ついつい、

花るんるん

第1話

 「ねぇ」とアカリは言った。

 慣れてしまったのか、アカリのヘッドホンからの音漏れも気にならなくなった。

 「なんだい?」と僕はこたえた。

 「どうして世界は終わらないのかしら」

 窓の外の海はまぶしく、凪の音はやさしい。

 「どうしてだろうねぇ」

 「あまり本気で考えてないでしょ?」

 「アカリは本気なの?」

 「わたしはいつだって、本気よ。ところで、読んでいるの何?」

 「世界取扱説明書。アカリは何書いてるの?」

 「続・世界取扱説明書」

  「あまり本気で書くなよ」

 「どうして?」

 「本気で使う独裁者がでてくるから」

 「困るねぇ」と、本をガサゴソ探しながらカツオは言った。「世界を終わらしていいのは、アカリだけなんだよねぇ」

 こんないい天気だ。干してあったワイシャツも、もうすぐ乾く。クーラーなんて、もったいない。扇風機さえ止めた。時々吹く潮風が気持ちいい。

 「ねぇ、アカリ」と僕。「夏休みの宿題、終わった?」

 「全然」

 「よかった、僕も」

 「俺も」とカツオ。「やっぱり、『夏休みの宿題』より『世界の終わり』?」

 「いやいや、『世界の終わり』より『夏休みの宿題』でしょ?」と僕。いずれにせよ、「どっちも大切」なんて中途半端な答えほど、人を退屈させるものもない。

 「どっちも大切」とアカリ。「――じゃないかも。しょせん暇つぶしよねぇ、全ては」

 「『世界の終わり』も?」とカツオ。

 「わたしの奥底に眠る者以外にとっては、しょせん全ては暇つぶし」

 しかし、「しょせん全ては暇つぶし」なんて言いながら、アカリは手を止めない。さっきまで何でもなかった鉛筆のカリカリという音が、妙に僕をイライラさせ始める。

 「『しょせん全ては暇つぶし』なんて言いながら、手を止めないね」とカツオ。「どうして?」

 「何となく」とアカリ。「――じゃ、ダメかな?」

 そのあまりにも自然な照れ笑いに、僕のイライラは一瞬で吹き飛んだ。

 「そんなに悪い世界じゃないと思うよ」と僕。僕は退屈なことを言っているのだろうか? 「第一に、君たちがそばにいる。第二に、僕らはもう80歳を超えているけど、見た目は高校生のままだし、施設だって『【海辺の隠れ家】的な部屋』や『学生服』を貸してくれる」

 「そうだな」とカツオ。

 「あなたみたいなファンタジーに生きられない人がいるから」とアカリ。「ついつい、世界を終わりにしたくなっちゃうのよねぇ」

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ついつい、 花るんるん @hiroP

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