第137話 ラピスの挑発

何かを期待するような二人の視線を受けながら、俺は過去に経験した戦いを思い出していた。三百年前――俺が勇者として戦っていた相手は、魔族だけじゃなかった。魔族に協力したり、魔族を利用したりしながら、自らの勢力を伸ばそうとする野心家も沢山いたからだ。


俺がある国に滞在していた時、今回のように内乱の起きた時があった。その時は勢力が二つではなく、いくつかに分かれていたものの、大軍と対決する小勢力という状況は似ているので問題無い。


数に任せて正面から進軍してくる敵勢力。大軍に用兵なしを文字通り実戦する敵は、数の力でこちらを押しつぶそうとしたわけだ。それに対してこちらが取った作戦、それは敵を分散させての各個撃破だった。今回もそれを真似ようというのだ。


こんな時は目の前に迫った戦いに心を奪われがちだが、兵を指揮する指揮官までがそっちに目を向けてはいけない。まず、敵は何を目的に進軍してくるのかを考えなければならない。今回の場合、敵の目的は間違いなくルビアスの首だろう。マグナ王子の存在もあるが、今の所表に出ていない彼は数に入っていないはずだ。だから旗頭の彼女さえ排除してしまえば反スティード派は求心力を失い、放っておいても瓦解する。そしてルビアスに次いで目障りなのはルビアスの仲間である俺達勇者パーティーだろう。


知名度はルビアスほどじゃないがドラゴンスレイヤーでもあるし、冒険者を中心とした一般人の人気はそこそこある。そして何より一人一人の戦闘能力が一般兵を大きく凌駕しているため、地下に籠もって反抗でもされたら厄介なことこの上ないだろう。だから敵としても今回の戦いで完全に息の根を止めにくるはずだ。


つまり、敵の餌には困らないと言う事だ。最北端にいるディエーリアを呼び寄せるのは無理でも、ここには俺を含む四人が集まっているのだ。つまり軍を四つに分けて敵を分散させればいい。戦力の分散は愚策だが、もともと少数の軍なら思い切って分散させないと一気に叩き潰される可能性が高い。戦力差をひっくり返すには、こちらも無茶をしないと勝てない。


敵を分散させてからの各個撃破――この単純とも言える作戦を提案してみたものの、マグナ王子の反応は今ひとつだった。


「問題点がある。敵が乗ってこなかった場合はどうなるのだ? こちらの挑発を無視し、ただスーフォアの街を陥落させる為だけに進軍してきた時はどうなる? こちらとしてもこの街が墜とされては後がない。自分の本拠地すら守らないと思われれば、集まってきた貴族達が一斉に離反するぞ」

「それについても考えがあります」


今回の戦いでスティードが目的とするのは俺達勇者パーティーの首だ。しかしそれは戦術面の目的で、彼本来の目的は、このボルドール王国の王になることだろう。これまでの言動や評判から察するに、彼は欲深で自己顕示欲が強く、常に他人の評判を気にしているところがある。自分を批判したり敵対的な態度を取った人間には、一人の例外もなく苛烈な弾圧を加えているからだ。それはつまり、裏を返せばそれだけ精神に余裕が無いと言う事であり、挑発にも簡単に乗る事を示している。


「現場の指揮官がいくら優秀でも、総大将が馬鹿なら軍は烏合の衆になります。つまりスティードを挑発して戦場に引きずり出し、俺達それぞれを攻撃するように仕向ければいいんです」

「簡単に言うが……そう上手く行くだろうか?」

「もちろん簡単じゃないでしょう。だからいくつか手を考えています」


魔道具を使って国内全てに宣伝するなど序の口だ。安全な王城の中に引っ込み、外に出る勇気もない臆病者と毎日騒ぎ立ててやればいい。プライドの高いスティードなら当然激怒するだろうが、それだけだと引っ張り出すには弱い。もう一つダメ押しになる挑発を行い、王城が決して安全じゃないと解らせなければならない。


「俺とシエルで王城を攻撃しますよ。適当に火を放ってやれば慌てるでしょう」

「それは……危険ではないのか?」

「危ないことは危ないですけど、空を飛んでいれば簡単に捕まりません。それに、襲撃するのは夜限定ですから」


深夜に空を飛んでいる人間なんて、普通なら見つけるのも難しい。それに、俺とシエルだけなら互いの飛行魔法で移動は早くなる。以前と違って今の俺達なら飛行魔法のスピードも上がっているし、王城まで往復しても知れている。敵の軍隊より確実に早く戻ってこられるはずだ。


そこまで説明すると、やっとマグナ王子も納得したようだ。しかしすぐ問題が持ち上がった。スティードに対して誰が挑発するのか――だ。


「それも俺がやります。こう言ったらなんですが、マグナ王子やルビアスは挑発に向きません。王族ですし、下品な言葉使いを知らないからです。ここは俺のように汚い言葉を知っている人間がやった方が効果的でしょう」

「随分自信たっぷりだが……まあいい、任せよう」


そんなわけで、挑発行為はその日のうちに行う事になった。夜。日が落ちてそれ程経っていない時間帯に再び執務室へと足を運んだ俺は、マグナ王子やルビアス達が見守る中、魔道具に手を当てて一つ咳払いをする。うん、喉の調子は問題無い。起動させた魔道具は淡い光を放っている。今頃王城は勿論、各地にある魔道具が警告音を鳴らしているだろう。姿の見えない受け取り手を頭の中で描きながら、彼等が耳を傾けているのを想像する。


「あー……私の名はラピス。勇者ルビアスの仲間であり、勇者パーティーの一員だ。我々の目的は既に周知の事実だと思うから、あえてその部分には言及しない。私の言いたいことはただ一つ、スティード王子に……いや、スティードの臆病者に、城から出て決戦せよと呼びかけたいだけだ」


自分を見守るみんな――マグナ王子やルビアス、グロム伯爵やカリン達。その中の誰かがゴクリと喉を鳴らした音がした。それらを意識しながらスウッと息を吸い込み、言葉に乗せて吐き出した。


「聞いているかスティード! この臆病者の卑怯者め! 汚い手を使って父王を排除し、本来自分が収まるはずのなかった地位に収まった腐れ外道が! お前の薄汚さに比べれば、糞にたかるハエの方がまだ綺麗だろうよ! 色欲に溺れて国を私物化し、国民全てに不幸を振りまく悪の権化め! お前にはゴブリン程度の勇気も期待出来ないだろうが、せめてスライムより度胸のあるところをみせてみたらどうだ!? 安全で快適な王城でぬくぬくと過ごすしか能の無いお前には酷かもしれんが、王族なら正々堂々と戦ってみせろ! それともできないか? 出来ないだろうな! なにせお前の頭には、脳ミソの代わりに糞が詰まっているんだからな!」


チラリと視線を向けると、唖然とした顔のまま固まっているマグナ王子とルビアスが見えた。カリンとシエルは苦笑しているし、グロム伯爵は頭を抱えている。スティードが色欲に溺れているなんて話は聞いてない。全部俺の想像だ。だが問題無い。敵を引きずり出すためには、ある事無いこと言いまくれば良いのだ。


「もう一度言うぞスティード! 城から出て決戦してみろ! 言っておくが、俺達を敵に回した時点で王城は安全地帯じゃなくなっているぞ。その証拠をすぐにみせてやる。思い知るがいい卑怯者め!」


それだけ一気に言い切って、俺は魔道具から手を放した。部屋の中はシンと静まりかえっている。コホンと咳払いした俺は、取り繕うように笑顔を浮かべた。この外見からビックリするぐらい汚い罵詈雑言が飛び出したのだから、貴族の三人には衝撃的だったろう。


「ま、これだけ挑発すれば大丈夫でしょ?」

「……なるほどな。確かに……今の挑発は我々では無理だ」


カルチャーショックを受けたのか、マグナ王子が小さく頭を振っていた。罵倒された本人でもないマグナ王子がこれなんだから、王城で聞いていたスティードは今頃怒り狂っているかも知れないな。だけど、これで終わりじゃない。俺はすぐシエルと共に外に出て、王城へ向けて飛行を開始した。

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