第35話 レイナ姫の采配

ゲルハルト王子の部隊がエレファントキングの城に入り一息ついたころ、城の外に配置された見張りの兵は十騎足らずの騎士が早足で城にかけてくるのを目にした。



騎士たちの装備は黒に統一されているが、ヒマリア正規軍のものに似ている。



兵士が口を開く前に、先頭の小柄な騎士が甲冑のファイスカバーを跳ね上げて尋ねた。



「ヒマリア軍のものだな。トリプルベリーから救援に来てくれたのか?」



兵士はその騎士がヒマリア国の王女レイナ姫だと気が付き畏まって答えた。



「いえ、私たちはゲルハルト王子の指揮下で、首都イアトぺスから救援に参りました」



「なんと、兄上がここまで来てくれというのか。すぐに会わせてくれぬか」



兵士は慌てて一行を城内に案内した。



城門の守備係の一人が知らせを司令部まで伝え、ゲルハルト王子以下の側近がレイナ姫のもとに向かう。



「レイナ無事であったのか。わずかな手勢で敵陣に乗り込んだと聞いて心配していたところだ」



「兄上、わざわざ救援に来てくださるとは思ってもいませんでした。早速お願いがあるのですが」



「何だ?お願いとは」



レイナ姫が挨拶もそこそこに、お願いなどと言い出したのでゲルハルト王位は怪訝な表情で尋ねた。



「この兵士たちを私に貸してください」



「はあ?」



ゲルハルト王子は何を言い出すのだと思ったが、レイナ姫は真面目な顔で続ける。



「攻めよせていたガイアレギオンの軍勢は、私たちが司令部を奇襲したので混乱しています。今追撃すれば壊滅させることが可能です」



ゲルハルト王子は逡巡した。



兄妹とはいえ、王位継承を争う間柄の妹に軍勢を預けたら自分の身が危うくなることも考えられたからだ。



ゲルハルト王子は、騎士姿に身を固めた妹の顔を見つめた。



レイナ姫は他意のなさそうな表情で、無言でゲルハルト王子を見返している。



ゲルハルト王子は周囲に集まった指揮官たちが固唾をのんで自分の答えを待っていることに気が付いた。



こいつらはレイナ姫と一緒に戦いたがっているのだと気が付き、ゲルハルト王子は仕方なく妹に告げた。



「いいだろう。必要なだけ連れていけ」



ゲルハルト王子の言葉を聞いて、周囲からどっと歓声が上がるのが聞こえた。



「兄上、感謝します」



レイナ姫が礼を言う間に、ゲルハルト王子が率いてきた部隊の指揮官たちが集まり始める。



レイナ姫は当然のように指揮官たちとブリーフィングを始めた。



「敵の部隊は森の中で混乱して浮足立っている、正面から押して一気にせん滅する」



レイナ姫は部隊構成を把握すると手早く指揮官たちに指示を与え、攻勢に出る準備を始める。



半時間もたたないうちに、ゲルハルト王子の軍勢はレイナの指揮下に入り、城から出撃していった。



ゲルハルト王子の周囲には直属の親衛隊だけが残り、茫然とたたずむ王子のもとに、居残った黒衣の騎士の一人が語り掛けた。



「王子感謝しますぞ。妹君を信頼して軍勢を預けるなどなかなかできぬこと。大人になられましたな」



ゲルハルトと王子は聞き覚えのある声に苦笑するしかなかった。



「ミッターマイヤーか。この期に及んで内輪の争いでもないからな。それにしてもわが妹が兵士に慕われすぎるのも困ったものだ」



「それ故に姫様は王国の南の辺境に移り住まれたのですからな。自ら救援に来ていただいたことも含め感謝に堪えませぬ」



ミッターマイヤーはいつになく生真面目に礼を言う。



「ところでお前は何故ここに残ったのだ?」



ゲルハルト王子の問いにミッターマイヤーは肩をすくめて見せた。



「爺は疲れただろうから城で休んでいろと放り出されました」



ミッターマイヤーが苦笑して見せる番だった。



ミッターマイヤーは、周囲を見まわすと見覚えがある魔導士ローブに気づいた。



「ヤースミーン殿、それにシマダタカシ殿も同行されていたのか。先日のことといい世話になるの」



「いいえ、私はレイナ姫様のお力になりたいだけですから」



ヤースミーンが控えめに答えると、ミッターマイヤーは微笑を浮かべる。



「ところで、その鎧はなかなか斬新なデザインじゃの」



「大型のダンジョンガニの殻で作ったんですよ」



ヤースミーンは得意げに答えるが、貴史は焼きガニのにおいに気づかれるのではないかと気が気ではなかった。



貴史の足元には、避難民が連れてきた猫がまとわりついている。



どうやらその猫は、貴史の鎧のカニの甲羅でできた脛当ての臭いが気に入ったようだ。



その時、城の外にいた見張りの兵が、普段着姿の少女を連れて現れた。



「城の外を一人で歩いている少女がいたので連れてまいりました」



兵士はその少女を怪しんで連れてきたわけではなく、魔物が出没する原野にいるのを放っておけず保護してきたつもりのようだ。



貴史は少女の顔を見て驚いた。



「ララアどうしてこんなところに来たんだ」



ララアは、はにかんだような微笑を浮かべると言った。



「ゲルハルト王子様を近くで見てみたかったの」



「どうしよう。一人でギルガメッシュの宿まで帰すわけにもいかないし」



ヤースミーンが困った様子でつぶやくと、ゲルハルト王子がまんざらでもなさそうに言う。



「よいではないか。ここは廃城とはいえ防御には適しているから、そなたたちと一緒にいれば安全であろう」



ゲルハルト王子がララアを身近に置くことを許可してくれたので、ヤースミーンはホッとして王子に頭を下げた。



レイナ姫が率いた軍勢は、森にいるガイアレギオンの軍勢をせん滅しようと展開を始めており、城に残された一同は、彼方で戦いを繰り広げられようとする軍勢を無言で見つめるしかなかった。



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