第37話 ララアが本気で戦うとき

翌朝、貴史達は城壁の上にある物見櫓に登り、押し寄せてきたガイアレギオンの新手の軍勢を目の当たりにした。


敵の軍勢はレイナ姫が追い返した前衛部隊の残存兵力を吸収したためその頭数は膨れ上がり、エレファントキングの城の前の広場を埋め尽くしていた。



「ゲルハルト王子が率いてきた軍勢の倍はいますね。昨日の戦闘ではあまり被害がなかったとはいえ、正面から戦うと厳しいはずです」


「でも、こちらは城に立てこもっているから、そう簡単にはやられないと思うよ」


貴史がヤースミーンに答えていると、横にいたレイナ姫が余裕がある表情で答える。



「この城は古びているとはいえ城門がしっかりしているし、場内に敵兵がなだれ込んだとしても防衛線を行うのに適した構造だ。籠城戦ならば数倍の兵力でも持ちこたえることは可能だ」



レイナ姫は隣に立っているゲルハルト王子に視線を移すと言った。



「昨日は兵たちをお借りしたが、今日の戦いは兄上に指揮権をお返ししたほうが良いのかな」



ゲルハルト王子は少しすねたような顔でレイナ姫に答えた。



「籠城戦でもそなたが指揮するがよい。そのほうが兵士の士気も上がりそうだからな」



レイナ姫は無言でゲルハルト王子に礼をするとミッターマイヤーに命じた。



「第一中隊を城門、第二中隊を城壁の守備に回し、残りを城の奥に続く回廊に張り付けろ。ゲルハルト王子の警護は親衛隊に任せよう」



「承知しました」



ミッターマイヤーは言葉少なく答えると、部隊に命令を伝えるため階下に降りて行った。



「城の奥に兵力を残さなくてもよいのですか」



ラインハルトが尋ねると、レイナ姫は凄みのある微笑を浮かべる。



「そこまで攻め込まれたら我々はもう終わりだ。遠路はるばると攻めてきた敵には気の毒だが城壁と城門を突破できないままあきらめて帰っていただこう」



ラインハルトは納得した様子で広場の敵陣に視線を戻す。



貴史の横にいたララアは屋上のバルコニー周囲を囲う塀の上にヒョイと飛び上がった。



「ララア、危ないから降りなさい」



ヤースミーンがたしなめるが、ララアは無視してヒマリアの民が使うものとは異なる体系に属する呪文を唱える。



ララアが右腕を大きく上げてから振り下ろすと、雷鳴がとどろき城を取り囲む敵兵のうち、城門に向かおうとしていた集団の先頭の騎士とその周辺の数名がバタバタと倒れた。


ララアが再攻撃のためにさらに呪文を唱えているところに、レイナ姫が声をかけた。



「待て、その能力今は使わずに温存しておけ、そんな能力の使い方をすれば敵の魔導士たちの集中攻撃を受けてしまう。籠城戦で我らが疲弊した頃に加勢してくれ」



それは、ローティーンに見えるララアを戦いに巻き込むまいと思ったレイナ姫の気遣いだったが、ララアが素直にうなずいて塀から飛び降りた瞬間に、ララアがそれまでいたあたりに冷気が渦を巻いた。



「冷気の魔法、それもかなり強力なものです」



ヤースミーンが叫んだが、説明されるまでもなく貴史は身を刺すような寒さに後ずさりした。


ヒマリア国は短いとはいえ夏の最中なのに、辺り一面の空気が凍り付きそうなほど冷たくなる威力に貴史は恐怖を覚える。



敵勢は城門を目指して攻め寄せており、城壁の上から兵士たちが一斉に矢を放っていたが、気が付けば、多くの兵士が弓矢を構えたまま真っ白に凍り付いていた。



そして、城門のあたりから大きな衝撃音が響き、城壁の上にも振動が伝わってきた。



「大変です。城門が破壊されて敵兵がなだれ込んでいます」



城壁から下を覗いていた兵士が叫び、城壁の内側でヒマリア軍とガイアレギオンの軍勢が剣を交える音が響き始めた。



「なぜだ。城門は十分な強度があると確認していたのになぜこんなに簡単に破壊されたのだ」



レイナ姫が茫然としながらつぶやいたが、ララアは首を振りながら言う。



「極度に冷やせば物質はもろくなる。冷気の魔法を最大いパワーで城門にぶつけて完全に凍り付いたところで、破壊用の大きな杭をたくさんの兵が抱えて突入し、突き破ったのでしょう。城門は文字通り粉々になったかもしれません」


レイナ姫はララアの言葉を理解しかねるようにその場にたたずんでいたが、櫓の階段から聞き覚えのある声が響いた。


「レイナ姫、こちらに城の奥に通じる回廊がありますぞ。城内の兵を指揮してください」


城壁の櫓に戻ってきたミッターマイヤーの呼びかけにレイナ姫は表情を引き締めると駆け出した。


「今行く。城壁の守備兵には城の奥に向かう階段まで引くように伝えろ」


レイナ姫はミッターマイヤーの後を追って駆け出したが、一緒に走り始めたゲルハルト王子に言った。



「兄上は奥の大広間で、我々が突破されたときのために備えてください」



ゲルハルト王子は何か言いかけたがその言葉を飲み込むと短く答えた。



「わかった」


貴史とヤースミーンは、レイナ姫の後を追うラインハルトと一緒に城の奥に向かおうとしたが、ララアがその場に留まっていることに気が付いた。



「ララア、私たちと一緒に行くのよ。ここにいたら敵兵に取り囲まれてしまうわ」



ヤースミーンはララアの手を引いてレイナ姫達の後を追おうとしたが、ララアはヤースミーンの手を振りほどいて言った。



「冷気の魔法を使う敵は、私がいた場所を正確に狙ったうえに、城門まで破壊する恐ろしいほどの使い手です。この戦いの趨勢を動かすのはその者一人の動向だといってもいいでしょう」


貴史とヤースミーンが足を止めてララアを見つめると、ララアは不敵な笑顔を浮かべた。



「それ故、私がその者を仕留めます」



ララアは既に城門から突入したガイアレギオンの兵士がひしめく城壁の下に向かって櫓の階段を駆け降りていった。



「ララア」



ヤースミーンが絶句しているのを見て、貴史は叫んだ。



「追いかけよう。何とかして連れ戻すんだ」



貴史はヤースミーンと一緒に階段を駆け降り始めた。


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