chapter5-1:黒の復讐者、悩みあり。
◇◇◇
―――25年前に起きた隕石落下によって国土を二つに分断された「日本」。
突如として首都が消滅し、東西の横断が事実上不可能となったその国は、東西にそれぞれが新たな都を築くことで別個の国家と化した。
その後、東西双方の統治領は超常的な力を産まれ付き備える「能力者」の登場で治安悪化の一途を辿る。
しかし東側の「新都アオバ」では、隕石落下後に誕生した「能力者」の有志が治安維持を目的とした組織「英雄達」を結成。
結成された「英雄達」の活躍によって各地の争いは一旦落ち着き、やがて彼等は「ヒーロー」と呼ばれるようになる。
今、世の人々は皆「英雄達」を尊敬し、「ヒーロー」を崇拝してすらいた。だが人々は知らない。彼らの一部が悪行に手を染め、あまつさえ「英雄達」自体を掌握しようとしていることを。
―――これは、そんな組織の被害を受け、家族を喪い……復讐を志した男の、反英雄譚である。
◇◇◇
新都に吹き抜ける、涼し気な風。
それはこの街全体へと、寒秋の到来を街中に報せる先触れだった。新都アオバのビルの隙間を潜り抜けるように吹いたその風は、やがてある一つの建物の部屋へと到達する。
―――アオバ区近郊にそびえる、大病院の上層病室。
そこには治療を受けている最愛の妹への見舞いにきた、俺こと
窓を開け放していた俺達だったが、この寒さだ。万が一にもリナの体調に障ってはいけない。そう思い、俺は何を言うでもなく立ち上がり窓を閉める。
「―――それでね、その時先生がね!」
「うんうん」
「……」
ふと。
窓を閉め終えたというのに、俺は窓辺から離れることもせずに二人をじっと見てしまう。
当然そんな行動は疑問に思われるわけで、視線に気付いた二人は不思議そうにこちらを見た。
「お兄ちゃん、どったの?」
「……いや、なんでもない。続けてくれ」
俺がそう言うと、「そう?」と安心したように会話を再開するリナ達。
そんな彼女たちの姿を、俺は椅子に座って改めて眺めることにした。
……愛する妹と、その友達になってくれたリナ。二人は屈託のない笑顔で、お互いの話に相槌をうち、笑いあう。
二人は二、三才は年が離れていたが、そんなことは感じさせないほどに仲睦まじい姿である。
ついこの間まで、両親を喪ったトラウマで心を塞ぎ込んでいた妹が……笑顔で、友人と話している。その事実はなにより、俺にとっての救いだった。
これまで散々と血に塗れ、最早表の世界に戻ることなど敵わない俺にとっては、それこそ唯一の。
このことに関しては、リナへも心からの感謝をせざるを得ない。彼女が俺の正体を暴こうとし、その結果として妹の知り合いになってくれたからこそ、今の幸せな光景があるのだから。
「しかし、な……」
本当に、心から感謝はしている。
だが……看過できないことも、あった。納得しようとしてもしきれない、けれどもどうしようもないことがあったのだ。
それは……リナと俺の、今の間柄にあった。
◇◇◇
「……どうして」
―――翌日の夕方、俺はただ一人、誰にでもなくそう呟いた。
今俺……鳴瀬ユウは、買い出しから帰ってきたばかりだ。いつもの通り遠くのスーパーにまで向かい、そして今我が家……もとい廃ホテルの一室、そのドアの前にいる。
ドアノブを引き、内部に入ると……そこには既に甘い匂い。
そして日に日に増えていくなんだかファンシーなデザインの家具たち……それを前に、思わず同じように、「どうして」という呟きを繰り返した。
そしてそんな俺に、ふと声をかける者がいる。
「?、せんせい?」
―――こいつが、俺の疑問の元凶。
何故か、俺の拠点へと転がり込んで……四六時中甘いものを平らげては、毎日どこからかファンシーなグッズを集めてきては部屋に並べ始めた諸悪の根源。
「どうして、こんなことになったんだ……」
彼女の名は、「
「よくわからないけど、お願いしてたケーキは買えた?」
―――今の俺の、ビジネスパートナー兼ルームシェア相手である。
◇◇◇
「あぁ買えたが……なんで俺が、こんなパシりみたいな真似を……」
彼女の厚顔な態度に見て見ぬふりをしつつ、俺は思わず疑問を提唱する。
そもそも何故、俺がこいつの買い出し担当となっているのかからして甚だ疑問だ。
居候なのだから、むしろ彼女が買いにいく方が筋だろう。なんで家主である俺の方が、まるで手下みたいに扱われなきゃならんのか。
「だって運動に出掛けるっていうから、いっしょに買えるって思って」
だが彼女はそんな俺の怒りに見向きもせず、ケーキを眺めながら無慈悲に告げる。
……確かに、ケーキ屋の近くは通る。けどだからって金も渡さずに、買いに行けというのはおかしな話だ!
そんな当然の憤りを、俺は思わずそのまま口をついて吐き出してしまう。
「……お前、そもそも自分の金でだな!」
―――だが。
「わたしのおきゅうきん、殆どがハルカさんの治療費になってるから……」
「うっ……」
その言葉のナイフは……真っ直ぐリナへと向かい、逆戻りして俺の心を突き刺す。
そう、そうなのである。
リナが俺の拠点に住む居候と化していたのは、そもそも彼女への恩返しの為だったのだ。
例の一件以来、リナがあの学校の寮に居づらいという話は聞いていたし、当然そうなるだろうとも思っていた。
なにせあそこには今、本物の「
―――ワカバヤシ学園を揺るがした大事件の結果、マナカを騙っていた犯人「
事件は解決、収束を終えた。しかし……彼女等の関係性には修復不可能な大きなヒビが入ってしまっのだ。
リナが学園を出ることを望んだのがその最たる証拠だ。学籍は残してもらって、卒業は保証されているとのことだったが……学生が、寮を出て独り暮らしをしたいなどと言い出すのは、相当のことだろう。
……そんな彼女から相談されて。
彼女とリナとの間に確執が産まれていることを、本人やシズクからの話でなんとなく察していた俺は……思わず、俺は自身のアジトで寝泊まりすることを承服してしまった。
―――今にして思えば、これが運の尽きだ。
別の住宅を用意してやる手もあった。だがアンチテーゼから給付された金の殆どはハルカの治療費に。残りは彼女が世話になっていた孤児院に寄付されてるとかで、今の彼女は最低限の生活費しか持っていないという。
当然俺も同様にハルカの入院費に殆どを費やしているわけで、残った予算も二人分合わせればまぁ潤沢には暮らしていけるかな……というレベルだ。
これだけなら、対等な立場にも思えるだろう。
お互いに懐が逼迫していて、向こうは居候。本来学校に通うべき年齢というならお互い様の話だし、せめてお使いくらいはしてほしいくらいだとも。
……だが一番に厄介なのは、彼女が「殆どの報酬をハルカの治療費に充ててくれている」、というところ。
いや、本来とてもありがたいのだけれども。
リナの寄付、そして彼女が定期的にしてくれる談笑のお陰で、妹の容態はみるみる快方に向かっている。
元々精神的な負荷が起因となっていた症状が殆どだったハルカの身体は、いまや大分安定期に入った。聞くところによると、最近は看護師とも会話ができるくらいに落ち着いているらしく、以前のようにフラッシュバックに襲われる頻度も、症状の程度も低減しているらしい。
それもこれも、間違いなくリナのお陰だ。
―――だからこそ……あんまり、強くでられないというのが最近の俺の悩み。
「まぁいい……それで、能力の調子はどうだ?」
「ん、うん、調子いい。たくさんお菓子食べてイメージも湧いたし、新しい技も試せそうだし、まだ食べれる」
「はぁ……お前、そんなに食べてたらすぐ太るぞ」
「わたし太らないもの。せんせいなら知ってるでしょ」
俺の問いに、ケーキを刺したフォークを頬張りながらリナはそう返事をする。
―――彼女の能力は、「空想投影」。
頭のなかに描いたものを、因子を使うことで現実に映し出す規格外な能力だ。
とはいえ、決して万能なものではない。まず能力使用の代償として、身体からエネルギーが失われる。
その対策として、リナは普段からお菓子をたくさん食べて自分のなかにストックのカロリーを溜め込んでいるのだ。能力の代償で太ることもないため、それこそ満腹になるまで無尽蔵に、である。
たぶん俺にケーキを買いに行かせたのも、そのためで……、
「―――!おいしい……クリーム………」
……たぶん、きっと。
まぁとにかく、彼女が強力、かつ信用のおける相棒のような存在になっているのは、紛れもない事実だ。
あの学園での激戦の後も幾度と戦いを繰り広げ、何度も彼女には助けられた。
その実力は折り紙付きだ、流石四天と謳われた「魔法少女プリンセス☆マナカ」を打ち破っただけはある。
今ならば、俺が真正面から立ち向かっても蜂の巣になって終わるかもしれない。それほどにリナの戦闘センスは想像の斜め上に、天才的だった。
「……うん、ごちそうさまでした」
そんな天才少女は、フォークを置いて口を拭き、手を合わせて挨拶する。
変なところが律儀というか、なんというか。
所々に育ちの良さが伺えるのは、幼少期のご両親の教育の賜物か、それとも孤児院側か。
そこまで考えて、脳裏に浮かんだのは出会ったばかりの頃のリナの姿。
同年代以上に落ち着き払っていて、感情を表に出さず、ワガママを言うこともなかった彼女の姿を思い出し、ふと俺は聞いてしまう。
だが。
「お前……出会った頃はもっと謙虚な子じゃなかったか?」
「別に、変わらないよ。せんせいに言われた通りにしてるだけだもの」
―――あぁ。
「「やりたいことを、やれ」って」
「……はぁ」
「それを言われると、なんも言えんな」
一本、取られた。
そう言われてしまっては……何も指摘することはできない。
好きなものを好きだと言って、嫌いなものを嫌いだと言う。時にワガママを言い、そして……幸せに、なる。
そういう年相応の生活をするように薦めたのは、間違いなく俺なのだから。
戦いの時には頼り、平時は頼られる。
そんな関係性も……まぁ、悪くはない、のかもしれない。
そんな風に思いながら、俺は天を仰ぐ。
―――そんなこんなで、廃墟での俺達の奇妙な生活は続いていくのだった。
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