第九十七夜 内線電話

 浦城のいた事務所には、滅多に掛かってこない電話機があった。


 もちろん会社事務所なので必要な電話は掛かってくるのだが、小さい事務所だったので、そこから内線でいろいろな部署に通じるようになっている。

 それで内線用の番号が振り分けられているわけだ。


 だが、その電話機は番号を振り分けたはいいものの、予備として取ってあるものだった。新しく部署が出来たり、直通にしたい人ができた時に振り分けるためのものだ。いくらか余剰があるのは当然のことで、ひとまず浦城のいた部署に置いてあったのだ。


 もちろん普通の電話機としては使える。

 他の電話がすべて埋まっている時なんかに誰かが使うことがあった。

 だが、当然振り分けた番号は空白なので、向こうから掛かってくることは滅多にない。掛かってくるとしても、新人が番号を読み間違えてウッカリ――というくらいだ。


 ところがある日、そんな電話機にまたもや電話が掛かってきた。


「はい、××部です」


 いつも電話を取ってくれる女性社員がたまたま全員おらず、これまた偶然浦城が電話を取った。

 相手はたいてい社内の人間なので、また誰か掛け間違えたなと思いながら。


『……』


 ところが電話の向こうからは微妙なノイズが走るだけ。

 声も聞こえてこない。


「もしもし? ……もしもし?」


 何度尋ねても無言のまま。

 ところが、不意にキキーッ、と後ろでブレーキ音が聞こえたかと思うと、ドン、と嫌な音がした。


「えっ……大丈夫ですかッ!?」


 思わず尋ねる。もしかして事故か、と不安になった。

 しかしそのときにはもうすでに電話はツー、ツー、と素っ気ない音を立てるだけだった。


「なんだ、今の電話?」

「い、いや……黙ってて……ノイズが走って繋がりにくかったみたいで。そしたら後ろで事故みたいな音が……」

「えっ。大丈夫なのかそりゃ?」


 しかし事故なんてどこでも起きる。

 どうしようもなかった。掛けてきたのが誰なのかもわからず、それは終わってしまった。


 ところが、それから暫く後のこと。


 浦城が外出先にいたところ、不意に部長への連絡を忘れていたことを思いだした。今から電話しておけばいいだろう。

 電話を掛けると、あまり聞き覚えのない声の女性が出た。


「あー、すいません。××部の浦城なんですけど。うちの部署の部長に繋いでもらえます?」

『あっ、えっと、すいません、部長さんのお名前って……』

「○○ですよ」


 どうも新人が電話に出ているようだ。

 そういえば一人か二人、中途で入ったという話を聞いた気がする。まあ繋いでくれるなら新人だろうがベテランだろうがどうでもいいことだ。

 ところが。


『あ、すいません間違え――あれ、これでもいいんだっけ?』

「え?」


 浦城が聞き返した途端、後ろから物凄いブレーキ音が聞こえて、浦城の体に衝撃が走った。


 自分の意志とは無関係に視界が回り、次の瞬間にはどことも知れない場所に叩きつけられていた。自分のスマホからは何か声が聞こえているが、何を言っているのかわからなかった。周囲からは誰かが慌てるような声と、


 そこから病院に担ぎ込まれた頃には、全治半年と診断された。。

 最初の二ヶ月くらいは病院で安静にしていなければならず、どうしようもできなかった。


 四ヶ月目に入る前で職場復帰したが、妙に人が減っているように思った。


「なんか人いませんね」


 部長に尋ねると、ため息をついた。


「お前が入院してる間、変なことが起こったんだよ」

「変なこと?」

「ああ。あの電話機からまた電話が掛かってきてな。お前の同期のAが取ったんだが、やっぱり無言でノイズが走ってたと思ったら、急にドボンッていう水みたいな音がしたんだと。そしたら――」


 酒を飲んで酔っ払った帰りに川に落ち、もう少しで死ぬところだったという。

 全然知らなかった。

 入院は数日で済んだが、偶然だと思いつつも気味悪がって電話を取らなくなってしまったという。


「それだけじゃない。お前の仕事を一部引き継いでたBも取った。Bの時は、ドン、という音だけだった。人とぶつかったような音だって言ってたな。Bは数日前に、ヤンキー同士の喧嘩に巻き込まれて背中を刺されたんだ。今も入院中だよ」


 ぞっとした。

 偶然かもしれないが、偶然にしては出来すぎだ。

 それにまだ死んでいる人間はいないが、もし今後……。


「……今、電話機はどうなってるんですか」

「……誰がこんなこと信じるよ?」


 そういうわけで、電話機は今もそこにある。

 ただし、「絶対に取ってはならない」という文言が追加され、電話が掛かってきたとしても取る人間はいなくなった。

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