chapter4-2-2:鳴瀬ユウの思惑 (後)
◇◇◇
―――大量強盗殺人鬼であったヒーロー「バイオレット・シーフ」。その討伐から、今は既に一時間ほどが経過している。
彼と対峙していた俺―――「リヴェンジャー」こと鳴瀬ユウは、自身の所属組織の拠点へと帰還を果たした。
……複雑な、心中と共に。
ヒーローが、異形の化け物である『怪人』へと変貌する姿。
そんなものを自身の目で見たのは、俺もその日が初めてだった。
「
実際は力を引き出す為に個人に合わせてフィルターは調整されており、「
それを通告なしに行い、力の弱いヒーローは過剰に強化。そこで芽が出なければフィルターを完全撤廃し、怪人化させたうえでその撃滅を若手ヒーローの手柄とするのが、彼らの常套手段なのである。
……とはいえ実際、怪人化に立ち会うことなどそうあることではない。
「
今回の「バイオレッド・シーフ」だって、俺が個人的に噂を聞いて捜索していただけで、特に「
(でも、それにしたってあの様子はおかしい)
―――だが、そこで俺はふと、疑問を抱いた。
バイオレッド・シーフの言葉は、まるで変身したその日から自由意思を獲得したかのような、そんな物言いだった。
今までも怪人とは相対したことがあったが、そのほとんどは知能のなく、会話することもできない低級の個体ばかりだったのに。
……だが、「バイオレッド・シーフ」の変異した怪人。奴は明らかに人格を獲得しており、しかも本体を謀って裏で肉体を操り続けていたという。
その事実、そしてその情報を提供するべきかの是非が、俺のなかの気がかりであった。
この事を「
意思持つ因子など恐ろしくて使う気にもならない、が……ただ渡してしまうのも、惜しく、そして恐ろしく感じた。
単体でも人を支配しかねないほどの力を持つ因子だ、もしも制御しきれれば、それは圧倒的な戦力とも成りうる。
だがしかし、「反英雄組織」にこんな貴重なものを渡しても、どんなことに使われるかわかったものではない。
(……然るべきときがくるまでは、黙っていよう)
ふと、そう決意する。
「反英雄組織」を信じきれない以上、これを渡すことが必ずしもよい結果を産むとは思えない。
……なに、もしも手に余るようなら何食わぬ顔で譲渡してしまえばいい。
どうせこのことを知っている人間など、俺自身と、もう一人しかいないのだから。
『お疲れ様です、リヴェンジャーさん!あの、さっきのって……』
―――そして俺はその姿を見たもう一人の人物……本部から俺のバックアップを担当しているオペレーター、兎のような耳のある衣装が特徴的な少女「ラビット・ナビット」の元へとやってきた。
彼女は「転送」の能力をもった少女で、自分の体重以下の物を、狙った座標に送り込むことができるらしい。
戦闘中の俺への武装の転送などから、ナビゲートまで。俺よりも年若いながらに高い能力を見せる彼女を、俺はアンチテーゼのなかでは比較的信用していた。
……というか、レイカと比較すれば誰もが信頼するに値するというだけの話なのだが。
「……ラビット・ナビット、ひとつお願いがあるんだが、いいか?」
『へ、は、はい!』
だが、そんな彼女にも欠点がある。
こうして急に話しかけるといつも驚き、動揺してしまうところだ。
自身の内心を素直に出しすぎるのは、この組織においては致命的だ。
だからこそ実地での活動ではなく、オペレーターという役職を与えられているのかもしれないが。
『さっきの件、内緒にしてほしいんだ。あくまでも、ヒーローと交戦し、そして逃げられたことにしてほしい』
『あ、え、さっきの……でも、報告はちゃんとしなきゃ……』
だが、今はそれが好都合。
内気で、自分に自信がなく、相手の意見に流されやすい。そんな彼女を誘導するには、多少強く意見を告げるだけでいい。
『……頼む、レイカさんからの機密任務中でな、あいつとの交戦自体も知られると困るんだが……武装の転送を頼んだ以上、流石にそれは隠せないだろう?』
『でも……』
彼女の行動次第で俺が困る事態になる旨、そして彼女が真実かどうかを知りようのない「機密任務」という言葉を持ち出す。
……だが、それだけでは決断には足りないだろう。結局俺は組織の鼻つまみもの、いくら彼女がいくらか俺を好意的に思ってくれていても、その発言の真偽には注意するにちがいない。
『もしこのことを隠してくれるなら、なにか君のお願いを聞いてもいいんだ、だから……』
『え、ええ!?お願い……うーん……』
なんでも、という言葉に食い付くラビット・ナビット。その頭部の兎の耳型のパーツが、忙しなくピコピコと動くのをみて俺は勝利を確信する。
『わかりました……でもその、なにをお願いするかは、考えさせてください』
「……ありがとう」
……あぁ、昔の自分を見ているようだ。
大量のデメリットのなか、僅かな打算的なメリットを転がされればそれに食い付き、説得されてしまう。
それで俺が何度、損をしてきたことか。
……そう思いながらも彼女の内気さを意識的に利用しようとするこの俺は、間違いなく「英雄達」と同じレベルの存在だ、と自嘲する。
―――だが、それでも。
俺はただ、この胸の復讐心だけを胸に戦うだけだ。
だからその目的を遂げる為の切り札は、一枚でも多く。
◇◇◇
彼女が納得したのを確認した俺は、今度は作戦会議室へと向かった。
……普段なら、ヒーローを撃破した後にすぐに拠点に向かったりなどしない。
今日ここにきたのは、そもそも直属の上司であるレイカからの呼び出しがあったからなのだ。
「―――それで、今度の任務は?レイカさん」
会議室にやってきた俺は開口一番、レイカに対してそう口にする。
「入ってきてすぐにそれですかー?ユウさん!」
……「火力ビル」の一件以降、俺は彼女、および組織自体と少し距離を置いていた。
バイオレッド・シーフの討伐も、あくまでも自発的に行ったもの。武装の転送だけ頼んだことからラビット・ナビットの知るところにはなってしまったが、そちらも口止め済み。
つまりレイカからの呼び出しは、バイオレッド・シーフに関するものではなく全くの別件ということになる。
だから
……俺が組織と距離を置いていた理由は言うまでもない。
この女が部下の構成員たちに、俺たち兄妹の秘密の一部をべらべらと話してくれたからだ。
加入時の取り決めでは、俺の……特に、ハルカについてはきつく口外しないように条件を指定したはず。
だというのに、この女はそれをあっさりと反故にして。
「もー、そんな怖い顔しちゃってー!前のことまだ怒ってます?」
「……別に、今更言ったところでなかったことになるわけでもないだろ」
レイカはへらへらと、飄々とした様子でそう告げる。
今さら何を言ったって、無駄なことなのだろう。だから俺も、自身の手にいれた情報を、そう簡単には伝えないことを固く誓った。
……先ほど手にしたこの「
「はいはいー、じゃあ説明に入りましょ!」
そんなことにも気付かず、レイカはいつもの調子で任務の説明を始める。
彼女が慣れた手つきで端末を操作すると、卓上には立体的なマップが投影されていく。
―――そこに写し出されたのは、巨大な建築物。
学校、だろうか。
見たことのない場所だが、その建物正面上部に設置された時計からもそのことは読み取れる。。
「今回の任務は、潜入任務です。それも、学園へのね」
「学校?学生としてか?」
「ううん、そうではないです。行く場所が場所なので……」
―――学生としての潜入ではない?
そのことを知った俺は、怪訝な顔をする。
今の俺が潜入できないとなれば、中学校、もしくは小学校だろうか。
だがしかし、教師として潜入など、流石にボロが出る気しかしない。
俺は数ヵ月前まではただの学生で、学力だって平均より少し下くらいだったのだ。
能力を使った戦闘についてはまだしも、勉強を教えることなんてできやしない。
「今回は教育実習生として行ってもらうことになります!場所は……「ワカバヤシ学園」。能力者の研究施設も兼ねた、私立の女子校ですね」
だが、俺の役割は想像とは違い、いたって無難なものだった。
教育実習生であれば、確かに学生の見た目でも違和感は少ないだろう。
多少の事前勉強は必要だろうが……教育実習生という立場ならば、なにも数ヵ月いるわけではないだろう。
それなら付け焼き刃の知識でも、ある程度はどうにかなるかもしれない。
「……目的は?」
「勿論、そこにいるヒーロー―――いえ、ヒロインの能力回収と、情報の確保です」
ヒロインの能力回収。
つまりこの学校―――「ワカバヤシ学園」に、潜伏している「英雄達」のメンバーがいる、ということ。
一つ目の目標は至ってシンプルなものだった。なら、二つ目は。
「対象は女生徒ってわけか……情報の確保っていうのは?」
「あそこの経営母体はこの街でもっと強大な力を持つ企業、ゴルド・カンパニーでして、なんとそこに―――」
「秘密裏に『英雄達』への金銭的、技術的な援助をしている、との疑惑があるんです」
「でもゴルド・カンパニー自体の警備は厳重で、しかもネットワークから侵入しようにも、ほぼスタンドアローン状態で運用されているとのことでお手上げ!」
「……でもただ唯一、外部からゴルドカンパニーのアーカイブにアクセスできる箇所があることが判明しまして」
「……なるほど?」
俺はその一連の情報で、自分に課された任務の内容を把握する。
「つまり学園に潜入し、学内にあるであろう回線からゴルドカンパニーのネットワークに侵入、データを盗み取れってことか」
「はい、その通り!」
満面の笑みで無地の記憶触媒を渡してくるレイカ。
俺はそれを受け取り、卓上のコンソールを操作して学校の情報、近況などを探ろうとする。
「……ん、この制服」
そんななか、俺の目に留まったのはその学校の制服の画像だった。
金の装飾が入った紺色のブレザーに、赤いスカート。
「かわいーですよねー!わたしも当時この制服だったら、絶対通ってましたよー!!!!」
「そうじゃない」
レイカの声を雑音とシャットアウトし、俺は記憶を辿る。
そう、そうだ。
ハルカの入院する病院に向かう際にぶつかった、白髪の少女。
確か彼女もこの制服を来ていたはず、つまりあの子もこの学園の生徒。
―――そしてその学園では、一人のヒロインが潜伏している。
「……偶然、か?」
俺はその奇妙な一致に不可解さを覚えつつも、出立の準備をする。
教育実習生として向かうのは3日後。
先程の情報で、俺の仕事はひとつ増えた。なにせそこで……
「なんとしても、見つけ出して……」
彼女が何故、ハルカの周りを嗅ぎ回っているのか。
それをしかと少女に確かめなければならないのだ。
(そしてもしも、彼女がハルカに害をなすなら)
―――最愛の妹の平穏を護るため、俺はきっとなんだって。
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