第17話 料理人タリーのこだわり
貴史が人型ニンジンを抱えて城の調理場跡に戻ると、タリーたちは既にタロイモの皮をむいたり、エシャロットもどきの野草の葉を切りそろえたりする作業を終えていた。
避難してきた住民たちも協力して下ごしらえは順調に進んでいた。
「シマダタカシにヤースミーン、首尾よく材料を確保したようだな。」
タリーは貴史から人型ニンジンを受け取りながら顔をほころばした。
「ララアちゃんとスラチンも手伝ってくれたんですよ」
ヤースミーンはスラチンが絶叫を上げる人型ニンジンを引っ張りまわして周辺を危険にさらしたことは伏せて報告する。
「そうか、君たちにも協力を感謝するよ」
タリーが礼を言うと、ララアも得意げな笑顔を浮かべる。
タリーはくみ上げてあった水で人型ニンジンをきれいに洗うと、繊維に沿って棒状に切り分けた。
そして、調理を手伝っていた避難民やドラゴンハンターチームのスタッフに棒状にした人型ニンジンを渡して言った。
「さあみんな、これを「ササガキ」にしてくれ」
しかし、一同はタリーの使った言葉が理解できなかった。
「タリーさん「ササガキ」ってなんのことですか」
イザークが不思議そうな表情で尋ねる。
どうやら、ヒマリア語にはささがきに相当する単語がないらしい。タリーも事態を理解したようだ。
「小刀か包丁を使って、端からこうやって削っていくんだ」
タリーが実演して見せると、一同は納得したようで、皆が小器用に刃物を使い始めた。
「シマダタカシとヤースミーンは別の用事があるからこっちに来てくれ」
貴史とヤースミーンが言われるままに付いて行くと、そこは薪の火で煮えたぎっている大鍋の前だった。
直径2メートルを超える鍋の中でボコボコと大きな泡が立つ様子は、鍋料理のイメージと程遠い気がする。
「貴史が仕留めたドラゴンの食べずらい部分とエシャロットの根っこ。それからその辺に生えている薬草を出汁に使わせてもらったのだ。これから食材を入れるから出汁用の骨を取り出そう」
タリーはあらかじめ準備していたらしく、鍋の縁から沸騰して泡立つ液体の中に続くロープを引っ張った。
「やはり、一人では持ち上がらないな。手伝ってくれ」
貴史とヤースミーンが力を合わせて引っ張ると、ロープにつながれた出汁用の骨の姿が現れてきた。それは長さが1メートルをはるかに超えるレッドドラゴンの頭蓋骨だった。
「こ、これで出汁を取ったんですか」
貴史が頭蓋骨の大きさにビビりながら鍋の脇に置かれた容器に目を移すと、その中には人の形に似たバラバラ死体のようなものが見える。
「ああ、これか。私がクロスボウで仕留めたメイジマタンゴだ」
大鍋の横に放り出された頭蓋骨からは目玉がこぼれ落ちているし、その横には魔物のバラバラ死体。貴史は芋煮鍋などというほのぼのとした料理ができるのだろうかと不安になっていた。
「メイジマタンゴはどう使うのですか」
貴史が尋ねると、ドラゴンの頭蓋骨を目立たないところに引きずって行ってから戻って来たタリーが機嫌よく応える。
「メイジマタンゴからも良い出汁が取れるのだが、ダイスカットにして汁に入れたら見た目は豆腐のように見えると思ったのだよ」
タリーは悪びれずにメイジマタンゴのぶつ切りを手に取ると、四角い形に切り始めた。
タリーが明確に芋煮鍋を再現しようとしていることに気づいた貴史は、彼を信じて手伝うことに腹を決めた。
「僕も手伝いますよ」
「うむ、そうしてくれ」
タリーと貴史、そしてヤースミーンがメイジマタンゴをダイスカットに刻み終わり大鍋に投入し終わると、里芋に似たタロイモや長ネギ代わりのエシャロットもどきの野草や、ゴボウの代わりにささがきにされた人型ニンジンが運ばれてきた。
全ての材料が投入されると、タリーは味見をしながら岩塩の塊を使って味を調えていく。その岩塩も元をただせばバシリスクに塩の柱にされた冒険者の慣れの果てだ。
味見の結果に納得したタリーは出来上がった料理を避難民や兵士そしてドラゴンハンターチームのメンバーにボウルを持って並ぶように命じ、順番に鍋の中身を配っていった。
城の調理場の別の場所では、クリストが石を積み重ねたかまどを使って、ドラゴン肉のローストを作っていた。
芋煮鍋もどきとドラゴン肉のローストが配給されたことで居合わせた人々に量的には十分な量の食料がいきわたっていた。
天気がいいので食料をもらった人々は森のはずれでそれぞれに食事を始めている。
貴史とタリー、そしてヤースミーンはララアを連れて自分たちも城の外に出ると食事をとることにした。
城の周囲は草原が広がっているが、ところどころに大きな樫の木が生えている。樫の根元に輪になって腰を下ろした貴史たちはおもむろに芋煮鍋を食べ始めた。
芋煮鍋の材料をよく知っている貴史は恐る恐る口をつけたが、その味は牛肉とドラゴン肉のような素材の風味の違いはあるものの、基本的な味付けは驚くほど本物の芋煮鍋に似たものだった。
「すごい、醤油や味醂もないのにどうやったらこんな味が出せるのですか」
貴史がタリーの腕に感心していると、タリーは自慢げに説明し始めた。
「シマダタカシ、味を決めるのは調味料だけではない。動物性のアミノ酸や植物の風味など、様々な要素を加えていくことで最終的に似た味に近づけることは可能だ」
「理屈では理解できても神業ですよ」
異世界の味の再現にこだわるタリーと貴史以外のメンバーは柔らかな味のスープとドラゴンのロースト肉の味を楽しんでいる。
「変わった味付けのスープですね。もしかしてタリーさんやシマダタカシが元いた世界の味ですか」
察しのいいヤースミーンが尋ねると、タリーは笑ってうなずき、ララアは驚いた表情でタリーと貴史を見る。
少し離れた場所ではイザークとホルストがふざけるのをリヒターがたしなめている。
貴史はかって生きた世界を思い出させる味を楽しみながら、仲間たちと共に過ごせる時間がなんとなくうれしかった。
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