償いは契約の後で 10/10


「この度はおめでとうございます」


 自動ドアを開けて出てきた真波を、ⅩⅡが笑顔で出迎えた。

 真波はしばらく無言でそちらを見た後、そのまま歩き出す。

 そんな態度にも一向に臆すること無く、ⅩⅡは真波の後を追いかけながら一方的に話しかけた。


「これで二人分の生命保険が貴女の物になった訳ですね。いやはや、見事な采配でした」

「……それで嫌味のつもり?けしかけたのはあんたでしょうが」

「まあ、そうですね。ただ、私は可能性を提示しただけですよ?

 実際に計画を練って実行に移したのは真波さん御自身です」


 真波はⅩⅡの方に不機嫌な顔を向けながらも、歩くのは止めようとはしなかった。歩くのを止めれば、そのまま歩けなくなるとでも言いたげに。

 そんな真波の様子を少しも気にかけず、ⅩⅡは更に続ける。


「一方には『貴方の娘だ』『虐待されている』と言う。一方には『娘を狙うストーカーが居る』『自分の娘だと思い込んでいる』

 と言う。そして前者は後一日で死ぬ事が分かっている。ある意味必然の流れと言えるでしょうが、それにしても上手くいったと思いますよ。警察の方も最初から共倒れで捜査していますし。ま、私としては契約さえ取れれば経緯はどうでもいいんですけどね」

「……ま、私の方は今までの男運の無さを、これでやっと帳消しにできたって所ね。で、言いたい事はそれだけ?」


さっさと話を切り上げたい真波の神経を更に逆なでするように、ⅩⅡが言う。


「あ、そうそう、肝心な事を言い忘れていました。というかこれを言う為に来たんですけどね」


 そこで真波は歩くのを止め、怪訝そうな表情でⅩⅡを見ながら尋ねた。


「……何?」

「あなたの寿命、あと一年と三日なんですが、契約されますか?」


 最初に会った時から全く変わらない笑顔でⅩⅡは尋ねた。


「…………」

「…………」


 軽く肩をすくめて、長い沈黙を破ったのは真波の方だった。


「止めとくわ。潮里には教えなきゃいけない事がまだまだ沢山あるから。保険金の使い方とか、一人で生きていく方法……例えば男の利用方法とか、ね」

「そうですか、それでは私はこれで」


 契約する気がなければ用は無い。そんな態度を一切隠そうともせず、軽く紳士的な会釈をしつつ、ⅩⅡは姿を消した。


「お母さん!」

「潮里!お帰り。良い子にしてた?」


 そこに、潮里が幼稚園の門をくぐって真波の元へ駆け寄ってくる。

 真波はさっきまでのやり取りなど無かったかのように、いつものように自然に潮里を出迎えた。が、


「お母さん、今お話してたの誰?」

「え!?」


 真波は潮里の言葉に、ほんの一瞬うろたえつつも、すぐに笑顔に戻り、こう言った。


「そうねぇ……潮里を幸せにしてくれる魔法使いさん、かな?」

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あなたの寿命、あと一年と三日です レイノール斉藤 @raynord_saitou

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