俺達が揃っているというのは、向こうからすれば大変怪訝な光景だろう。
「こいつは――」
なにせ、似てない。
俺は黒髪で、リナはアルビノで白髪に紅目。
そのうえ顔も似てないときたら、説得力など皆無だろう。
どうにか言い訳を考えるしか――!
「――わたし、せんせいの親戚、リナ」
「そうかリナちゃんっていうんだ!よろしくねぇ!挨拶できてえらいねぇ!いやぁ、実は僕ユウさんには色々とお世話になってて……」
……既に解決したらしい。
なんだ、変に考えすぎた俺が馬鹿みたいじゃないか。
とはいえリナ本人から口にしたことが効いたらしい。いや、それにしたってイクトももう少し疑っていいとは思うが。
そうして、リナに目線を合わせたイクトが俺の武勇伝をあることないこと語りだした、ちょうどそのとき。
―――イクトが耳元につけたインカムから、独特なリズムの呼び出し音が流れ出した。
「ん、通信?ちょっと失礼しますね」
イクトはそう告げ、インカムに手をあてて通信を始める。
……なんだ、近くに怪人でも出たのか。
もしくはアンチテーゼの誰かが攻撃でも仕掛けたか……どちらにしても、ご苦労なことだ。
そう思い、哀れんでいたのだが。
「え、怪人が!?姿は……」
「――」
怪人。
その言葉に、嫌な予感が全身を走る。
先週通った道。近くには路地裏。
点が穿たれたような感覚。
そして。
「―――ワニ頭の、人型?わかりました、すぐ向かいます!」
その点が、線で繋がれる。
ワニ頭の人型怪人、間違いない。
俺達が出会い、泥棒から助けた「クロコダイル」だ。
「……」
「せんせい!まさか……」
リナもすぐに気付いたようで、心配そうにこちらを見上げる。
「ちょっと、別の仕事が入ってしまったので失礼しますね!」
イクトは忙しなくこちらに礼をし、そして背を向け。
その右腕を、天に掲げ叫ぶ。
「―――変身!」
<
響き渡る、勇ましい電子音声。
それと同時に鋼が組み合わさり軽快な音を鳴らしながら、彼の全身へと戦闘衣が形成されていく。
一連の音が鳴り止み、突風が止んだその場に立ち尽くすのは、一人のヒーローだ。
――フェイスソード。
明通 イクトが変身する、白銀のヒーロー。
『では、また!』
フェイスソードはこちらに手を振りつつ、大地を蹴り上げ高く翔び立つ。
全身のスラスターを利用してあたかも自由飛行のように、真っ直ぐに一つの地点へと飛び去った。
「リナ……」
それをみて、俺は目配せする。
「うん」
「行くぞ」
そのまま何を示し合わせるでもなく、二人で廃ビルの中へと駆け込み――、
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揃って、変身したのだった。
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