第34話 焼きガニの鎧で出陣

ギルガメッシュの宿では、出発するゲルハルト王子の軍勢と一緒に貴史とヤースミーンも出発する準備を整えていた。



 



貴史はヤースミーンが作ってくれた新しい装備を身に着けるが、頭頂部を覆う兜をつけるときに臭いをかいで顔をしかめた。



 



「これって焼きガニのにおいがプンプンしているよ」



 



ヤースミーンはむっとした表情で、貴史に答える。



 



「人間相手の白兵戦の時には防具がないと圧倒的に不利ですからね。それはタリーさんが大きなダンジョンガニの甲羅の曲面をうまく使って糸鋸で切り出した逸品ですよ。鉄よりも軽くて防御力は高いんですから贅沢言わないでください」



 



貴史はしぶしぶ装備を付け始めたが、その横でホルストは同じタイプの装備を付けながら恐縮した雰囲気でヤースミーンに尋ねた。



 



「いいんですか。シマダタカシさん専用の鎧なのにスペアを俺が使わせてもらって」



 



「いいんですよ。今回は私がレイナ姫支援を志願して、シマダタカシとあなたが付き合ってくれるのですから、装備は私が準備して当然です」



 



焼きガニの鎧はダンジョンガニの甲羅から切り出した胸当てや手甲などを革ひもで綴り合せた簡素な鎧だが、それでも仕上げるには相当な手間がかかっている。



 



「そういえば、いつも一緒なのに今回はホルストさんだけが参加でイザークさんは居残りなのですね」



 



ヤースミーンがさりげなく尋ねるが、ホルストは気まずい雰囲気でうつむき、ボソボソと答えた。



 



「あいつは最近付き合いはじめたマルグリットに戦いの場に行かないように止められたんです」



 



多少、事情を知っていた貴史はホルストの表情を窺っておろおろしていたが、ホルストは装備を付け終わるとヤースミーンと貴史に言った。



 



「先に集合場所に行っています」



 



「ホルスト、今回志願してくれたのはなにかわけがあるの?」



 



貴史が尋ねると、ホルストは前を見つめたまま答える。



 



「ギルガメッシュにいるよりも、何か目先の変わったことをしていたいからですよ」



 



ヤースミーンはホルストの後姿を見送ってから小声で貴史に聞いた。



 



「私はまずいことを聞いちゃったのでしょうか。」



 



「いや、このところ続いていた三角関係の末にマルグリットがイザークを選んだだけの話だ。ホルストが無茶をしなければいいのだけど」



 



貴史は簡潔に説明するものの、実はホルストが心配だ。しかし、男女の間のことは他人が口を出すわけにもいかない。



 



「大丈夫ですよ。ガイアレギオンは撤退したばかりで私たちは妹君をお見舞いに来たゲルハルト王子様に現地ガイドとして同行するだけですから」



 



ヤースミーンが自分に言い聞かせるようにつぶやき、貴史とヤースミーンホルストの後を追ってゲルハルト王位の部隊の集結場所に向かった。



 



ギルガメッシュの宿から草原に向かうあたりにはちょっとした広場ができており、広場の隅にはドラゴンケバブの屋台も常設されている。



 



今日は広場を埋め尽くしてゲルハルト王子が率いてきた軍勢がひしめいていた。



 



部隊の兵士に訓示していたゲルハルト王子は貴史とヤースミーン、そしてホルストの姿を見て、兵士たちに注目を促した。



 



「諸君、義勇兵として我々に同行してくれる勇者を紹介しよう。エレファントキング戦役で武勇を示したシマダタカシとヤースミーンそしてホルストだ。失礼がないようにしてくれ」



 



千を超える兵士の視線が自分に注がれるのを感じて貴史は緊張したが兵士たちは、自分たちに加勢する義勇兵に対して総じて友好的な雰囲気だ。



 



「こんな形で紹介されるならもっと身だしなみに気を付ければよかった」





貴史の横でヤースミーンがぼやく。




「大丈夫ですよ。ヤースミーンさんは十分格好いいですから」





ホルストが小声でヤースミーンにささやく。




ヤースミーンが身に着けているのはいつもの黒地に赤い刺繍が入った魔導士のローブで、愛用のクロスボウを担ぎ片手には杖を持っている。




貴史は冒険や狩りに出かけるときに、自分が視野の中に彼女の姿を探していることをふと意識する。

 



「こちらに馬を用意しています。どうぞお使いください」




ゲルハルト王子配下の下士官が、貴史達に馬を準備しており、騎乗してエレファントキングの城を目指すことになった。




騎馬を使えば道程ははかどる。貴史達は午前中にエレファントキングの城に到着した。



城内には予想に反して、ホフヌング村の住人達が集まっており、ヒマリア軍の装備を身に付けた兵士が城の入り口を固めている。



しかし、兵士達は疲れた様子で、傷を受けて手当てが必要に見える者もいた。



住民を守っていた兵士達は、味方のヒマリア正規軍の大部隊を見て安堵の表情を浮かべ、指揮を執っていた年嵩の兵士は、指揮官に会わせて欲しいと、隊列に分け入った。



その兵士は、ゲルハルト王子の姿を認めて目を見張った。



「これは、ゲルハルト王子様自ら救援に来ていただいたのですか」



「ぞのとおりだ。しかし、私がホフヌングが侵略を受けたと聞いてイアトペスの都を出立したのは、かなり前の話だ。何が起きたのか申してみよ」



年嵩の兵士は、畏まって報告を始めた。



「私どもは、ガイアレギオンが撤退した後、ホフヌング村の再建に取り掛かっておりましたが、南方の監視所から、ガイアレギオンの軍勢が再び来襲したとの報告を受けて、住民避難させたのです」



ゲルハルト王子は厳しい表情で兵士に問いかける。



「レイナ姫の姿が見えぬが、どこにいるのだ?」



「レイナ姫様は、敵の司令部に奇襲攻撃をかけて足止めすると言って、僅かな手勢を率いて行かれました」



ゲルハルト王子は心配そうな表情でホフヌング村がある南東の方角を眺めたが、報告した兵士に視線を戻すと、穏やかな口調で告げる。


「ご苦労だった、我々が住民を守るから休養を取ってくれ」


兵士が礼をして下がると、ゲルハルト王子はため息をついた。



「遅かったというのだろうか」



ゲルハルト王子は再びホフヌング村の方角を眺めたが、そこには色とりどりの花が咲いた平原と緑豊かな森が続くばかりだった。



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