第二章
第5話
少年が見慣れない広告を見つけたのは蝉が鳴き始めた頃のことだ。いつも見ている動画サイトにその広告は現れた。
――新しい世界を見てみませんか?
なんとも怪しさ全開の文言だ。どこかの意識高いベンチャー企業が言いそうなフレーズである。普段ならこんな詐欺丸出しの広告などに興味を示すことはない。
だが、その日の少年の精神状態はいつもと違っていた。元々、内気で引きこもりの兆候も出始めていた少年に輪をかけて学校で嫌なことが起きた。教科書を隠されたのである。それ自体はすぐに教科書が見つかり解決したが、普段から募り募っていたフラストレーションが爆発するには十分すぎる引き金だった。
「逃げられるものなら……」
ふと少年の脳裏にある単語がよぎる。
異世界転生。ライトノベルやアニメでよく目にする単語だ。現実世界でひどい目に遭っていた人がファンタジーの世界に行って無双する。蠱惑的な響きだ。正確にいえば、広告程度で死ぬことはないだろうから転生ではないのかもしれないが、この際呼称などどうでもいい。現状から逃げられるかどうか。それだけが今の少年にとって重要なことだった。
部屋の中は薄暗く、画面に映るその広告をより際立たせている。
自然と引き寄せらるように手はマウスを持ち、マウスカーソルは広告の上で矢印から手のマークに形を変えていた。あとは左クリックをするだけだ。
「…………」
そこで一瞬の逡巡が生まれた。
――本当に異世界に行ってしまうのだろうか。両親のことはどうする。……いや、自分の子供のことより仕事を大事にするような連中だ。いなくなったところでなんとも思わない。思うはずがない。願ったり叶ったりだ。喜んで異世界に行ってやる。
吹っ切れたように少年は強くマウスの左をクリックした。瞬間、画面は見慣れた動画サイトから真っ黒になり、なにも映らなくなった。やっぱり詐欺広告だったと焦ったとき、画面の中央にゆっくりと赤い文字が現れた。
――ようこそ。新しい世界へ。
これで現実からさよならできる、そう少年が思った直後、彼の意識は深い闇へと落ちていった。
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